献上品と、そのご褒美⑤
懐が深い……。
そういえば聞こえはいいが、やってることは妙ちくりんなガキが次にどんなムチャこくのかを楽しんでるようでもあった。
これに該当すんのは、陛下、王妃様、左大臣、あとは将軍閣下くれぇか。
若い右大臣は『なにコイツら遊んでるの?』ってぇ雰囲気で、王女様はマジメに理解しようとしているふうに見える。
宮廷魔道士筆頭殿は静観って感じだ。
「ワッハッハッ。最初から無理難題を言ったのか、はたまたこの先の布石なのか、ベリル嬢の発言には興味が尽きんのう」
「まったくですな。将軍殿から話を聞いたときは信じられませんでしたが、なかなかどうして」
「其方ら、面白がるでない。ベリルは心からの望みを申しておるのだぞ」
「陛下もですよっ。さあベリル、残り二つの望みを聞かせなさい」
もうお偉方は楽しんでるのを隠しもしない。
「つーか、先に質問してもいーい?」
「申してみよ」
「あーしら『魔導ギアぜんぶよこせー』ってされちゃうと、めっちゃ困るんだけどー。そーゆーつもりってあったりする?」
なんつう言い草っ。微塵も言葉を選んでねぇ。
その心配はわからんでもないが、ちったぁ言い方ってもんを考えろ。
「——こらベリルテメェ!」
「まぁまぁトルトゥーガ殿」
「陛下、褒美の話の途中に恐縮ではありますが、ベリル嬢の不安を取り払う時間を少々いただいてもよろしいでしょうか?」
左大臣殿がやんわり止めてくると、つづいて右大臣殿がお伺いをたてる。
「構わん。知恵を絞り領主領民一丸となって作りあげた品なのであろう。たしかに見事なものである。それを大事に想うベリルの気持ちは、余も理解しているつもりだ」
陛下の許しを得て、右大臣殿が「では」と丁寧に説明してくれた。
学のない俺でもすんなり理解できるほど、わかりやすく。
「なるほどー。よーするに、せっかくガンバったのを取っちゃったら、みんなガンバんなくなっちゃうってことかー。それだと国も衰えちゃうもんねー。うんうんガッテーン。そーゆーのあるかもーしんなーい」
「り、理解できたとは……。いえ、そのつもりで話しましたけど。いやはや、これは驚きです」
「そーお? 右大臣さんのお話、めっちゃわかりやすかったし。ねーっ、父ちゃん」
「右大臣殿、大変勉強になりました」
「ひひっ。まだ畏まっんのウケるし」
なーにヘラヘラしてやがる。テメェこそ畏れってんだ。
「いわゆるあれっしょー、たくさん売れるモノ作って経済まわしちゃえー、みたいな。したら税金がっぽし増えちゃうもんねー」
未だ、俺を除く一同はポカーンとしてる。
なんかツッコまれる前に、話を進めちまおう。
「ぃ、いやぁ為になる話を聞かせてもらったな。うんうん。つうことでベリル、ムダ口叩いてねぇで望みのつづきをお聞かせしろ。なっ」
「そーお。んんー……」
黙っててほしいときに限っていらんことを喋り倒すくせに、こういうときは勿体つけやがる。どうにかなんねぇのか、その悪癖。
「わかったってばー。父ちゃん睨んじゃヤッ。めちゃ顔怖ぇし。えっとー、次のはマジでムリっぽいし、ダメならダメっていってねー」
そう思うんなら端っから控えとけばいいもんを。
いや、いまは早く言ってほしいんだけどよ。でも聞いたら聞いたで『聞かなきゃよかった』って気分にさせられそうだぞ。こんちくしょう。
非公式とはいえ陛下の御前で勝手に進めちまうなんて本来あり得ねぇ話だが、誰も気にしねぇで聞く姿勢になってくれた。
「うちで作ったモノに、免税ってゆーの? そーゆーのお願いしまーす」
