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わたしはクラリス!

 私の誕生日は、春が訪れる少し前の三月。

 エルフォード公爵家の庭には、まだまだ冷たい風が吹くけれど……花壇の端で蕾たちが小さく揺れて、もうすぐ来る春を教えてくれていました。


 今日は、一年に一度だけの特別な日。

 私が――五つになる日です!





 「お嬢様、おはようございます!そして……お誕生日おめでとうございます!」


 侍女のメアリーが柔らかく声をかけ、ベッドのカーテンをそっと開けると、朝の光がきらきらと部屋の中まで溢れ、胸の中まで暖かくなるようでした。


 「見て下さいお嬢様!お空もお嬢様を祝福しているみたいに綺麗な青空ですよ!」


 瞼越しでも分かる明るいお日様の光に、すっかり眠気もどこかへ飛んで行ってしまいました。


 「ありがとう、メアリー。わたし、今日からもっと大人になりますわ!」


 「まあ、お嬢様はもう十分に立派でございますけれど」


 くすぐったくなるような言葉に、思わず頬がゆるみました。


 だって――四月になれば、わたしは初めて花祭りに行けるのです。


 王都の城下町で毎年開かれる大きなお祭り。

 春の花で飾られた屋台、楽しそうな歌と笑い声。


 いつもは領地でお留守番だったけれど、

 今年は特別にお父さまとお母さまのお忍び視察に同行できると聞いたのです。


「そんなに嬉しそうなお顔をして……。花祭りが楽しみなのですね?」


「はいっ!わたし、一度でいいから外の世界を近くで見てみたかったんですもの!」


「ですが人混みではぐれませんように。護衛の方々も大変なのですから」


「……わかっています。ちゃんと、そばにいますわ」


 そう言いながら、胸の奥が少しだけ不安できゅっと痛みました。

 ――以前、お庭の迷路ですら迷って泣きそうになった事を、わたしは覚えているから。


 けれど、今日で五つになったのです。

 泣き虫のままではいけません。


 春の花が咲くころには、立派なレディにならなくては!


 来週は花祭り。

 大好きなお父さまとお母さまと一緒に、初めて町を歩く日。


 そう思うだけで胸がふわふわして、じんと温かくなりました。


 


 わたしは、本当に本当に幸せ者なのです。


 *   *   *



 朝食の時間。

 

 大広間の長いテーブルに座るお父さまが、まだ朝だというのにもう顔を赤くしながらワインを飲んでいました。

 それを見て、呆れたように微笑むお母さまの姿もあります。


 「おはようございます!お父さま!お母さま!」


 「おぉクラリス、お誕生日おめでとう!さぁこっちへおいで」


 「はい、お父さま!」


 お父さまへ駆け寄って、広げられた腕の中へ飛び込みました!

 ちょっぴりお酒くさくて、立派なおひげがくすぐったいけど、大好きなお父さまです!


 「クラリスももう五つか……早いものだな」


 わたしの頭を撫でるお父さまの手は大きくて、暖炉の火のようにぽかぽかしていて……。

 触れるだけで安心できる手です。


 「ふふ、ありがとうございます、お父さま!わたし、今年は花祭りにも行けますし……ちゃんと立派な

レディになりますわ!」


 「ふふ……クララならきっとなれるわ」


 少しだけ目を細めるお母さまは、春の花より綺麗な人だと、わたしは本気で思っています!

 きっとお父さま、毎日幸せです!



 ――わたしも、いつかお母さまのようになりたい。


 優しくて、強くて、誰かが困っていたらすぐに手を差し伸べられる人。


 「ねぇお母さま。わたし、大人になったら……お母さまのように、誰かを助けられるレディになりたいですわ!」


 そう言うと、お母さまは驚いたように目を丸くし、それからふわりと微笑みました。


「まあ……クララは本当に優しい子ね。ええ、きっと素敵なレディになれるわ」


 その言葉が、胸の中で宝石みたいにきらきら輝いて、

 わたしはますますパーフェクトなレディになることを頑張ろうと思いました!





