献上品と、そのご褒美③
はじめに献上する魔導ギアの説明からって段取りを聞かされていたのに、さっきからずっと先の戦争の話がつづいてる。
ベリルは「へーへーほーほー」と聞いてんのか聞いてねぇのかわからん態度。普通に茶ぁ啜ってモグモグ焼き菓子食ってやがる。
で、王妃様と王女様は退屈でウズウズしてるようだ。もちろん両人共、微塵も態度には出してねぇが。
「ふむ。トルトゥーガの妙技か。余も間近で見てみたいものだ」
「いえ、陛下にお見せするほどのものでは……」
「そう謙遜するでない。先日の練兵場でも披露してくれたではないか」
話を魔導ギアの献上まで進めたくて遜ったってぇのに、将軍閣下はこないだの話をしちまった。
「あ、お相撲」
オマケに問題幼児も口を開く始末。もうちょい感嘆符だけでガマンしといてくれればいいもんを。
「おお、そうだそうだ。たしかあの競技はベリル嬢の考案であったの」
「ほう。ベリルはこんなに幼いのにか」
「…………」
陛下からの問いに、なんでかベリルは口を閉じたまんま。ジッとこっちを窺ってる。
なんだってんだ?
「どうしたんだ、ベリル。陛下にお答えしろ」
「いやいや父ちゃん。こーゆー場合ってさー『直答を許す』ってしてもらってからじゃね?」
いまさらかよ。さんざんぱら挨拶やらなんやらスッ飛ばしてペラペラ喋っておいて、どの口が言う。
この、見た目三歳児の言い草がツボだったのか、陛下は朗らかな笑い声をあげる。そして咳払いを一つ挟み、やや芝居がかった大仰な態度を示された。
「ではベリルよ、直答を許す」
「ははーっ」
スゲェ満足そうに頭を下げてんな。
もしかしてコイツ、陛下に『直答を許す』って言わせたかっただけじゃねぇの? あり得る。ベリルならやりかねん。
「お相撲は、あーしが考えたんじゃありませーん。昔は神事とかそーゆーのでー、力持ちたちがお相撲して神様に楽しんでもらうっておもてなし、みたいな感じでーす。たぶん。知らんけど」
というベリルの発言に、ずっと黙っていた王宮魔道士筆頭のボロウン殿が疑問を挟む。
「それは大魔導殿からの教えで? 東方の神事なのかね?」
「んんーと、大魔導ママと神官さんに教えてもらいましたー」
デタラメこきやがって。
しかも狡い。話の出どころを二つに割るってのが、なおタチ悪ぃ。どっちにも聞かないと確かめようがないし、嘘はないかと尋ねづれぇ相手だ。
どうせベリルは、そのあたりをわかってて吹いたんだろ。
とはいえ不審がらせるのは好ましくねぇのも確か。
ヒスイ曰く、ベリルは東方の伝承に残るような不思議ちゃんって話だからな。
ボロウン殿がいまの答えで納得してくれて助かったぜ。
そっからスモウの話は盛りあがり、近々、陛下は練兵場で観戦することになった。
もちろん、そんときには領地に帰ってる俺とは関係のない話だ。
「さて、そろそろ」
という陛下の一声で、テーブルの上にあった茶や菓子は片付けられていく。
なぁベリル、頼むからまだ食い足りないって顔なんかみせねぇでくれ——
って、おいコラ! 下げられちまうからって慌てていくつも頬張んなっ。リスみてぇに頬っぺ膨らまして俺のぶんまでモリモリ食ってんじゃねぇよ。ったく。
ややあって、預けていた献上した魔導ギアが運ばれてきた。
持ってきたときの木箱ではなく、立派な台の上に峰を背に載せられて。
「申し訳ありません。鞘については陛下に相応しいものをこちらで用意できなかったもので」
「構わん。しかし……、これは剣なのであろう。だというのになんという美しさ。まるで闇の結晶を磨きあげたようではないか」
陛下の前に置かれたのは、今日のために作った特別製。白い牙ではなく、黒い爪を刃の素材にしてるんだ。
「ワシが見た魔導ギアとは違うのう」
「石とも金属とも違う輝き……ですな」
「全面にこちらが映り込んでおるぞ」
「なんとも不思議な雰囲気が漂う武具ですな。魔法の武具に似ている」
見た目での掴みは上々か。
「サーベルに似ていますが、これは刀という斬撃に特化した東方の武器です。通常の魔導ギアですと刃の型に整形してから研ぐのですが、こちらは素材を薄く伸ばしたのち、幾重にも折りたたみ叩きあげた逸品でございます」
んなことしなくても亀の爪素材は充分に固いし鋭い。
でも特別感がほしくて悩んでたら、ベリルが「刀みたく折り曲げたらどーお」なんて言い出して作ってみた意欲品だ。
正しくは薄っぺらくした素材を筒状に丸めたあと叩いたんだが、どっちにしろ蒸したり叩いたり乾かしたりと、手間がかかりすぎる。
たぶんもう二度と作らんだろうから、献上品にするのにもってこいだ。
「では、とくと切れ味をご覧ください」
と、俺は取り出した絹地で刃を覆う。
「……む? 絹を乗せただけではないか」
「はい陛下。こちらの魔導ギアは魔力を帯びたときにそのチカラを発揮するのです。王家に献上する品なれば、王家の方のみの魔力を這わせるのがよいかと」
「余にやってみせよと、そう申しておるのか?」
「恐れながら」
「面白い。トルトゥーガよ、この柄に魔力を流せばよいのだな?」
「はい」
ずっと暇してた王妃様や王女様も、実演が絡むとなると興味が湧いたようだ。
皆が見守るなか、陛下は刀の柄に触れる。
そして刃が魔力を帯びた途端——
音もなく、絹地が真っ二つに。
「「「ほおぉおおおー……」」」
「まあすごい」
「トルトゥーガ様。これにはどのような仕掛けがごさいますの?」
「王女殿下、こちらには種も仕掛けもございません。ただただ陛下の魔力を帯びた刃が鋭くなったのみ。その鋭利さにより、絹地が自重を耐えきれなくなった結果にございます」
よしよし。楽しんでもらえたようでなによりだ。
陛下だけじゃなく、左大臣殿も右大臣殿も黒い刀に惚れ惚れしたような視線を送ってらっしゃる。
「こちらの品を陛下に献上したく存じます」
「トルトゥーガよ。大儀である」
これで王都にきた一番の用事を無事に済ますことができたわけだ。
ふぅ……。
と内心でひと心地ついたところへ、
「して、この魔導ギアの銘はなんと申すのだ?」
——抜き打ちの難問が!
か、考えてきてないぞ。
まさか『そんなもんそっちで勝手に決めてくれ』とは言えるはずもなく、俺は額に汗をいっぱい浮かべちまう。
ない、と答えても平気なのか?
こっそり将軍閣下の様子を見た限りでは、ダメっぽい。
参ったな。試作魔導ウェポン零八だと仮の型番になっちまうし……。
頭んなかはグルグルで、あれでもないこれでもないっつう思考へ陥っていく。
その隙をつき——
「そのコの名前は『玄武』っていいまーす」
と、ベリルが答えちまった。




