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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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脱走計画

 「……じゃあ、作戦会議よ!」


 その一言で、僕とルイスは顔を見合わせた。


 「……本当にやる気なんだな?」


 思わず苦笑しながら言うと、彼女は胸を張る。


 「もちろん。ちゃんと考えてあるもの」


 この返しと、ワクワクを抑え切れていない目の輝き。

 ……ああ、これはもう、止められないやつだ。 


 「まず前提条件ね」


 彼女はぴっと指を一本立てる。


 「外壁は越えない。あくまで城下町の壁内まで」


 「それは約束してもらわないと困るな」


 「分かってるわよ。怒られるのは嫌だもの」


 (……そこはちゃんと嫌なんだな)

 

 じっとりとした目でクラリスを見やるが、さっと目を逸らされた。


 「ん”んっ!次に!」


 指の二本目が立つ。


 「何よりバレない事。護衛の目を誤魔化す為に、アレクにも変装してもらうわよ!」


 「あぁ……分かった。だがそんな服は」


 「メアリーが用意してくれるわ!」


 クラリスの侍女へ視線を向けると、やれやれと困ったように小さくため息をつきながらも、ペコリと頭を下げた。

 彼女のわんぱくさに何度も振り回されているのがそれだけで伝わってくる。

 

 (……彼女、苦労してそうだな。何かしてやれれば良いけど……)


 ぴっと三本目の指が立てられる。


 「安全第一!王都は比較的治安が良いとは聞くけども、油断はしない事。……二人は言わずとも分かると思うけどね」


 ちら、とクラリスの視線がルイスに向く。


 「それと……お城の人にもバレない様に、誤魔化し役……お願いね?ルイス?」


 「……うん、頑張ってみるよ」


 ルイスは一瞬だけ考えてから、ゆっくり頷いた。


 「助かる」


 そう言った僕に、彼は小さく笑った。


 「兄上が一緒なら、きっと問題は起きませんから」


 信頼されているのが分かって、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 「で?」


 僕はクラリスを見る。


 「肝心の脱出経路は?」


 彼女は、少しだけ声を落とした。


 「庭園の奥。使用人用の通路の先に、私達なら通れるくらいの小さな穴があるの」


 知っているか?と目でルイスに問いかけるも、彼も小さく首を横へ振った。 

 よく()()()と称してクラリスが王城を歩き回っているのは知っていたが、まさかそんな事の為に歩き回っていたなんて――。


 「「ぶふっ」」


 思わず二人して吹き出してしまう。

 そんな僕達をジト目で睨むクラリスに背を向け、笑いが収まるまで肩を踊らせていた。

 

 「もうっアレクもルイスもっ!!」


 ポコポコと背中に感じる心地良い打撃に、更に可笑しさが増してしまいそうになるが、何とか咳払いをして笑いを噛み殺す。


 「……で、目的地は?」


 ——スッと叩く手が勢いを失い、最後にポスッと背を叩くと、クラリスは胸の前で手を結んだ。


 「……黄金色の天使」


 静かに紡がれたその言葉には、懐かしさと、切なさと、どうしようもない願いが混ざっているように感じた。

 振り向いて、彼女の表情を見て、僕はもう何も言えなくなった。



 王子としては、止めるべきだ。

 婚約者としても、危険は避けさせるべきだ。


 ……それでも。


 「時間は短くしよう。午後の鐘が鳴る前にはここに戻る事。……いいね?」


 そう言うと、クラリスはぱっと顔を輝かせた。


 「さすがアレク! 話が早い!」


 ルイスが小さくため息をつく。


 「……僕、今から覚悟を決めておきます」


 「頼んだ」


 肩に手を置くと、彼は苦笑しながらも頷いた。


 こうして。


 未来の王と、その弟と――問題児の婚約者による、小さな脱走計画が静かに動き出した。


 (本当に……)


 クラリスと一緒だと、

 世界は少しだけ、面白くなる。


 だからきっと。


 この計画も、楽しいものになるだろう。



*   *   *



 計画を立てたその日から、僕達は何も変わらない日常へと戻った。


 剣の稽古・座学・礼儀作法。

 王族として求められる教養を吸収し、成長を続ける当たり前の一日。


 けれど、その内側で――いたずらっ子達の計画は着々と進んでいた。



 ――朝の回廊。


 兵士達は決まった順で巡回し、必ず同じ角で立ち止まる。

 侍女達の作業する姿へ視線を向ける癖。

 誰が形式だけで手を抜いて、誰がしっかりと周囲を見ているか。


 最初は何となく。

 次第に、意識して僕達はそれらを一つずつ覚えていった。


 剣術の稽古へ向かう途中、わざと歩調を変えたり遠回りをして違う道を歩いてみる。

 使用人の視線がいつ自分達へ向けられるのか、どれくらいの長さこちらを注視しているのか。



 「……今の時間、三人目の兵は必ず左を向くな」


 小さく呟くと、隣を歩くルイスが頷いた。


 「ええ。理由は分かりませんが……癖ですね」


 彼は、僕よりも早くそれに気付いていた。



*   *   *



 一方で、クラリスはというと。


 「今日は庭園の噴水まで行ってみようかしら」


 「今日は回廊の奥までね」


 ――いつも通りの()()()を続けていた。


 無論、その足取りは無駄がなかった。

 どの時間帯に、どこが混み合うのか。

 どこなら侍女の視線が緩むのか。

 そして、どこでなら――立ち止まっても怪しまれないのか。


 彼女は、誰よりも自然に、城の中を覚えていった。


 「クラリス」


 ある日、思わず声を掛けると、彼女は振り返って首を傾げる。


 「なぁに?」


 「……よく、そこまで見てるな」


 すると彼女は、少しだけ困ったように笑った。


 「だって……そうしていないと、息が詰まるもの」


 その言葉に、僕は何も返せなかった。


*   *   *


 準備は、静かに進んでいった。


 ルイスは誤魔化し役として、付け焼刃ではあるが話術を学んでいた。

 僕は護衛の位置と距離を。

 クラリスは抜け道と、城下町からの戻り方を。


 誰も声高に「楽しみだ!」などとは言わない。

 笑顔のまま、いつも通りの顔で。


 それでも、目が合えば……分かる。

 ――同じ日を、待っているのだと。



*   *   *



 決行日と決めたのは、とある何でもない日の午後だった。


 特別な行事もない。

 来客もない。

 警備が増える理由もない。


 ただの、いつも通りの日。


 「……この日がいいわ」


 クラリスがそう言った時、

 僕とルイスは何も反論しなかった。


 理由は、彼女と同じ考えだったからだ。




 誰にも気付かれぬまま、誰にも悟られぬまま。

 少しずつ、確実に準備を整えていった。


 子供の悪戯にしては、少しだけ慎重で。

 王族の計画にしては、大目玉を食らいそうな無鉄砲さ。


 だとしても、その中心にクラリスがいる限り――

 この計画は、きっと忘れられない一日になる。


 そんな予感だけが、退屈で沈んでしまいそうな僕の心を励ましていた。

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