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問題幼児はお店がほしい③


「これはこれは。タリターナ様。それにトルトゥーガ様まで……」


 用件に心当たりがないからか、仕立て屋の店主は困った顔を隠しきれてない。


「サストロさーん。こないだはどーもー。めちゃカッコイイ服に仕上がってたし」

「さようですか。ベリル様のお役に立てたのならなによりです」


 つうか仕立て屋の店主はサストロっつう名前なんだな。

 で、そのサストロ。ニコニコヅラを貼りつけてはいるが、いまにも笑顔が剥がれ落ちまいそうだ。


 それを見て思うところがあったのか、ベリルは非難がましい声をあげる。


「タイタニオどの! ここめちゃくちゃ優良物件かもだけど、地上げとかマジよくないしっ。あんま流行ってなさそーな店でもさ、サストロさんにとったら大事なお店なんだかんねっ」


 途中にかなり失礼な言い草があったが、概ねコイツの言ってることは間違ってねぇ。そういうことなら俺も承服できんぞ。


「——まてまて待つのだ。なにを勘違いしておる。私がそんなにも悪どい人間に見えるのか」

「あれ、違ったの?」

「………。いまのがどちらの意味の問いかは確かめないでおく。しかしな、ベリル嬢は早とちりをしておるぞ。この仕立て屋は、売り手が見つかり次第店を畳むつもりでおったのだ」

「そーだったのかー。あーしってばマジで失礼なこと言ってんじゃーん。タイタニオどの、ごめんなさーい」

「うむ。事前に説明しておけばよかったな。その手間を省いた私にも原因があるとしておこう」


 俺はなんも言ってねぇけど、なんだかスゲェ申し訳ない気分でベリルの無礼を叱れねぇ。


 シュンとする俺らを見てみぬフリして、タイタニオ殿は話をつづける。


「サストロはな、昔は一部の貴族しか相手にせん王都でも指折りの職人だったのだぞ」

「恐縮です」


 ほお。否定はしねぇんだな。


「だが早くに妻を亡くし子もなく、弟子たちが独り立ちしたあとは、仕立て直しを主にして多くの王都の民が袖を通せる服を作るようになったのだ」

「そっかそっかー。だからあーしに紹介してくれたんだねー。さっすがタイタニオどの、わかってるぅぅー」


 タイタニオ殿は、ベリルの軽口にニヤリと口の端だけで笑い「であろう」と返す。


「して、サストロ。ベリル嬢の依頼、さぞやり甲斐のある仕事であったのではないか?」

「それはもう。もう少し私が若ければ、斬新な意匠にのめり込んでいたことでしょう」


 タイタニオ殿は、高級店では門前払いされそうなベリルの意匠を受けいれ、尚且つ腕の確かな職人を紹介してくれたってことか。

 ずいぶん気ぃ使わせちまったんだな。頭が下がるぜ。


「ねーねー父ちゃん」

「なんだ?」

「サストロさん、うちに来てもらっちゃダメー?」


 は? なに言ってんだ、コイツ。


「店を畳んだあとは我が領に招くつもりだったのだがな。ベリル嬢、サストロの腕が欲しいのか?」

「うん! だってまだ、あーしの作ってもらってないもーん。サストロさんに可愛い服いっぱい作ってほしーし」

「だ、そうだが」


 なんで俺を置き去りにして服職人の引き抜きの話してんの?


「父ちゃん!」

「んだよ」


 おうおう、おっかねぇツラ向けやがって。本気で俺を説得しようってか。


「いまって、おウチおウチのママが服作ってんでしょ。小っちゃくなったら交換し合ったり、ツギハギあてたりしてっ」

「まぁな」

「ならならっ、サストロさん来たらそーゆーのぜーんぶイイ感じにしてくれちゃうし。それってめっちゃイイお金の使い方じゃない? そのぶん手ぇ空いたママたちはアクセ作ったりサンダル作ったりできんじゃーん。ほーらイイこと尽くめっ。ねっねっどーお、どーかなっ?」


 ったく。必死こいて話す相手を間違えてんぞ。


「俺より先に、サストロの希望を聞くべきなんじゃねぇのか。オメェの妙ちくりんな意匠をカタチにするためにコキ使うけど、構わねぇかってよ」

「もー! そーゆー言い方したら来てくんなくなっちゃうじゃーん。つーかコキ使ったりしねーし」


 ベリルはクルッと向き直り、


「サストロさん。あーしんち、めちゃ田舎であんまキレイなおウチとかないし、お風呂も台所も共同だし、お給料もいっぱい払えないかもだけど、どーかな? あっ、でもめっちゃ可愛いボタンはあるし。飾りなんかも! それと……えっと……ねー、父ちゃんあとなんかなーい?」


 誠意を込めた説得をはじめたと思ったら、こっちに話を投げてきやがった。

 ベリルのやつ、一番の売りどころを伝え忘れやがって。


「たぶんだが、このチンチクリンの頭んなかには、まだこの国にない意匠が山ほど詰まってる。そいつをアンタの腕でカタチにしちゃあくれないか?」

「——ちょっと父ちゃん! 違くってー、ちゃんと労働条件ってのとか福利厚生とかそーゆーの話さないとだしっ」


 オメェは気づいてねぇかもしれんがな、たぶん、このサストロって爺さんは大人しそうに見えて仕事に関しちゃあ相当の頑固者だぞ。

 そんなヤツがカネや待遇なんかで靡いたりしねぇよ。


「フッフッフッ。殺し文句であるな」

「ええ。本当に」


 ほれみろ。


「では」

「これからお世話になります」

「——え、うそ、来てくれんの⁇ うちってばマジ貧乏でヤバいけど、ホントにヘーキ? いや、これから稼ぎまくりなんだけどさー」


 オメェは来てほしいのか来てほしくないのかどっちなんだよ。ったく。


「ベリル様が描くどんな意匠も、私が服にしてみせましょう」

「うおーう! めっちゃ楽しみー! したらさっそく生地買いに行かなくっちゃ〜っ」

「——おい待て。店の話が先だろ」

「でひひっ、そーだったそーだった」


 なんつう経緯があって、サストロはうちの領地へ引っ越してもらい、仕立て屋の店舗は買い取ることになった。

 もちろんトルトゥーガのアンテナショップを開くために。


 とはいっても居抜きですぐに使えるわけはなく、改装って話になる。

 となると当然——


「あーしの出番だし!」


 次は大工を困らせることになりそうだ。

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