献上品と、そのご褒美⑥
「ではベリルよ、三つめの望みを申せ」
いまんとこ貰ったのは紙ばっかりだな。
内容はどっちもとんでもない。けどよ、あんまし褒美って感じがしねぇんだよな。これって俺が即物的すぎんのか?
「もしかしたらこれが一番ハードル高いかもー。つーか王様にってより、お妃さまとお姫さまへのお願いごとになっちゃうけど、いーい?」
「構わん。申すがよい」
「んじゃ遠慮なくー」
遠慮なんてしたことねぇだろ、オメェは。
「あーし、お妃さまモデルとお姫さまモデルのアクセを作りたーい」
これには、この場の男全員が首を傾げる。もちろん俺も。
しかし王妃様と王女様は違った。モデルとは特別な意匠という意味です、と補足した途端——
「へ、陛下陛下っ。此方に異はありませんよ!」
「父上ちちう——あっ、陛下。わたくしもベリル様の望みを叶えて差しあげたく存じますわ!」
女房と娘の食いつきっぷりに、さすがの陛下もタジタジで「まてまて待つのだ」と諌める。
「ベリルよ。いまの望みは、其方にとってどのような利点があるのだ?」
「まずー、いっぱい自慢できんでしょー。あとお妃さまめちゃ美人でー、お姫さまマジ可愛すぎでー、あーしの創作意欲がちょーヤバい!」
うん。ヤバいな。ここにいる誰しも、コイツがなに言ってるかサッパリって顔してて、ヤバい。
だが興奮の頂点を超えちまったベリルの口は、止まる気配がない。声がひっくり返っても舌がもつれても、目ん玉にギラギラ星を浮かべて捲し立てる。
「マジでヤバヤバのヤバなんだってー。はじめに、レア素材で作ったお妃さまモデルとお姫さまモデルをお披露目してもらうじゃーん。したら女の子たちみんな『めちゃカワユーイ、ヤバッ、欲しすぎるぅぅ〜っ』て、バズるし。そのあと普通の素材でおんなじデザインのアクセ作ったらぁ〜、くひっ、売れすぎてヤッバーい。みたいなヤバヤバな感じ〜っ」
ヤバいのはよぉくわかった。ここまでいっちまえば、もう未知の言語だ。
ここは俺が出張らねぇと。
「横から失礼。通訳いたします。ベリルは『王妃殿下と王女殿下に自ら意匠した装飾品を身につける光栄に賜りたい』と。また『別の素材を用いて同じ意匠の品を販売したい』と申しています」
「ところどころ抜けてっけどー、だいたい父ちゃんが言ったので合ってるー」
うっせ。わざと省いたんだよ、粗忽者が。
「ふむ。右大臣はどう思う?」
そっちに振るか。こんなかで最も否定的な意見を出しそうだもんな。
さすがに褒美をやるって話を三つに増やされて、ぜんぶを叶えるってのは権威的にマズいのかもしれん。よく知らんが。
「端的に申して、不敬に当たるのではないかと。聞くところによると、トルトゥーガの装飾品は二つで銀貨一枚という話。となると貴族のみならず多くの民が王妃殿下や王女殿下と同じ意匠の装飾品を身につけることになります。やはり問題があるのではないでしょうか」
王妃様からかけられるスンゲェ圧にもめげずに、右大臣殿は言い切った。
それが仕事とはいえ、若いのに大変な役回りだな。
この進言を受けて、陛下は却下と告げようとした。
しかしそこへ「よろしいことではありませんか」と、ほとんど口を開かなかった宮廷魔道士筆頭ボロウン殿が割ってはいる。
「トルトゥーガ殿。意匠は同じであっても、素材は違うモノなのであろう?」
「はい。いくつも用意できるものではありません」
「であれば、両殿下を侮る者などおりますまい。むしろ対外的には『ミネラリア王家は民に愛されている』と映るのではないでしょうか?」
外交を担う右大臣殿に向けて、ボロウン殿は問いかけた。
「宮廷魔道士筆頭殿の仰りようはあり得る話ではあります。ですがそれは憶測にすぎません」
ピリッとした空気が流れる。
この二人、仲悪いのか?
でも、そんなものは気にもせず、ズケズケ喋る困ったヤツがひとり。もちろんベリルだ。
「つーか、そもそもお妃さまモデル欲しがる人ってさーあ『うはっお妃さまとお揃いヤバッ、めちゃアガるんだけどー』って人しかいないっしょー。お姫さまモデルもそーだし。大好きな人とか奥さんとかに『お姫さまくらい大事にするよ』ってメッセージ込めてプレゼントするわけじゃーん。ちょーイイ意味だとあーしは思うわけー。それってダメなーん?」
「つまりベリルは、王家を敬愛している者しか此方らと同型の装飾品を欲しない。そう申しているのですね?」
「お妃さまのゆーとーりー! てゆーか、まずあーしが欲しーもん。あとママにもプレゼントしたーい」
王妃様が話に乗った時点で、右大臣殿は『私は止めましたよ』という顔を陛下に向けた。
「認めてもよいが……」
対して陛下は困り顔をみせる。
「ん? あーし、めちゃ可愛いの考えちゃうつもりだけど」
「そうではない。ベリルは件の装飾品を献上するつもりなのであろう」
「そーゆーお願いだし」
「ならば、また別の褒美が必要になる。三つという話が四つになってしまうではないか」
「ひひっ。王様ってば、ぶっちゃけすぎー」
「——こらベリル! いくらなんでも言葉を選ばねぇかっ」
「トルトゥーガよ、よい。たしかに褒美に困る王の姿など見せた余が迂闊であった。本来なら別件として後日とするべきところだが、いま望みを申せるのなら聞いておこう。してベリルよ、まだ望みはあるか?」
という陛下のお言葉に、ベリルは宙に視線を向けてなにかを思い出すような仕草をみせた。それから事のついでみたいに「じゃー」と口を開く。
「父ちゃんたち『トルトゥーガ竜騎士団』って名乗ってもいーい?」
「トルトゥーガは騎士ではないはずだが……。将軍よ、どうなのだ?」
「はっ。多少のムリはありますが、トルトゥーガの者は亀の魔物に騎乗しますので騎士団を名乗っても不思議はないかと。自領の騎兵をそう呼ぶ者もおりますしの。もちろん正式な叙勲ではなく、傭兵団固有の名称としてであれば咎める理由はありますまい」
ということで、俺らは『トルトゥーガ竜騎士団』を名乗ることになっちまった。
竜騎士どころか騎士は一人もいねぇし、ハリボテの竜にハリボテの団名。まぁいいや。ハッタリは利く。
こいつもベリルからの贈り物だ。ありがたく受け取っておこう。うちの連中にはいい土産になる。
こうして魔道ギアの献上は上々の結果に。
結局、問題幼児は三つと言いつつ四つも褒美をもらいやがったとさ。めでたしめでたし。
——で、終わるはずもなく、
「右大臣さーん。紙とペンちょーだーい。さっそくお妃さまとお姫さまからヒアリングしちゃうし。ねーねー、どーゆー服と合わせたいとか教えてプリ〜ズッ」
陛下や重臣たちが『おっとまだ政務が』とそそくさ立ち去ってくなか、俺だけが、装飾品の話をつづける姦しい空間に取り残されちまった。




