献上品と、そのご褒美②
とうとう、王宮についちまった。
最初の門をくぐると、俺らは馬車を降りる。
イエーロはここまでだ。
「悪ぃが、茶会が終わるまで待っててくれ」
「うん。父ちゃんこそ、ガンバってね」
なにをガンバレと言ってんのか、視線を追ったらわかる。イエーロの目は馬車から降ろした献上の品ではなく、俺の隣にいる問題幼児に向けられてた。
当の本人はまったく気にしてないようだが。
「帰ったら胃に優しいもんでも食いにいこうぜ」
「あはは……」
近衛から案内役が来ると聞いたんで待ってると、
「あ! 将軍さまじゃーん」
なんでかポルタシオ将軍閣下が迎えにやってきた。
おいおい。この国で五番目に偉い方だってのに、腰が軽すぎねぇか。
「今日の茶会ではワシが一番下っ端なのでの」
どうも俺は考えてたことが顔に出てたらしい。
「いまのを聞いただけで回れ右したくなりましたよ」
「そう言うでない。ほれ、ベリル嬢は肝が据わっておるではないか」
「女は度胸だし」
「怖いもの知らずなだけです。あんま図に乗らせんでやってください」
「ガッハッハッ。さようか。では参ろうかの」
「わっはっはっ。さよーだし。んじゃ参ろーう」
俺らが移動する気配をみせると、近衛たちはすぐさま献上品の確認をはじめる。
「中身を改めてもらうのは構わんが、魔力を流してみるのは遠慮してくれ」
「ハッ! 承知しました。トルトゥーガ子爵様」
「おおーう。やっぱし敬礼カッチョイ〜イ!」
品の改め方に注文つけたのは、使用済みより新品を渡したいからだ。
将軍閣下は察しがついてるようで何も言わず、したり顔で許可してくれた。
敷地内の門を二つ通りすぎ、王宮内へ。
グルグルとあちこち進んでってるんで、逸れたら迷子になっちまいそうだ。いまは二階にいるってのだけしかわからん。
「見事な馬車であったが、新調したのか?」
「いえ。盛大なイタズラ描きの後始末をしたら、ああなりました」
「ワッハッハッ。やはりトルトゥーガ殿のやることは毎度愉快だのう」
「わっはっはっ。あーし、めちゃ怒られちったし。ぜんぜん愉快じゃねーし」
「して、ベリル嬢。どんなイタズラ描きをしたのだ?」
「えっとねー、あーしと父ちゃんとママと兄ちゃんとー、ペットのスッポンのみんなで王都にいる絵ぇ」
ものは言いようだな。
バカ正直に答えなくて正解なんだけどよ。
「ほうほう。やはり幼い子の描く絵はそうなるのかの。可愛いものではないか」
「ですね」
俺の声に抑揚はなかった。
さらに歩いていくと、他とは違う立派な装飾が施された扉に差し掛かる。
「さて、この先に陛下がおわす」
「お姫さまはー?」
「もちろん王女殿下もおられるぞ」
「ほーほー。めっちゃ楽しみーっ」
「いいかベリル。将軍閣下はオメェが失礼やらかさないよう段取りを説明してくださるんだ。耳の穴かっ穿って、よっく聞いとけ」
「はーい」
将軍閣下は「うむ」と頷くと、茶会での振る舞いについて話してくだすった。
「つまりさーあ、お話を振られるまでお口にファスナーってことでいーんでしょ? 余裕じゃーん」
ちっとも余裕と思えんのは、ベリルの口調のせいだろうか。
「ワシからもクドいくらい念押ししてあるでの、少々の粗相は問題ない。まず献上品についてトルトゥーガ殿が説明をされ、以降は和やかに茶を楽しむだけである。そう気負うことはないぞ」
心配は尽きねぇが、まっ、滅多なことにはならんか。
さすがに陛下も、南方妖精種のコミューンと大鬼種の混血がゴロゴロいる土地をまとめて敵にまわさねぇだろうしな。
もしうちの娘がなんぞやらかしちまっても、詫びて済むところに収めてくれるさ。
つうか、そうでも思っとかんとこの扉をくぐれそうにねぇ。
「では参るぞ」
将軍閣下の声を聞いて、左右に控えていた近衛が、扉を開く。
俺らはさらに二つの部屋を経て、陛下の待つ部屋まで辿りついた。
そこは、どこを見ても目眩がするほどに贅を凝らした内装。だが、思ってたよりもずっと狭かった。
つっても十人くらいは余裕で過ごせる間取りはある。想像してた謁見の間みてぇな広さはないって意味だ。
どうやら、ホントにこじんまりとした茶会にしてくださるらしい。
いつまでも場に呑まれてるわけにもいかねぇ。
さっそく臣下の礼をとろうと、俺は陛下の前に跪いた。
そのときだ——
「きゃっっっはあ〜んっ! はわはわっ、お姫さまめっちゃキレ〜イっ。アダルティなクールビューチーさ〜ん!」
ってなセリフをベリルは曰いやがった。よりにもよって、王妃様に。
あれだけ話振られるまで喋べんなって教えたのに——んなことより挨拶まだだろ——いや些事だ——大問題は王妃様を王女様と間違えたこと!
