問題幼児はお店がほしい①
ベリルのせいで魔導ギアの存在感はちぃとばかし薄くなっちまったけど、なんとか茶会をやり過ごし、献上もやり遂げた。
日が暮れるまでベリルたちの装飾品談義はつづいて、俺ぁもうグッタリだ。なに話してたかなんて覚えちゃいねぇ。
待たせてたイエーロが暇こいてないかと心配だったが、どうやら近衛たちと先の戦争の話題で盛りあがってたようだ。
「父ちゃん、遅かったね」
「まぁな。オメェはいろいろ話ぃさせてもらってたみてぇだな」
「うん! 近衛の方が声かけてくれたから」
「そうか」
近くにいた近衛に「気ぃ使ってもらって悪かったな」と伝える。
「いえ。トルトゥーガの強者たちが日々積まれている調練の話は、大変聞き応えがありました」
まさか俺らがベリルに扱き倒されたのを話しちまったのかとイエーロを見たら、軽く首を振ってる。この様子なら余計なことは言ってねぇだろう。
「また機会があったら構ってやってくれ」
そう礼を告げて、俺らは王宮をあとにした。
◇
宿に戻ると、すぐさまベリルはペタンとソファーに寝っ転がり、
「ふぁあ〜……。さすがに疲れたしぃ……」
などと戯言をほざく。
こっちのセリフだ。ヤンチャ娘め。
「あらあらベリルちゃん。そのまま寝てしまっては、せっかくの可愛い服がシワになってしまうわよ」
「ママー。脱がせてー」
「うふふっ。甘えん坊さんね」
気持ちはわかる。俺だってこのままなんも考えずに横になりてぇ。
しかし、ヒスイもイエーロも今日の茶会について聞きたがってる様子。
まだまだ休めねぇらしい。
「もう出かけてメシを食う気力もねぇ。イエーロ、すまんがひとっ走りメシ買ってきてくれねぇか」
「お食事なら用意してありますよ」
「おおーう。さっすがママ! こんなこともあろーかとってやつーっ」
「そうよ。こんなこともあろうかと買ってきてあります。けれどゴハンは温かい方がいいわよね?」
「あーし、チンするし」
のそのそ起き上がったベリルは、屋台メシを木箱んなかに入れていく。んで、蓋を閉めたら、
「〝ポチィ〟」
と、いつもの家電魔法。
「もーちょいしたら熱々になるから、並べるのママお願ーい」
「ええ。ベリルちゃんありがとう」
「いーっていーって、こんくらーい」
ったく。ヒスイのやつ、どんだけベリルの魔法が見たいんだか。疲れたって言ってたのによ。
しかし本人は魔法を使ったあと甘やかされて満更でもない感じだし、構わんか。
チーン。
と、どこからともなくガラスの器を匙で打ったような音がした。
そのあとヒスイがテーブルに並べてく。
で、湯気がたつメシを前にすると——
グゥヴゥゥゥゥゥゥゥ。
そういや、出された茶にも手ぇつけずで朝からなんも食ってなかったな。腹の減り具合がとんでもねぇや。
「ひひっ。父ちゃんお腹の音デカすぎー」
「オメェはどうなんだ?」
「あーしも腹ペコー」
ここで真っ先に乗ってきそうなイエーロがなにも言ってこない。
「オレ、王宮の待合室でいろいろ出してもらったから」
「なにそれー。あーし、トルトゥーガの命運をかけて必死こいてたのにさー」
必死こいてただぁあ? 弄んでたって印象なのは俺だけか? それにオメェは、テメェの家みてぇにバクバク菓子食ってただろうが。
真に受けちまったイエーロは「そっか」と呟く。
そんな申し訳なさそうにする必要ねぇのに。
「オレだけごめんな」
「まーいーけどー。あーあー。あーしいっぱい難しーお話してー、たっくさんデザイン書いてー、めっちゃ疲れちったなー」
ベリルは「あーん」と甘やかしを強要。
「赤ん坊じゃないんだから」
「あぁ〜んっ」
「しょうがないヤツだな」
ワガママ娘の口許に、イエーロは甲斐甲斐しくメシを運ぶ。ったく、いい身分だな。
「んん〜んっ。デリシャース。やっぱし、ひと仕事終えたあとのゴハンは格別だぜーい」
