長男は大人になる①
サストロの店は金貨二〇枚で買えた。
この資金は、ベリルからトルトゥーガ領への貸し付けだ。まだ借金っつう響きに抵抗はあるが、利点については理解できたから渋々認めた。
店舗物件の相場には詳しくないが、かなり割安にしてくれたってのは、タイタニオ殿とサストロの様子を見てればわかる。
おまけに店の内装を手掛ける大工まで紹介してくれて、至れり尽くせりだ。
また折をみて、タイタニオ殿んところに礼に伺わねばな。
「うひひっ。お店をキャッシュでポーンとか、あーしマジでヤベーし。まだ五歳なのに、幼女なのに、スゴすぎじゃなーい?」
宿に戻ってからは、ベリルはずっと同じ話をしてきて「すごいすごい」言わされてる。
たしかにスゴイが、いい加減言うのも聞くのも飽きたぞ。
「ヒスイの方の首尾は?」
「予定どおりです」
俺らがタイタニオ殿に相談しに行ってたあいだ、ヒスイとイエーロにはダークエルフのコミューンへ行ってもらってた。
その目的はというと従業員の確保だ。つってもそれは表向きの理由で、ホントのところは曲者対策。
まだ誰を常駐させるかは決めてないが、まさか装飾品なんかも扱う店に、うちのゴツい連中を立たせとくわけにもいかん。
となると、多くは女手を頼ることになるだろう。
うちの女衆だってそこいらのゴンタより腕は立つだろうが、離れた土地で心配は尽きねぇ。
そこで、腕も確かで別嬪なダークエルフを売り子ってカタチで雇うことにしたんだ。発案したのはもちろんヒスイだ。
「どれほど繁盛するかわかりませんので、はじめのうちは売り子を二名。店外からの護衛監視に三名を考えています。なかなか人選に苦労させられました」
「よりどりみどりじゃねぇか」
べつにヘンな意味で言ったんじゃなく『腕の立つダークエルフなんてゴロゴロいるだろ』って意味だ。
そう不思議に思ってると、ヒスイはため息の溜めを作り、ゆっくり飲み込む。
「その件なのですが……。イエーロくん。自分の口から話しなさい」
「うん」
なんでイエーロの話になるんだ?
「——まさかオメェ」
「アンテナショップの話を聞いてからずっと考えてて。オレに、任せてくれないかな」
様子を見る限り、都会に住みてぇとかそういう浮ついた理由じゃなさそうだ。
「ほら、品物を手直しできる職人が必要だと思うんだ。発注なんかも作りに詳しい者がやるべきでしょ。オレ、お客さんとも話せるし。こないだ話したことぜんぶやろうと思ったら、これしかないかなって……。どうかな?」
うちの後継ぎであるイエーロは、どこまでいってもモノ作りが主になることはない。
だとするとアンテナショップの店主は、継ぐまでに限れば、うちの領の仕事とモノ作りの掛け持ちを経験できるわけで……。そう考えると悪くはないかもしれん。
「オメェの言い分はわかった」
だが、もっと突っ込んで聞くより先に確かめとかなきゃならんことがある。
「ヒスイ、この話をコミューンでしちまったのか?」
「ええ。二人きりのときにイエーロくんから相談されまして……。聞こえてしまったようで。まだ決定ではないと何度も伝えたんですが、あの娘たち、売り子の立ち位置を巡って競いはじめてしまったのです」
悪いが後半の方はどうでもいい。ご苦労様としか言えん。
しっかし場所考えて話せよな。迂闊すぎんぞ。ったく。
つってもまだイエーロにはダークエルフのヤバさは教えてないから、一概には責められんか。
うちの長男を慕ってヤル気になってくれるんなら、別の人選は上手くない。報酬も相場より安くさせてんだろうし。
逆に考えれば、イエーロを置いた場合の安全は保障されたようなもんだ。
とはいえコイツを目の届かないところに置くのは……なぁ。
「うっわー。めっちゃ面倒そーじゃーん」
放っとかれたベリルが首突っ込んできた。
つうか、テメェがアンテナショップの発起人なの忘れてんだろ。
ベリルの言い草はひでぇが、そのとおりだ。
王都に駐在する者は魔導ギアや装飾品などの販売と見積もりだけじゃなく、手ぇ広げるとしたら荷運びの受注まで、うちが関わる商談を一手に引き受けなきゃならん。
そのうえで、イエーロは店の机仕事や、空いた時間にモノ作りまでしようってぇ腹積りなんだろう。
傭兵の依頼はこっちに直接くるとしても、さすがに厳しいんじゃねぇか。俺でも音ぇあげる自信あんぞ。
「イエーロくんだけでは手に余ります。ですので、あの娘たちに手伝わせようかと」
「それもそうだが、イエーロ、オメェいつまでつづけるつもりだ。俺のあとを継ぐんなら、いつまでもはできねぇぞ」
「それはわかってるよ。ひと区切りつくまでって考えてる」
アンテナショップが落ち着くまでは王都で過ごす覚悟らしい。
イエーロももうガキじゃねぇんだから、しばらく親元離れて暮らすのは構わんが……。
今後うちの領地経営は、俺がやってきた頃よりも遥かに舵取りが難しくなる。だからいい勉強になるとも思う……けどよ。
つうかクロームァはどうするつもりだよ。連れてくつもりか?
