10歳の誕生日
投稿21時から遅れました……。
ここから10歳編。
アレク視点でお送りいたします。
それではどうぞ!
誕生日というのは、正直に言えば……もうあまり嬉しい年齢ではない。
朝から城中が妙に慌ただしく、廊下を行き交う使用人達の足取りも早い。
「お誕生日おめでとうございます、殿下!」
すれ違う人々からそう声をかけられるたび、僕は曖昧に笑って頷いた。
隣を歩くルイスは、相変わらずだ。
少し眠たそうな顔で、でも背筋はきちんと伸びている。
「兄上、今日は長くなりそうですね」
「だろうな。昼までで終わればいいけど」
そう答えると、ルイスは小さく肩をすくめた。
双子で同じ日に生まれたはずなのに、
僕とルイスでは、こういう場への向き合い方も、扱われ方も少し違う。
広間には、すでに父――国王と、母が待っていた。
そして客人も。
「お誕生日おめでとうございます、アレクシス殿下。ルイス殿下」
穏やかな声でそう言ったのは、エルフォード公爵――叔父にあたるフレデリック卿だ。
その隣には、優雅に微笑む夫人と――。
「おはようございます。アレクシス殿下、ルイス殿下」
優雅に礼をして見せる少女が、僕の視界に入った。
淡い色のドレス。
サラサラと揺れるプラチナブロンドの髪。
そして、相変わらず何事にも物怖じしない、真っ直ぐな瞳。
「やぁ、クラリス。おはよう」
そう名前を呼ぶと、彼女はいつものように、ニッと笑った。
「二人共、十歳のお誕生日、おめでとうございます!」
その笑顔を見て、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「ありがとうクラリス!嬉しいよ!」
誰に言われた時よりも弾んだ声で返事をするルイスを横目で見て、僕も口を開いた。
「ありがとう、クラリス。祝いの言葉確かに受け取ったよ」
偶然、ルイスより早く母上のお腹から出ただけで第一王子になった僕は、日々多くの人と接している。
出世の為に取り入ろうとギラついた目を向ける者、婚約者の座を狙う同年代の貴族の令嬢。
『アレクシス』という僕を見ている人はいない。
『第一王子のアレクシス殿下』としてしか見てくれない。
何か有る度に殿下殿下と、もう鬱陶しい事限りない。
だが、クラリスは違う。
いつまでも、アレクとして僕を見てくれる。
あの日に結んだ友情を、そのまま繋いでくれている。
——そして何より、彼女は悪友なのだ
(――ああ、今日は退屈な一日じゃなさそうだ)
そう思った、まさにその時だった。
父とフレデリック卿が、互いに一度だけ視線を交わし、
そして――こちらを見た。
「アレク、ルイス。大切な話がある」
その声音は、祝宴のそれではなく。
王と、公爵の声だった。
僕はその瞬間、直感的に理解してしまった。
――これは、
今日が「ただの誕生日」では終わらない、ということを。
広間の空気が僅かに変わった。
父の一言と公爵の目配せで、兵士や使用人達が静かに下がっていく。
残ったのは、王と王妃、エルフォード公爵夫妻、そして――僕とルイス、クラリスだけ。
無意識のうちに握りしめた手には、汗が滲んでいた。
「本日、この場で伝えておきたいことがある」
父はそう言ってから、一拍置いた。
その沈黙が、やけに重い。
「アレクシス。エルフォード公爵家の令嬢、クラリス・フォン・エルフォードと――」
そこで、父は一度言葉を切った。
「――婚約を結ぶ」
……ああ。
やはり、か。
驚きはなかった。
いつかはそうなるだろう。
その予感は、ずっと前からあった。
王家とエルフォード家。
血縁。信頼。立場。
どれを取っても、自然な流れだ。
「……承知しました」
そう答えた自分の声は、思ったよりも落ち着いていた。
嫌ではない。
拒否感もない。
ただ――。
「えっ?」
隣から、素っ頓狂な声がした。
視線を向けると、クラリスがきょとんと目を瞬かせている。
「……えっと。婚約、って……?」
どうやら、事前に聞かされていなかったらしい。
フレデリック卿が苦笑しながら、娘の方を見た。
「クラリス。お前が十歳になるまでは、と思っていてな」
「ふぅん……」
クラリスは少し考えるように顎に指を当ててから、こちらを見た。
「アレクと、結婚するってこと?」
「……そうなるな」
僕がそう答えると、彼女はぱちりと一度瞬きをして――
「そっか!」
あっさり、笑った。
「じゃあ、これからも一緒に遊べるのね!」
(……そういう話だったか?)
