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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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閑話 留守番王子とパン屋の天使

 王城は、いつもと変わらぬ時間が流れていた。

 回廊に差し込む光も、巡回する兵士達の足音も、規律正しく何ひとつ乱れていない。


 ――だからこそ。


 僕は、その「変わらなさ」を保つために、いつも以上に気を張っていた。


 兄上やクラリスがいない事を悟られない為、僕は一人剣を振り回しながら、時々存在しない兄上に剣を弾かれたように剣を飛ばし、そこに誰かがいるかのように軽く会釈をした。



 もし誰か近付いてくるのが横目に見えたら、敢えて見栄えの良い魔法を練習し、危ないから近付かないようにと手を振って追い払う。

 

 それでもこちらへ近付き、休憩用に紅茶でもと促してくる侍女達がいた。

 そんな時は――。


 「ありがとう、キミ達の優しさに感謝するよ。でも今兄上はとても集中されているから……そこの日陰に用意しておいてくれるかい?」



 そう告げる声は震えそうになってしまう。

 でも出来る限り堂々と、しっかりと侍女達の目を見て、自分に出来る最高の微笑みを浮かべた。


 ――女性相手には甘い声色で、魅了するようにすれば良いと書庫に隠されていた本から学んだのだ。

 ……実践できているかは、正直分からないが。 



 「は、はい……っ!ルイス殿下……!」


 顔を赤く染め、頬に手を添えながらも手早くお茶と軽食を用意し、侍女達は去っていく。

 完全に後ろ姿が城内へ戻っていくのを見届けて、ようやく僕は微笑みの仮面を脱ぎ捨てた。

 

 「……はぁ」


 再び剣を手に取る。

 重さはいつも通りのはずだが、妙にずっしり重く感じた。



 ――今頃、もう目的地へ着いているだろうか。


 兄と並んで歩くクラリスの姿が、否応なく脳裏に浮かぶ。

 

 変装していても、彼女の可憐さは隠しきれていない。兄はしっかりと彼女をエスコートしているのだろうか。

 きっとクラリスは……少し照れたように笑って、王女でも令嬢でもない、ただの少女としての笑みを見せているのだろう。



(……兄上は、ずるい)


 そんな感情を抱く資格すら、自分にないことは分かっている。

 だから僕は、剣を振る。


 鋭く、正確に。

 余計な考えを断ち切るように。

  




 その後も、使用人に呼び止められれば、笑みを浮かべて応じる。

 侍女たちの視線を感じれば、さりげなく違和感を与えないように平然と手を振って、意識を自分だけに集める。


 決して、不在を悟らせない。

 それが留守を任された僕の役目であり、何より二人を守る事に繋がるのだ。


 兄と秘密の時間を過ごしているクラリスを思う度に、ズキズキとした痛みが静かに胸に残る。


 「……今日も、城は平穏だな」


 それでも、誰に向けるでもなく呟いて、ルイスは再び剣を構えた。

 

 兄達が戻るその時まで。

 何事もなかったかのように、この城を守り続けるために。





*   *   *




 「ふんふ~ん!」



 夕方のお店は昼間より少し静かで、思わず口ずさんでしまう私の鼻歌がよく響いています。

 店内には焼きたてのパンの香りがまだ残っていて、空気がほんのり甘くて笑顔になってしまいます……!



 ふとカウンターへ視線を向けると、色取り取りの甘い香りを振りまくお花が生けられた花瓶が二つ。

 クララちゃんとジャックさんがプレゼントしてくれた、素敵な贈り物です。



 私はまた、お花へ軽く鼻先を近付けました。

 ——香水のような、華やかで、お砂糖とは違ううっとりするような甘い香り。 


 ……でも、このお花の名前は分かりません。

 けれど、二人の想いの籠もったこのお花は、私の大切な宝物です!



(……夢、だったのかな)


 花の香りに包まれながら目を閉じて、昼間の出来事を思い返します。

 大事な大事な親友と――不思議な男の子。


 初めて会ったはずなのに、どこかで出会っていたような……。

 何故か不思議と見覚えのある顔の男の子。

 

 パンのお話も本当は聞いていなくて、つまらなかったのかなって思ったら……。


 (ジャックさんはあんまり喋らなかったけど……わ、私が……綺麗って……)


 そんな事を言われたの、初めてだから……ドキドキしちゃいました。



 

 ちょっぴり浮かれて、見た事もしたこともない舞踏会でのダンスを踊るように棚の間を歩き、パンを並べ直しながら、私は小さく息をつきました。



 そろそろ現実に戻らなきゃ。

 明日もまた、朝は来るのだから。


 でも、花束をもう一度見た瞬間——。

 また胸の奥が、淡い灯りが灯ったみたいに温かくなっていきました。



 (クララちゃん……それにジャックさん。また……来てくれるよね……?)


 夕日の差し込む窓から外を眺めながら、いつかまた二人が扉を開けてやってくる時を思いました。

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