プロローグ
――断罪劇の幕は、拍手もなく静かに上がる。
煌びやかな装飾がふんだんに設えられている王立学園大講堂。
華やかな冬季の長期休み前のパーティーだというのに、会場は物々しい雰囲気に包まれていた。
正装をした第一王子——アレクシス・フォン・エルディリオンは、その傍らに麗しい少女を伴い、一人の令嬢へと冷たい視線を向けていた。
エルフォード公爵家の令嬢——クラリス・フォン・エルフォード。
彼女が何をしたのか、真実を知る者は少ない。
だが囁きと噂は、すでに講堂中を駆け巡っていた。
「庶民の少女に嫉妬して、嫌がらせを続けていたらしい」
「公爵令嬢の傲慢さもここまでか」
「王子殿下が訴えを受け、ついに決断されたと……」
真偽はともかく、断罪劇はもはや周囲の確信になっていた。
王子はゆるりと口を開く。
その声は、会場に集うすべての者を震わせた。
「クラリス・フォン・エルフォード。君の行いは、もはや看過できない。
本日今この時をもって――君との婚約を破棄する!」
ざわっ……!
講堂が揺れるようなどよめきが広がった。
クラリスの肩がふるりと震え、両手で口元を押さえたまま、その場にへたりと崩れ落ちた。
美しいドレスの裾が床に広がる。
気丈で知られた令嬢は、涙も声も喪ったようだった。
「お、王子殿下……そこまで……!」
「公爵家を敵に回す御積もりですか!?」
驚愕の声が上がるが、王子は意にも介さず、隣に立つ少女の手をそっと取る。
多くの令嬢を魅了し、虜にしたその甘く優しい微笑みは、ただ一人――彼女だけへと向けられる。
同時に多くの令嬢達の嫉妬に満ちた視線に晒されるのは、庶民の少女ことミリア・ブレッドリー。
彼女は学園首席の特待生。
学費免除を受けるほど優秀でありながら、出自は一般庶民のパン屋の娘だ。
後の国王となる第一王子と、一般庶民。
不釣り合いなのは誰の目にも明らかであった。
――だが、王子は迷わず講堂内に響き渡るように告げた。
「彼女こそ、国母にふさわしき女性だ。私は、彼女を愛しているッ!!」
王子の宣言に、少女は驚きに目を丸くする。
「あ、アレク様……!」
周囲は再び騒然となり、騒めきは最高潮に達した。
学生達はもちろんのこと、お目付け役として派遣されていた官吏も例外ではなかった。
「相手は庶民だぞ……?」
「学園とはいえ、公衆の面前で公爵令嬢を……」
「これはただの婚約破棄では済まされぬのでは……?」
彼等の騒めきを、軽やかな声がすっと断ち切った。
「ねえ。この事父上……国王陛下へはどう説明するつもりなんだい?」
「……は?」
第二王子――ルイス・フォン・エルディリオンがワイングラスを指で弄びながら、監視役の官吏へ微笑む。
「公爵令嬢を、公衆の面前で跪かせて。しかも庶民の少女を国母に!だなんて宣言しちゃって。
エルフォード公爵家は王家を支える重鎮だよ?」
官吏達の顔がさっと青ざめる。
「す、すぐに……報告を……!」
「うん。早く行った方がいい。火がついてからじゃ、消すのに骨が折れるからね?」
ルイスが肩をすくめて促すと、官吏達は我先にと蜘蛛の子を散らすように会場を飛び出していった。
その直後――。
騎士団長の息子レオンを筆頭に、宰相の息子候補セオドール。
宮廷魔術師の息子セイラン、錬金術界の天才フィール……。
学園屈指の貴公子達が、まるで舞台の役者が揃うようにクラリスの周囲を取り囲む。
「クラリス嬢。何か言い残す事は?」
「何を座っている。まだ話は続くぞ」
「……無様」
「涙を流すのならこの小瓶に」
投げかけられるのは、慰めではなく冷たい言葉ばかり。
クラリスは顔を両手で覆ったまま、何も言えぬまま身体を小さく震わせて動かない。
ただ――
その沈黙だけが、すべてを物語っていた。
その様子を、ルイスだけが遠くからじっと眺めていた。
愉快そうな、それでいて何かを測るような視線で。
口元に浮かぶ第二王子の微笑みに気付いた者は、この場にはまだいない。
クラリスの運命や如何に!
しばらくの間、毎日21時に1話ずつ更新致します!
次回もどうぞお楽しみに!