思わず、内心で突っ込んでしまう。
重苦しい空気など、彼女の一言で跡形もなく吹き飛んでいた。
「アレクなら別にいいわ。嫌じゃないもの」
そう言って、屈託なく笑う。
「おいクラリス……!殿下に失礼だろう?」
「ふふっ」
呆れる公爵と、耐え切れずに吹き出して笑う母上。
その様子を見て、僕の胸の奥にあったモヤモヤが、少しだけ形を持った。
――ああ。
僕は、まだ「婚約」という言葉の重さを、ちゃんとは理解していない。
でも。
彼女となら、悪くない。
そう思えたのは、確かだった。
その時だ。
「……兄上」
小さな声でルイスが呼んだ。
振り返ると、彼はいつもの穏やかな表情を保ったまま、微笑んでいる。
だが、その瞳は――ほんの一瞬、揺れていた。
「おめでとうございます。兄上。クラリス」
祝福の言葉は、完璧だった。
完璧すぎるほどに。
僕は、その違和感を胸の奥にしまい込む。
「ああ、ありがとう。ルイス」
その時の僕は、ルイスの瞳の揺れが何を意味するのかを、深く考えようともしなかった。
ただ、きっと彼が悩んでいるのだと、それだけは理解していた。
* * *
婚約の話が終わり、公爵家が退室すると誕生日は「儀式」に戻った。
歯の浮くような祝福の言葉。
趣味の悪い贈り物。
……ルイスとの差を敢えてつける者。
午前中だけで、もう何度「お誕生日おめでとうございます、殿下」と言われただろう。
「……ありがとう、あなたも良い一日を」
口にする言葉は、いつも同じ。
表情も、角度も、声の張りも。
完璧な第一王子。
それでいなければならない。
昼の会食では、貴族達が順番に挨拶へ訪れた。
領地の話、政の話、遠回しな忠誠の誓い。
誰一人として、僕の誕生日を祝っている者はいない。
祝っているのは――第一王子が無事に十年を迎えた事実だけだ。
(……退屈だな)
そう思ってはいけない。
そう感じてはいけない。
分かっている。
分かっているはずなのに。
ふと、昼の光が差し込む窓の外に視線をやる。
庭の向こう。
風に揺れる木々。
いつもなら、剣を振っている時間だ。
――その庭に、今日は出られない。
「殿下、本日はこの後も予定が詰まっております」
侍従の声に、現実へ引き戻される。
「分かっている」
短く答えて、また笑顔を貼り付ける。
……仮面は重く、冷たい。
* * *
日が傾き、城の中が一段と慌ただしくなった頃。
祝賀パーティの準備が始まった。
「殿下、とてもよくお似合いでございます」
鏡の中には、
金糸の刺繍が施された正装を纏った少年が映っている。
――第一王子、アレクシス。
自分であって、自分ではない存在。
「兄上」
背後から、ルイスの声がした。
振り返ると、彼も同じように正装に身を包んでいる。
少し緊張したようで、それでも穏やかな微笑みは崩していない。
「夜の会場で、クラリスも来るそうですよ」
その一言で、胸がふっと軽くなった。
「……そうか」
思わず、口元が緩みそうになるのを必死に抑える。
(馬鹿だな、僕は)
ただそれだけで、
この長い一日が「終わりへ向かっている」と思えてしまう。
「楽しみですね」
ルイスはそう言って微笑んだ。
その表情は、昼間と変わらない。
――いや。
本当に一瞬だけ、彼の視線がどこか遠くを見たような気がした。
「ルイス?」
「何ですか?兄上」
すぐに笑顔に戻る。
完璧な、第二王子の顔だ。
「いや、何でもない」
それ以上、何も言わず。
僕もまた、仮面を被り直した。
(夜になれば、またクラリスに会える)
その事実だけが、この無味乾燥な一日を、どうにか耐えさせてくれていた。
少年としての僕は、その小さな楽しみを胸にしまい込んだまま、第一王子として祝賀の広間へ向かう準備を整えたのだった。




