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公爵令嬢は親友の為に悪役令嬢を演じますっ!  作者: 濃厚圧縮珈琲
第二章 10歳の王子と公爵令嬢
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クラリスの誘い

 婚約が公に発表されてから、クラリスの立場は一変した。


 王妃教育の為に王城で過ごす時間が増え、専属教師が付き、言葉遣いから所作に至るまで厳しく叩き込まれていく。

 それは「未来の妃」としての務めを学ぶ時間であり、同時に彼女の自由を少しずつ削っていく時間でもあった。


 でも、それは僕も……僕達も同じだ。

 次期王として、ルイスも可能性は0ではない為同様の教育が施された。

 剣術・魔術・座学・芸術、その全てが完璧である事が求められた。


 何故なら、16歳になれば学園に入学し、皆と同じ試験を受けなければいけないからだ。

 

 民より劣る王子など、あってはならない。

 王の権力を使って不正を行おうものなら、誰もこの先心から王家に仕えてはくれないだろう。


 だからこそ、今は研鑽を重ねるしかない。 


 

*   *   *



 「……うーん」


 ある日の午後。

 クラリスは窓辺で腕を組み、小さく唸っていた。


 「ねえ、今日のお勉強はここまでよね?」


 彼女に付き添う侍女――メアリーが一瞬言葉に詰まり、やんわりと微笑む。


 「はい、本日の予定はすべて終了しておりますが……」


 その瞬間、クラリスはにっこりと笑った。


 「じゃあ、お散歩の時間ね!」


 クラリスは軽やかに立ち上がった。


 「え、ええ……ですが、王城内で――」


 「大丈夫大丈夫。ちゃんと城内だけ、よ?」


 そう言って、意味ありげに笑った。



 *   *   *



 「アレク!ルイス!」


 その声に、僕達二人は同時に顔を上げた。


 王城の回廊。

 剣の稽古を終えたばかりの僕とルイスの前に、クラリスが手を振りながら歩み寄ってきていた。


 彼女はいつものようにお淑やかな笑みを浮かべていたが、僕達の傍によると、声を潜めた。


 「ねえ、二人とも。ちょっとお願いがあるの」


 この声色、まさかまた何か企んでいるのか?と苦笑する。


 「……嫌な予感しかしないんだが?」


 「失礼ね。今回は正当な婚約者のお願いよ?」


 胸を張って言う姿に、

 僕は思わず吹き出しそうになった。


 「それで?内容は?」


 僕が尋ねると、

 クラリスは、にこっと笑って言った。


 「王城から――抜け出したいの」


 ――沈黙。


 風が吹き抜ける音だけが、やけに大きく聞こえた。


 「……はい?」


 ルイスが、ゆっくり瞬きをする。


 「待て。今、何と言った?」


 まさか聞き間違いではないだろうが、念の為聞きなおしておく。


 「ここを抜け出したいって言ったの」


 さらっとあまりにも自然に彼女は言ってのけた。


 「だってね、最近ずっと城の中なのよ?庭園は広いけど、広すぎて逆に退屈だし」


 指を折りながら数える。


 「街の匂いもしないし、パン屋さんの煙も見えないし、何より――」


 少しだけ、声を落として。


 「……会いたい人がいるの」


 その一言で、僕は表情をふっと和らげた。


 「……なるほどな」


 そして、若干眉間に皺を寄せていたルイスの方を見た。


 「どう思う、ルイス?」


 彼は一瞬だけ考えてから、肩をすくめた。


 「……外壁を越えないなら、散歩の範囲ですね」


 クラリスの目がぱっと輝き、一層明るい笑みを浮かべた。


 「さすがルイス!話が分かるっ!」


 その公爵令嬢らしからぬ笑みに、僕は思わず短く笑ってしまった。


 「本当に……君は変わらないな、クラリス」


 「でしょう?」


 得意げに胸を張る彼女を見て、小さく息を吐いてから言った。


 「……いいだろう。ただし条件がある」


 「なに?」


 「護衛の目を誤魔化す役は――」


 ちらりとルイスを見る。


 「ルイス、公平に剣術で決めようか」


 公平とは名ばかりに、剣術は僕の方が得意だ。

 それを知っているルイスは観念したように微笑んだ。


 「承知しました、兄上。手加減してくださいよ?」


 「……それは騎士道に反するな」


 「ぐぅ……」


 「ふふっ、頑張って!ルイス!」


 クラリスからの応援に、ルイスは視線を彷徨わせ、それでも最後はしっかりと彼女を見て頷いていた。


 (全く……素直じゃないな、ルイスも)