 「クララ、改めてお誕生日おめでとう。あなたの好きなイチゴのタルトを、今日は特別に用意したのよ」


 「本当ですの!? お母さま、大好きです!!」


 「ええ、知っていますとも」


 次に飛び込んだお母さまの胸の中は、温かくて柔らかくて。

 頭の上から聞こえるお母さまの優しい声は子守り歌のようで……。

 細く柔らかな手で、そっと頬を包まれると、胸がきゅっとなるほど幸せでした。


 


 朝食を終えたあと、お父さまとお母さまが暖炉の前で、わたしの話をしている声が少しだけ聞こえてきました。


「クラリスは、本当に優しい子に育ったな。将来が楽しみだ」


「ええ。どんな道を歩むことになっても、きっと誰かの幸せを願える子になりますわ」


「……そうだな。この子の未来が、どうか穏やかなものであるように」


 お父さまのその言葉に、お母さまがそっとお父さまの手に自分の手を重ねました。


 わたしは、胸の奥がぽかぽかして、

 両親の背中をもっともっと追いかけたいと思ったのです。




 *   *   *



 侍女の皆さんも、私のために可愛いリボンを選んでくれて、執事のバートランドも、今日だけはいつもより少しだけ柔らかい声で言いました。


 「お嬢様、本日はお生まれになられた特別な日。どうか素敵な一日になりますよう」


 バートランドは普段、とっても厳しい人です。

 姿勢が少しでも崩れていると注意されてしまいますし、難しい本ばかり薦めてくるのです!


 でも……本当はわたしを大切にしてくれている人だって知っています。

 わたしが少しでも大人に近づけるように、良い姿勢や歩き方を丁寧に教えてくれました。


 ……でも。


「ほらお嬢様、背筋を伸ばして——あっ、お嬢様!?」


 ある日、背筋をぐーんと伸ばそうとがんばりすぎて、

 よろけて椅子から落ちそうになってしまいました。


 その瞬間、三人の侍女さんが同時に駆け寄ってきて支えてくれて、

 わたしは恥ずかしくて顔を真っ赤にしたのです。


「お嬢様は努力家でございますからねぇ……ふふ」


 メアリーが微笑むと、みんなつられるように優しく笑って——

 その笑顔が、なんだかくすぐったくて嬉しくてたまりませんでした。



 


 そして、兵隊さんたち。


 黒い軍服に身を包んだお屋敷の護衛の兵隊さんは、みんな大きくて、少し怖い顔をしています。


 でも、お庭で転びそうになったとき、真っ先に駆け寄ってくれたのも兵隊さんでした。



 「お嬢様、どうか怪我だけはなさらぬよう……これからも、我々が命を懸けてお守りいたします」


 「ありがとう、兵隊さん! わたし……強くなりますわ!」


 「はは……そのお気持ちだけで十分でございます」


 怖い顔なのに、笑うとほんの少し優しく見えるから不思議です。

 ……中でも、一番こわーい顔が……。



 「お嬢様ァー!!このウォルター!!この身が裂け骨が砕けようともお嬢様をお守りします!!」


 地響きを立てながら歩み寄ってくる戦士長様。

 何故かいつも泣きながら熱く敬礼をしてくれる、怖いけど面白い方。

 

 最初は傷だらけの顔と大きな切り傷にびっくりして、会う度に泣いてしまったけれど……。

 今では、夜に突然会うとちょっとびっくりするくらいで済むようになりました。




 ウォルターは、今日も涙をぽろぽろこぼしながら敬礼をしてくれました。


「お嬢様ァァ!!その……そのリボン……!

 あまりにも可憐で、このウォルター……! 感激の余り、視界が……ッ!!」


「ウォルター様、泣かないでくださいませ!前が見えなくなってしまいますわ!」


「しかしお嬢様があまりにも……尊い……ッ!!」


 ——ドゴォォン!!


 勢い余って、壁に頭をぶつけてしまったウォルター様に、

 メイドたちは「あぁまた始まった……」と顔を覆うのでした。


 わたしは思わず笑ってしまいました。

 だって、怖い顔なのに、こんなに優しくておかしいんですもの。





 こんなに素敵な人たちに囲まれて、わたしは、なんて幸せなのでしょう。


 


 誕生日という特別な日は、頭のてっぺんから足のつま先までぽかぽかするような、優しい温かさで満ちていました。



 その晩、わたしは眠る前に窓から星を見上げ、そっと祈りました。


 どうか、明日も良い日になりますように――。



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