まだまだ母ちゃん孝行しといてもいい歳じゃねぇか。そこんとこヒスイはどう考えてんだ?
「なぁヒスイ」
「あなた……、いけません」
意見聞くくれぇいいじゃねぇか。なにがダメだってんだ。
「つーか兄ちゃんいないとさー、おウチに味方いなくて父ちゃん寂しがっちゃうし」
なんつう物言いだ、ベリルのやつめ。オメェもヒスイも俺の敵ってか。ったく。
だがしかし、こんなちんまいのに図星つかれてちゃあ立つ瀬ねぇな。
「父ちゃん。オレ……」
「おうイエーロォ。ちょくちょく様子を見てはやれん。泣き言も聞かねぇ。それと手紙での報告は絶対だ。欠かすな。日毎だぞ。あとオメェが怠けたりバカやらかさんよう、いっちゃん厳しくしそうなヤツを目付けにつける。……構わんな?」
「うん! オレ、絶対やり遂げるよっ」
こうも言い切られちゃあ、もう受け入れる他ねぇか。
ったく。俺が誰を目付けに選ぶつもりなのか当のイエーロが勘づいとらん。こういうとこが心配なんだよなぁ。
当然ヒスイは、
「私が仕込んでおきますので」
誰かは口に出さんがわかってる様子。
で、ベリルはといえばニタニタと。
「ひひっ。父ちゃーん性格ワルぅーい。あんましイジワルばっかしてっと孫の顔みるの遅くなっちゃうかんねー」
「そこは喜んどけ。オメェがオバサンになんのを遅らせてやってんだからよ」
「むっかーっ。あーしまだ、ぴちぴちの五歳児なんだし。ぜーったいお姉ちゃんって呼ばせるもんっ」
さてさて、この企てが上手くいくかどうかはイエーロのガンバりってより、相手次第なんだよな。
「で、どうなんだヒスイ。うちの長男に勝算はありそうなのか?」
「うふふっ」
「ちょっと母ちゃん笑わないでよ。オレ、めちゃくちゃ繁盛させるつもりなんだからっ」
ここまで話を聞いてもピンときてないイエーロの察しの悪さに不安は尽きねぇが、姐さん女房を連れてくんなら多少は安心できる。
その兄貴まで付けとけば、至らんぶんは励んでなんとかすんだろ。
「てか、これでフラれたらめちゃウケるし」
「——え! いまのってクロームァの話⁉︎」
ようやくかよ。
「ふひひっ。都会暮らしってエサでクロームァちゃん釣れたらいーねー」
「オレ、そういう下心あってじゃないからなっ」
「俺ぁわぁってるから、ベリルの軽口なんか気にすんな」
ま、フラれたらフラれたで仕事に打ち込むようになるだろうし、傷心のイエーロをダークエルフの誰かがペロッといくことになんだろ。
どっちにしろ歳上を娶って万事解決さ。
さぁて、どうなることやら。
「おうベリル。邪魔だけはしてやるな」
「しねーし。つーかあーしおウチ帰ったら、服とかアクセとか秘密基地とか、めっちゃ忙しーも〜ん」
「…………おい、最後のなんだよ」
「いっけね。ま〜だ内緒っ。くひっ。設計図描いたら教えてあげるし。楽しみしといてー」
あぁあぁ〜コイツ、イエーロの王都住まいなんかよりよっぽど面倒なこと考えてやがんだろ。
報告するだけ以前よりマシなんだけどよ。
しっかし、さっきベリルが言ったとおり、我が家から問題幼児を止める常識人が減るのは、かなり痛ぇな。