あれ? 案外まともだな。もちろん見た目三歳の五歳児が言ったセリフってのを差っ引いてだが。
これには内政を取り仕切る左大臣殿がすぐさま「陛下」と反応した。
「ふむ。初年度は特恵を与えてもよいと考えておったが、左大臣はどうだ?」
「そうですな……。ちとトルトゥーガ殿には耳の痛い話をさせてもらうが、必要なことだと理解してくれ」
と、左大臣殿は俺に断りを入れてズバズバ予想を述べていく。
「我々の元に届く情報を精査した限り、初年度の売り上げは高価な武具が主となれば、翌年からは安価な装飾品が主力となりましょう。結果として収益は年々下がっていく見込み。ですので、次年度以降の配慮をされた方がトルトゥーガ領も事業を存続させやすいかと愚考します」
さすがに評価額は耳にしてるようだが、数打ち——もとい量産品の生産量を見誤ってる。俺は心中でニンマリだ。
しかしベリルには別の意図があるらしい。一瞬だけ性悪な笑みを含み、それを打ち消すように「はいはいはーい!」と元気よく手をあげた。
「おや、ベリル嬢。なにかな?」
「税金は正しく収めなくちゃいけないから、ちゃーんと払うし。だからあーしがお願いしたいのは確定申告、的な? んんーと、必要経費みたいのを引いた純利益ってゆーやつ? それ。そっから税金を計算してほーしーのっ」
思わず首を捻っちまう。が、さすがは左大臣殿だ。いまので意図がわかったらしい。
「つまりベリル嬢は、税率を下げるのではなく、経費を引いた利益から算出した税を納めたいと。そう申しておるのかな?」
「そーそーそれっ。いまは小っこい倉庫で作ってるけどー、大っきな工場とか建てたらめっちゃお金かかっちゃうし」
「ならば陛下が仰った案でよいではないか」
「んんーと、来年も道具買ったり投資ってゆーの、そーゆーのすんの。うち貧乏だから一気にいっぱいあれこれ買えないし。だから最初の年だけ税金なしよりかー、十年くらい必要経費を認めてもらう方がいーかなーって」
どんなカラクリがあるんだ?
左大臣殿ですら不審には思っていないようだ。
正しくは、ちんまいガキが言ったセリフに驚いてるってのはあるんだろうが、内容に対しては疑ってない様子。
「面白い。なにかと物入りな開業時期やのちの事業の拡大を鑑み、その費用を差し引いて税を納める……か。産業の発展は我らとしても望むところである。左大臣よ。よいのではないか。長い目でみれば各地の税収増に繋がるやもしれん新しい考え方であろう」
「では試験的に。しばらくはトルトゥーガのみの特別な税制ということで」
あーあ、頷いちまった。
なにをやらかすつもりか知らんが、ベリルが損こくようなマネするわけがねぇ。
その証拠に口許がムフムフしてやがる。それさえなきゃあコイツは策士として優秀なんだがな。
ほれみろ、テメェがニヤけてっから、右大臣殿が『いまのはオマエの差し金か?』って疑った目ぇ向けてきやがったぞ。
「んじゃー、右大臣さーん。また一筆お願いしまーす。王様のハンコも忘れちゃヤだかんねーっ」
しぶしぶって様子で、右大臣殿は『トルトゥーガ特別税制』なる書類を認めてく。
大丈夫か? 何気にけっこう嫌われちまってねぇか。
陛下は印をつくと、こっちへしみじみとした表情を向けてきて、一言。
「トルトゥーガよ。大魔導の教育とは、こうも凄まじいものなのだな」
困ったときの大魔導、ってか。
ベリルが賢すぎるって思われたときは、たいていこの言い分で通す。もちろんヒスイ公認だ。
「娘の教育は妻に一任しておりますので」
「ひひっ」
いいから黙っとけ。