 苦笑しながらも手にしていた木剣を肩に担ぎ、広場へと歩を進める。

 背後から小走りで追いかけて来る足音を聞きながら、僕は僅かに微笑みを漏らしていた。

 


 やっぱりこの三人でいると、つまらない世界が面白くなる。

 せっかくの悪巧み、せっかくのお忍びの城下町。

 ルイスには悪いが……負ける訳にはいかない。

 

 しっかりと木剣を握り締めた。



*   *   *



 王城の訓練場は、午後の光を受けて静まり返っていた。


 石畳の上に立つのは、僕とルイス。

 少し離れた場所で、侍女を連れたクラリスが期待に満ちた目でこちらを見ている。


 「では……始めようか」


 木剣を構えた瞬間だった。


 ——踏み込み。


 ルイスが、先に動いた。


 ――速い。

 迷いのない踏み込み。

 最初から全力で押し切るつもりだ。


 (へぇ……そう来るか!)


 剣が打ち合わされる度、乾いた音が響き渡る。

 連続する斬り込み、意表を突いた突き、ルイスらしからぬ勢いに任せた攻め。


 だが、僕は退かない。


 刃が当たった瞬間に、力を抜きつつも刃に添わせ滑らせるように軌道を変え、受け流す。

 真正面から受け止めてしまえば腕も痺れ、体力の消耗も激しい。

 だからこそ、柔を以て制するのだ。



 果敢に打ち込まれるルイスの剣は鋭く、重い。

 だがそれも最初の内だけだった。


 (……疲労が残っているな?)


 さっきまで稽古をしていた分、動きの端にわずかな遅れが出始めている。

 息も、ほんの少しだけ荒くなっている。


 それでも、ルイスは攻め続けた。


 歯を食いしばり、踏み込み、振り抜く。

 自分より体力の残っている相手だと、分かっていながら。



 僕は、まだ余力を残していた。


 剣を振りながら、観察する。

 ルイスの足運び、打ち合う時の重心、次に来る一手。


 ——その時。


 ルイスの視線が、一瞬だけ逸れた。


 向かった先は——クラリス。


 (……っ)


 次の瞬間。


 「はああっ!!」


 気合の籠もった一閃。

 今までで一番、鋭く、真っ直ぐな斬り。


 だが。


 「……甘い!」


 僕は踏み込み、剣を合わせずに流す。

 勢いを殺さず、そのまま円を描くように剣を動かした。


 ——カンッ!


 乾いた音。


 ルイスの手から、木剣が弾き飛ばされる。


 体勢を崩したルイスは、そのまま——


 「くっ……!」


 尻餅をついた。

 その胸元へ静かに切っ先を突き付けて静止する。


 ――静寂。


 そして、僕は木剣を下ろし、苦笑する。


 「……決まりだな」


 そう言って、手を差し伸べた。


 ルイスは一瞬だけ悔しそうな顔をしたが、すぐに小さく笑ってその手を取る。

 このあたりの切り替えの早さは、さすがだと思う。



 「……参りました、兄上」


 引き起こしながら、僕は小さく肩をすくめた。


 「無茶をするからだ。だが……悪くない一太刀だった」


 「次は負けませんから」


 「ああ、期待してるよ」


 そんな短いやり取りのあとで。



 ぱちぱち、と軽やかな拍手が響いた。


 振り向くと、クラリスが満足そうに手を叩いている。




 「お疲れ様! 二人とも、すっごく良い勝負だったわ!」


 そう言って笑うクラリスの表情は、完全に満足げだった。

 ……いや、違う。


 その目はもう、次のことを考えている目だ。


 にこにこと笑って歩み寄り、そして、両手を合わせて、楽しそうに言った。


 「じゃあ――作戦会議よ!」

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