「ママにも、ベリルちゃんがどんなお仕事してきたのか聞かせてちょうだい」
「オッケーイ! んとねぇー……」
と、好き勝手に今日の出来事を話していく。
少々修正したいところはあったが『おおよそ合ってる』で済ませられる範囲だ。
だが、聞き流せない内容があった。それは三つの望みの順番について。
「俺ぁてっきり思いついた順に話してると思ってたが」
「違うに決まってんじゃーん。つーか『ニヤ、計画通り』だし。ちゃーんと一番のお願いは目立たないよーにしただかんねっ」
「目立たないってことは……、二つめに言った税についてか?」
「そーそー。これで経費使いほーだーいっ」
いまは考えごとしたくねぇのに、またロクでもねぇこと言い出しやがって。
「オレにもわかるように話してよ」
「よーし、兄ちゃんにも教えてしんぜよーう。えっとね、例えば金貨一〇〇枚の売り上げがあるとすんじゃーん」
「うん」
「普通ならそっから国に納める税を計算する。税率は年度や種別にもよるが、だいたい二割だ」
ベリルに喋らせたままにしとくと長くなりそうだから、わかってる部分には口を挟んだ。
普通は領主が四割から五割を税に集めて、内の半分を王国へ納める。
一方トルトゥーガの場合は、うちが領民の生活費なんかをまとめてるから、ザックリ二割って計算で問題ねぇはず。
「いまあーしが説明してんのにー、父ちゃん先に言わないでっ。まったくもー。んじゃ、ここで兄ちゃんにもんだーい。そのまんまの売り上げで税金を計算したら、いくらかわかる?」
言わんこっちゃない。さっそく脇道それたぞ。
「えっと……、金貨二〇枚かな」
「せーかーい。花丸あげちゃーう」
「やったぜ!」
イエーロのやつ、いまのはベリルにおちょくられてたって気づいてねぇだろ。まぁ知らねぇでいいか。
「でねー、大事なのはこっからだし。工場建てんのに金貨三〇枚と道具買うのに金貨一〇枚かかったとしてー、その経費が認められたら税金はいくらでしょ〜か?」
即答とはいかなかったが、イエーロは金貨十二枚と答えられた。
「つまりベリルは、なんでもかんでも経費ってぶっこいて、税金逃れするつもりなのか」
「父ちゃん言い方ぁ。節税って言ってーっ。作ってくれる人にお給料あげたり——あっ、もちろんあーしとママにもねっ。あとタイタニオどのに会うときのお土産代とかー、今回の服代とかもそーだし」
「どこまで通るかは知らんけどよ、バンバン使ってったら手元にカネが残らねぇだろうが。そしたら生活困るぞ」
俺は当たり前のことを指摘したつもりなのに、ベリルのやつは偉っそうに「ちっちっちっ」と人差し指を立てた小っこい手を振った。
「父ちゃんもママもあーしも、みーんなお給料もらう感じにしちゃえばいーし」
なるほど。なんとなくは理解できた。
たぶん、トルトゥーガ領の財布があると仮定した、それと俺ら個人の財布を分けろってことだろう。
そこに兄貴も入れといてやれとは思うが、いまは置いとく。
聞いた限りだとまずまず現実味のある話だ。
要は、税を払う方の財布を空っぽにしとくって悪巧みか。
んで『カブキ御免状』やら『両殿下の装飾品の許し』やらは、その目眩しだったっつうことらしい。
恐れ入るぜ、ったく。悪知恵ばっか働かせやがってからに。
いいや、実際に俺を含めたうちの連中も働かされてんのか。そう考えると肩に残る疲れがどっと増しちまいそうだ。やめやめ。
「なんにせよ、まずはあれこれ増やした品物を扱ってくれる問屋を見つけねぇとな」
そうしないと給料云々の話にもなりゃあしねぇ。
だが、ベリルはまったく違う展望を持ってるらしく、わざわざ椅子から降りて俺の膝の上によじよじとよじ登ると——
デデーンと踏ん反りかえって曰う。
「アンテナショップ作ればいーし!」
と。




