表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
米独・終わらない冷戦 〜東側最強の暗殺者、裏世界を駆る〜  作者: イチジク浣腸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/5

命運

地下二階は、白い壁と蛍光灯に満ちた無機質な空間だった。空調の音だけが、廊下に響いている。

陸坤はCIAから提供された施設図を頭の中で再構築しながら、シュタインベルクの研究室に向かった。廊下の両側には、複数の実験室が並んでいる。ガラス窓越しに見える内部には、培養器、遠心分離機、そして——檻に入れられた実験動物たち。

猿だ。

陸坤は足を止め、ガラス越しに檻を覗き込んだ。

猿たちは異常な様子だった。檻の中で激しく暴れ、互いに噛み付き合っている。目は血走り、口からは泡を吹いている。一匹は既に死んでおり、他の猿に食いちぎられていた。

「…これが、凶暴化か」

陸坤は顔をしかめた。CIAの情報は正しい。このウイルスは、本当に存在する。そして、その効果は——想像以上に恐ろしい。

彼は先を急いだ。

シュタインベルクの研究室は、廊下の最奥にあった。ドアには「Dr. H. Steinberg — Autorisiertes Personal / Zutritt Verboten für Unbefugte」と書かれたプレートが掲げられている。

陸坤は息を止めるように耳を澄ませた。

室内から、かすかな機械音が聞こえる。誰かいるのか?

彼は慎重にドアノブに手をかけた。ロックはかかっていない。ゆっくりとドアを開ける。

室内は広く、中央には大型の培養装置が置かれ、無数のチューブとモニターがそこから伸びている。壁際には、データ端末とファイルキャビネット。そして——

奥のデスクに、一人の老人が座っていた。

白衣は黄ばんでいて、髪は雪のように白い。ハンス・フォン・シュタインベルク、間違いない。

彼は顕微鏡を覗き込んでおり、陸坤の侵入に気づいていないようだった。

陸坤は音を立てずに室内に入り、ドアを閉めた。そして、静かに拳銃を抜いた。

サプレッサー付きのグロック19。

掌に伝わる冷たさが、生きるか死ぬかの重さだった。

...一発で仕留める。

彼は照準を合わせた。

その瞬間——

「待ちたまえ」

顕微鏡の影から低い声が染み出した。

ドイツ語訛りの重い英語だった。

陸坤は動きを止めた。

「来ることは、予想していた。しかし早いな。」

老人はゆっくりと顔を上げた。目は疲労で霞み、諦念がそこに座っている。驚きも恐怖もない。ただ、深い溜息のような声。

「誰が送り込んだ?.....アメリカか?フランスか?」

陸坤は無言で銃を構え続けた。

シュタインベルクは穏やかに——最後の時を悟り、微笑んだ。

「撃つ前に、少しだけ話を聞いてくれないか?どうせ私は死ぬのだ。せめて、真実を知ってほしい」

「話すことなど何もない」

陸坤は冷たく言った。

「あんたは生物兵器を開発している。それで十分だ」

「その通りだ」

シュタインベルクは頷いた。

「だが——私はこのウイルスを作りたくなどなかった」

「強制されたと?」

「15年前、帝国保安本部は私の家族を人質に取った。妻と娘を。『研究を続けるか、彼女たちが死ぬか』——選択肢など、なかった」

陸坤は銃を下ろさなかった。

「よくある話だな。だが、それであんたが免罪されるわけじゃない」

「知っている」

シュタインベルクの声は、自己嫌悪に満ちていた。

「毎晩、悪夢を見る。このウイルスで死ぬ人々の顔が、私を責める。だが——私は弱い人間だ。家族を見捨てることができなかった」

陸坤は数秒間、沈黙した。

シュタインベルクの目を見た。

疲れ切った、諦めた目。だが——その奥に、わずかな希望が残っていた。

「…あんた、本当に死にたいのか?」

シュタインベルクは目を見開いた。

「何を——」

「あんたは、俺が来ることを予想していた。だが、逃げなかった。抵抗もしなかった」

陸坤は続けた。

「それは——死にたいからか?それとも——」

陸坤は培養装置を見た。

「このウイルスを、止めたいからか?」

シュタインベルクは息を呑んだ。

数秒の沈黙。

そして——

「…両方だ」

シュタインベルクは目を伏せた。

「私は、死にたい。15年間、悪魔の研究を続けてきた。その罪は——償いきれない。だが、同時に——」

彼は培養装置を見た。

「このウイルスを、止めたい。これ以上、犠牲者を出したくない」

銃をゆっくり下ろした。

部屋はしんと静まりかえっている。

陸坤は小さく声を出した。

「……協力しろ」

伏せていた目を、シュタインベルクがようやく上げる。

「協力、か」

陸坤は言葉を重く区切った。

「ああ。俺の任務は、あんたの暗殺とウイルスサンプルの破壊だ。」

シュタインベルクはかすかに息を吐いた。

そして、淡々と応じる。

「私を消すのは構わん。しかし、私を消しても、研究の記録は保安本部に残る。別の者が、研究を続けるだろう。」

陸坤は短く頷いた。

「そうか……意味がない」

シュタインベルクも静かに頷き、ゆるりと目を上げた。

その眼差しには、諦念とも達観ともつかぬ影が揺れている。

「……そうかもしれんな」

陸坤は一歩、彼の思考の縁に踏み込むように言った。

「なら、保安本部を叩くか」

その声音は低く、しかし揺らぎがなかった。

また彼の眼は妙に澄んで見えた。

シュタインベルクは、しばらくその光を見つめていた。

まるで、自分の命運を他人の瞳の奥に探しているかのように。

「...だが——保安本部を叩くのは、君一人では不可能だ」

「分かってる」

陸坤は短く舌打ちをした。

「だが、あんたなら——保安本部のデータがどこにあるか、知ってるんじゃないのか?」

「知っている」

シュタインベルクは静かに言った。

「保安本部の地下二階、中央記録室だ。そこに、全ての研究データが保管されている」

「警備は?」

「厳重だ。常時50人以上の親衛隊員が警備している。さらに、中央記録室は複数の電子認証ゲートで保護されている」

陸坤は考え込んだ。

「…一人じゃ無理だな」

「その通りだ」

その時、室内の警報が鳴り響いた。

「侵入者発見!地下二階!全隊、至急応援を!」

「クソッ!」

陸坤は再び舌打ちをした。

シュタインベルクは立ち上がった。

「君は——逃げるんだ。このままでは——」

その瞬間、研究室のドアが静かに開いた。

そこに立っていたのは——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