救出作戦
ゲルマニア市内。午前5時30分。
陸坤、イレーヌ、シュタインベルクの三人は、市内中心部から3キロ離れた工業地区に潜んでいた。廃工場の影に身を隠し、保護施設への侵入計画を練っている。
「保護施設は、ここから北に2キロ」
イレーヌは小型タブレットを取り出し、施設の配置図を表示した。
「正式名称は『帝国福祉保護施設第7号』。表向きは、戦災孤児や高齢者を保護する福祉施設。だが実際は——」
「人質収容所、か」
陸坤が言葉を継いだ。
「ええ」
イレーヌは頷いた。
「帝国保安本部が、科学者や技術者の家族を『保護』という名目で収容している。協力を強制するための人質ですね」
シュタインベルクは苦い表情で呟いた。
「15年間…妻と娘は、そこに閉じ込められていた」
陸坤は配置図を見た。
施設は四階建て。周囲を高い壁が囲んでいる。正門には警備員が常駐し、敷地内には監視カメラが複数設置されている。
「警備体制は?」
「親衛隊員が12人。交代制で24時間警備。さらに、施設内には看守が8人」
イレーヌが答えた。
「武装は、MP7短機関銃とグロック17拳銃」
「厳重だな」
「それだけじゃありません。」
イレーヌは画面をスワイプした。
「施設の地下には、緊急時の脱出用トンネルがあります。ですが——」
彼女は声を落とした。
「そのトンネルは、保安本部に直結しています。」
陸坤は眉をひそめた。
「なっ...つまり、下手に動けば保安本部から増援が来る、と」
「その通り」
シュタインベルクが口を開いた。
「妻と娘は、三階の東側の部屋にいる。部屋番号は302。私が月に一度訪問する時、必ずその部屋だった」
「鍵は?」
「電子ロック。看守が持つキーカードでしか開かない」
陸坤は考え込んだ。
正面から突入すれば、すぐに増援が来る。時間がない。
「…裏口は?」
「あります」
イレーヌが別の図面を表示した。
「施設の西側、厨房の搬入口。ここは警備が手薄だ。朝6時に食材業者が搬入に来る。その隙に——」
「紛れ込む、か」
陸坤は時計を確認した。午前5時35分。搬入まで、あと25分。
「悪くない。だが——」
陸坤はイレーヌを見た。
「あんた一人で、12人の親衛隊員と8人の看守を相手にできるのか?」
イレーヌは沈黙した。
陸坤は彼女の迷いを見抜いた。
「…やはりな。あんた、実戦経験が浅い」
「それは——」
「否定しなくていい」
陸坤は遮った。
「研究施設での動きで分かった。あんたは訓練は受けているが、人を殺すことにあまり慣れていない」
イレーヌは唇を噛んだ。
「私は…イギリスの工作員です。訓練は受けました。ですが——」
彼女は視線を逸らした。
「このような実戦は…7回目です」
陸坤は長い息を吐いた。
「7回か。論外だ」
シュタインベルクが二人を見た。
「では…どうする?計画を変更するのかな?」
陸坤は首を振った。
「いや。計画は変えない。ただ——」
彼はイレーヌを見た。
「あんたは、俺の指示に従え。勝手な行動はするな」
イレーヌは数秒、陸坤を見つめた。
そして——頷いた。
「…分かりました」
「よし……」
陸坤は自分に言い聞かせるよう呟くと、椅子を蹴って立ち上がった。
「準備を始めよう。博士、時間は多くない」
「分かっている」
シュタインベルクが強く応じた。その瞳には、家族を想う父親としての覚悟が宿っている。
「妻と娘を救わねば……。私が顔を見せなければ、彼女たちは怯えて動けないはずだ」
確かにその通りだ。
素性の知れない東洋人の男とイギリス人の女が「救出だ」と叫んだところで、彼女たちには新たな脅威にしか映らないだろう。
陸坤は博士の肩を軽く叩いた。
「……俺たちが盾になる。あんたは家族を連れて脱出することだけを考えろ。いいな?」
「ああ。了解したよ」




