第3章:カニカマ語の攻防と、社長の秘策
工場内の空気は一瞬にして凍りついた。練り物帝国のスパイ、テカテカ額の男とソーセージ腕の男が、私と社長にじりじりと距離を詰めてくる。彼らの目が、私の手の中にあるカニカマ、そしてその奥に隠された設計図を捉えているのが分かった。
「カニカマリア様、ご帰還いただきます。抵抗は無意味ですよ」
テカテカ額の男が、感情の薄い声で淡々と言い放った。彼の言葉は、なぜか私の脳裏に直接響いてくるようだった。これは、彼らの宇宙語を、私のカニカマ星人の能力が自動的に日本語に翻訳しているのだ。
私は社長の背中に隠れながら、彼らの宇宙語を注意深く聞き取った。彼らは、どうやら私を「カニカマ姫」として、故郷の星、いや、練り物帝国の拠点へと連れ戻そうとしているようだ。そして、その目的は「カニカマ号の設計図」――つまり、彼らが「究極の練り物兵器」と呼ぶものを手に入れることにある。
「お、おい、何を言ってるんだお前ら!カニカマリアちゃんはうちの従業員だぞ!とっとと出て行け!」
社長が震える声で叫んだ。彼は、私の秘密を知っていても、あくまで私を「練り物工房・海鮮の匠」の従業員として守ろうとしている。その姿に、私の心に温かいものが込み上げた。
「愚かな地球人め。我々の崇高な計画を邪魔するつもりか?」
ソーセージ腕の男が、細長い腕をゆっくりと私の方へ伸ばしてきた。その指先には、まるで魚肉ソーセージを加工するような、奇妙な光を放つ装置が取り付けられている。あれはきっと、カニカマ星人の捕獲装置に違いない。
その時だった。私の感情が爆発し、抑制していた「カニカマ語」が、とうとう口から飛び出した。
「カニカマカマッ! カニカマカマカマカマカマッ!!」
私のカニカマ語は、まるで怒りに震えるスケトウダラのようだった。その言葉は、私にとっての「断固拒否!」であり、「お前たちに渡すものなどない!」という強い意志の表明だ。しかし、地球人にはただの奇妙な叫びにしか聞こえない。
だが、なぜか、練り物帝国のスパイたちは、私のカニカマ語を聞いた途端、一瞬動きを止めた。テカテカ額の男は首を傾げ、ソーセージ腕の男は通信機器を構えたまま固まっている。
「な、なんだ?この音は…?我々の翻訳機がエラーを起こしているのか!?」
テカテカ額の男が焦ったように言った。どうやら彼らの翻訳機は、私の感情が乗った「カニカマ語」をうまく解析できないらしい。それが彼らの盲点だったのだ。
「カニカマリアちゃん、今だ!この隙に、奥の冷凍庫へ!」
社長が私を押し、その場を離れるように促した。彼の声は、私の心に響いた。私は彼の言葉に従い、工場の奥にある巨大な冷凍庫へと走った。
冷凍庫は、キンと冷えた空気が満ちており、無数の練り製品が整然と並べられている。その中でも一際存在感を放っているのは、工場で最も大切にされている「極上ちくわ」の巨大な箱だ。
「社長、何をするおつもりですの!?」
私が尋ねると、社長はニヤリと笑った。彼の琥珀色の瞳は、いたずらっ子のように輝いている。
「フフフ、カニカマリアちゃん。俺には、お前を助ける秘策がある。この工場は、練り物帝国のスパイがそう簡単に手出しできる場所じゃないってことを、奴らに教えてやるのさ!」
社長はそう言い放つと、冷凍庫の隅に隠されていた古びたレバーを力強く引いた。途端に、冷凍庫の壁面がガタガタと音を立てて動き始め、中から巨大な「練り物製造ラインの緊急停止ボタン」が現れた。
そのボタンは、まるで巨大なカニカマの断面のように、赤と白の縞模様に輝いていた。社長は迷わず、そのボタンを力いっぱい叩き込んだ。
その瞬間、工場全体が轟音と共に震え上がり、全ての機械が停止した。そして、工場の奥から、異様なほど大きな音を立てて、何かが稼働し始めたのだ。それは、社長の練り物に対する情熱が凝縮された、とっておきの「練り物防衛システム」だった。