変わらない日々
初めての脱走から、数日が過ぎた。
王城は相変わらず静かで、朝の鐘も、訓練場の掛け声も、何ひとつ変わらない。
……変わったのは多分、僕達だけだった。
剣を握る手が軽い。
呪文を唱える声も、以前より澱みがない。
教師は首を傾げながらも、成績表を見て目を細めた。
「素晴らしい成績ですね、殿下!何か一皮剥けられたようにも見えますな」
そう言われるたび、僕は曖昧に笑うしかなかった。
理由を聞かれても、何も答えようがない。
胸の奥に、言葉にならない何かがあって。
それが時々、ふっと背中を押してくれる。
――頑張ろう。
そんな気持ちが、自然と湧いてくるのだ。
父上も母上も、教師らからの報告を受け、最初は少し不思議そうな顔をしていた。
でも、成績が落ちるどころか伸びていると分かると、
その疑念は、すぐに安堵へと変わっていった。
王子が無事に優秀に成長する。
それはとても喜ばしいことだ。
そう判断されれば、それ以上深く探られることはない。
むしろ今の調子で頑張りなさいと、別の事に意識を割いてくれる。
クラリスも、同じだった。
王妃教育は日々厳しさを増しているはずなのに、彼女はそれらを見事にこなしていた。
立ち居振る舞いはより洗練され、言葉遣いも、笑みの角度一つ取っても教科書通りの美しさを見せた。
誰が見ても、将来の王妃として不足のない姿だった。
だが時折、廊下ですれ違う時やお茶会などのふとした拍子に、僕の方を見て小さく目を細め、あのいたずらな笑みを見せる。
——また、やりましょう?
脱走の誘いの笑みだった。
ルイスもまた、黙々と努力を重ねていた。
剣の腕はさらに磨かれ、魔法の精度も、いつの間にか僕と並びかけている。
そして――あの、柔らかい笑み。
侍女や使用人と話す時、自然に浮かべるその表情は、以前よりずっと洗練されていた。
「……すごいな」
思わずそう呟くと、ルイスは少し困ったように笑った。
「はは……計画に必要だっただけだよ、兄上」
それ以上は、何も言わない。
三人共、以前より前へ前へと順調に成功の道を進んでいた。
重ねた努力は報われ、結果もそれに伴い良い成績として現れ、周囲は満足している。
だからきっと――この日々は、王子として、未来の王妃として正しいのだ。
そうだとしても、夜——眠りにつく前の僅かな時間の中。
胸の奥で、パチパチと音を立てて火が大きくなるように、
日を重ねるたび、この気持ちは確かに育っていた。
城を抜け出すという大きな危険を冒した先にある……あの笑顔が見たいという願いが、眠りにつく前の僕の脳裏を満たしていく。
それを振り払うように、僕は枕へ顔を埋めて眠る。
何も変わらなぬ、順調な毎日。
そう誰もが信じている日々の中で、僕は再び脱走計画を企てるのだった。