このまま臣下の礼じゃなく罪人座りして詫びるべきか?
本気で開口一番、謝罪の言葉が喉元まで出かかる。しかし、
「おほほっ。お上手ですこと」
王妃様の気遣いで、なんとかギリギリ飲みこめた。
ふぅぅ……。助かったぜ。危うく献上品が詫びの品になるところだった。
「お上手……ん? あっ、もしかしてお妃さま? ごめんなさーい。えーでもでもでーもーっ、うっひゃマジ若っ。めっちゃキレーっ。つーか美人すぎるしっ。あーしが間違えちゃうのもしゃーなくな〜い!」
「ガッハッハッ。のうベリル嬢。舞い上がってしまう気持ちはわかるが、まずは挨拶からせねばの」
「そっか。お騒がせしちゃって、すいませーん」
ベリルはペコッと謝り、俺の横にきて床にペタンと座る。
小っこいコイツが片膝つくのはムリだからな。この態度は大目にみてくれんだろう。
にしても、さっそく将軍閣下に助け船を出されちまった。
ここにきて俺はまだ一言も喋っちゃいねぇってのに、早くも窮地だったぞ。ベリルのやつとんでもねぇな。
「トルトゥーガよ、よくきてくれた。本日は謁見ではないのだ。堅苦しい挨拶など不要である」
と、噂どおり人の善さそうな国王陛下が声をかけてくだすった。
まだ若い。純粋なヒト種で三〇すぎ。
しかし王の威厳はキッチリ備えてるお方だ。
「はっ。アセーロ・デ・トルトゥーガ、陛下よりお声がけをいただきまして参上いたしました。ここに控えますは、娘のベリルです」
「ベリルでーす。さっきはごめんなさーい」
だから喋べんなっつったろうが。ま、いいや。許容範囲としとこう。
「ささっ、トルトゥーガ殿。貴殿が跪いたままでは陛下も話しづらかろう」
「なんでも本日は貴重な品の献上を希望しておられるとか。私共も拝見するのを楽しみにしておりました」
先に声をかけてくれた老齢の方が、左大臣殿か。
で、つづいたのが右大臣殿だな。こっちは俺より少し若い。
深緑と黄緑の違いはあるけど、どちらも豪奢なローブを纏ってらっしゃる。
いまのは『ソファーに座れ』って意味で両大臣は言ってくれたんだろうが、まだ申し訳なさで腰は重い。
「こんなに幼い女の子を床に座らせたままだなんて、なりませんわ」
いま凛とした声をかけられたのは、王女様だ。
まだ少女。だが母親譲りの涼やかな美形でらっしゃる。
「王女殿下もこう仰っておられる。トルトゥーガ殿、遠慮はいらん」
「さあ、こちらに掛けてください」
っつう左大臣と右大臣の勧めを受けて、ようやく俺とベリルはソファーに腰を落ち着けた。
「ふあっ。めちゃフカフカだし」
だから黙ってろって。ったくベリルのやつ、一つもお利口さんしてねぇな。
とはいえ、この場で小突いたり叱りつけるんは……やっぱマズいよな。
こうして、心労が絶えねぇ茶会ははじまった。




