長男は大人になる②
たった半月ほどの王都滞在。そのあいだに、頭んなかだけじゃ整理しきれんほど多くの出来事があった。
それらを今後の報告諸々の練習がてら、書面にまとめるようイエーロに言いつけた。
いまもテーブルに向かい、うんうん唸りながらもカリカリ記してってる。
そこへベリルは寄ってって、覗き込む。
となると次は、
「——ええっ‼︎ なんで同じことを二回も書かないとダメなんだよ〜っ」
思ったとおりイエーロの嘆き声が。
おおかた『あっちいけ』『うるさい』そういうのをスッ飛ばしちまうくらいのムチャを言われたんだろう。
実際んとこベリルが邪魔してるわけじゃないのはわかってるから、俺も黙っとく。
「だってこれ紙だし。スマホみたく日別とか項目別とかに並べかえるならいーけどさー、ムリじゃーん」
が、いちおう聞き耳だけは立ててる。
つうかアイツの声はムダに響く。
「詳しく書くのは一回だけでいーけど『いついつこんなことありましたー』ってのを並べられても、すぐやらなきゃいけないこととか、終わったこととか、あとでもいーこととか、わかりにくいし」
なるほどな。事柄ごと詳しく記したモンを用意して、表題を時系列ごと進捗ごとに分けて書くってぇことか。
たしかに読む方はわかりやすい。時間が経ってから見るなら、なおさらだ。
もう慣れちまったけど、どう考えても見た目三歳の五歳児が話す内容じゃあねぇな。いまさらか。
「兄ちゃーん。ここ、また書き方変わってるし」
「べつに意味がわかればいいだろ」
「いやいや、書いた人と読む人で感じかた違うじゃーん。こーゆーの表記揺れってゆーから。めちゃ読みづらいし。そーゆーのが積み重なってくと、違うふーに読まれちゃうんだかんねっ。つーわけでー、はーい、やり直しー」
「……わかったよ。ちょっとあっち行ってて。オレ、集中したいから」
「そーお。んじゃ兄ちゃんガンバってねー」
「あっ、そうそうベリル。荷運びのこといろいろ考えてくれて、ありがとう」
「いーっていーってー。運送屋さんとか、あーしもめちゃいいアイディアだと思ったし。つーか『え? 兄ちゃんなんかヘンなもんでも食べたん?』『拾い食いとかマジ引くんだけど』なーんて思っちゃったくらいだもーん」
言いたい放題言ったら、ベリルはたったかイエーロの側から離れた。
んで、次に構いにいくのは……こっちか。
「父ちゃん父ちゃん。あーし丸っこい飴たべたーい」
ったく。素直じゃねぇな。
「甘いモンは頭が冴える、だったか」
「はあ? なに言ってんのマジ意味わかんねーい。そーゆーんじゃないもんっ。あーしはただ、丸っこい飴がお気に入りなだけだしー」
「おうおう。わぁってるわぁってる。父ちゃんはちゃぁんとわかってんぞ」
「ぜんぜんちっともわかってなーい!」
ギャンギャン文句垂れるベリルを連れて、俺は差し入れの丸っこい飴を買いに出かけた。
◇
さて、これから家族会議。
この会議をそう呼んだのがベリルだからかもしれんけど、なんか命名に違和感あるな。
「まずは王都にきた目的から」
と、イエーロが進行してく。
話す内容を記した覚え書きを手にして。
今回のこれは、イエーロが物事を把握して説明できるかの試験だ。俺とヒスイはなるべく口を出さんことにしてる。
もちろんベリルの軽口も放置。よっぽどひどければ止めるが、まずそうはならんだろう。
「ということで、ほとんど目的は達せました」
いつもどおりヒスイはニコニコ聞いてるだけ。
ベリルは偉っそうに腕を組んで「うむうむ」「ほほーう」「にやり」などと大仰な相槌を入れてる。
「つづいて、王都での成果をまとめます。細かいところは別の紙にあるから、ここでは事柄だけを」
すらすらとイエーロは読みあげていく。
こっそり練習してたのかもな。
手元の紙には——
・レア素材の装飾品をお供え物にした。三つ合わせて金貨三〇枚の評価。
・魔導ギアの売価が決まる。数打ちは大銀貨二枚から五枚。特注品は金貨五枚から。
・装飾品の売価が決まる。二つで銀貨一枚。
・タリターナ・デ・タイタニオ侯爵様とポルタシオ・アルマース将軍閣下に装飾品を贈る。また同時に十個販売。
・ダークエルフのコミューンへ挨拶。
・魔導ギアの試作品をお供え物にした。鎧と斧槍を合わせて金貨八枚の評価。
・魔導穴あき包丁と魔導薄々まな板をお供え物にして、合わせて金貨八枚の評価。
・タリターナ・デ・タイタニオ侯爵様に魔導ギアを贈る。また装飾品を四個販売。
・ポルタシオ・デ・アルマース将軍閣下に魔導ギアを贈る。
・国王陛下へ魔導ギア『玄武』を献上。
・褒美として『カブキ御免状』を賜る。
・褒美として『トルトゥーガ特別税制』を認められる。
・褒美として、王妃殿下と王女殿下それぞれの『特別意匠の装飾品作りと販売』が許される。
・追加の褒美として『トルトゥーガ竜騎士団』の名乗りを認められる。
・仕立て職人のサストロを領地に招く。
・アンテナショップの店舗を金貨二〇枚で購入。資金はベリルの貸し付け。
・ダークエルフに売り子と護衛を依頼。
——と、てんこ盛り。
「えっと、抜けてることないかな? あったら言ってね」
ここに書かれてない成果もあるんだが、それを本人が知る必要はねぇ。測れるもんでもないし、まだまだイエーロには調子こいてもらっちゃあ困るからな。
「思いついたときでもいいから。では次は、」
そっから今後やらなきゃならないことや、まだ閃きの段階の話なんかがつづく……。
こりゃあ長くなりそうだ。
ここで、ちと気は早ぇが俺の結論を心中だけで述べておこう。
——来たときより仕事が増えちまった。
その元凶に目を向けると、もう偉ぶるのには飽きたらしく、お気に入りの丸っこい飴で頬っぺ膨らませるのに夢中な様子。
ちゃんと聞いとけよな。




