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夫婦の時間③


 念のため——いや、九割九分九厘やらかしてんだろうなと諦めて——馬車小屋へ様子を見に行くと、


「……………………」


 そこにはとんでもないブツがあった。


 いかんな。あんまりにもあんまりな光景に、叱りつける気力が萎えちまう。


「おい。なんで馬車が燃えてんだ?」

「いや、これ絵だし」


 んなもん見りゃわかる。


 馬車の側面には、ベリル渾身のイタズラ描き。

 メラメラ燃える街が空を朱に染めていて、大暴れするデカい亀がデカデカと。赤と黒がよく映えている絵だった。


「んっとー、巨大化したスッポンが火ぃ吐いて、街中めちゃくちゃにしてる絵だし。マジよく描けてるっしょー」

「……ああ、たいそうな力作だな」

「へっへーん」


 微塵も褒めてねぇよ。


「でだ。なんでうちの馬車にこんなモン描いちまったんだ?」

「だってボロッちかったんだもーん。ヘコんでるとこ埋めたりとか、兄ちゃんめちゃ大変そーだったし」

「と、父ちゃん。オレら、はじめはキレイにしてビックリさせようって話してたんだ。でも……」

「兄ちゃんがカッコいいのがイイってリクエストすっからさー、少年心くすぐる感じにしてみたし」

「オレ、楽しくなっちゃって、つい……」

「あらまあ。ママはもっと可愛らしい絵柄を期待していたのよ」

「そっかー。ママごめーん」


 はじめっからヒスイは察してたのか⁉︎ だとすると、あんなに『染め物』って強調してたのは、わざとだな。

 なんも言ってこねぇから放ったらかしにしてたのはマズかったぜ。


「イエーロ。オメェも止めろよな」

「ごめん。あんまりにもベリルの下書きがカッコよくって……」


 だからって色まで塗っちまうこたぁねぇだろが。

 ったく。ハマると見境なくなんのは、どっち譲りなのかねぇ。


 だーれも事の重大さを気にしちゃいない。

 

 明日は王宮に行かなきゃならん。しかもいまは夕刻すぎ……。どうすんだよ、これ。


 ヤベェな、頭が考えるの拒否してら。


「で、あのドクロの旗は?」

「海賊旗だしっ。ホントは黒地に白で描くんだけどー、色つかないから白地に黒で描いたの。ちっと迫力たんないなーって思ってー、赤いインクをポタポタ垂らしたら、めちゃヤベェ感じに仕上がっちった〜っ」


 だな。見たまんまヤベェ旗だよ。


「ちなみにどういう意味なんだ?」

「意味? どっちかってゆーとメッセージ的なー。んと『この旗を見たモンは皆殺しだぜい』みたいなっ」

「まあ怖い」


 なーんてヒスイはコロコロ笑ってる。


「…………ほう。王宮にこれを掲げて行けと? オメェは俺を国中の敵にしたててぇんか?」

「そっかー。言われてみると、これめちゃケンカ売ってんねー。裏っ側みたくなっちゃうかも」

「裏?」


 回り込んで見てみると、巨人が街——つうかこれモロ王都だろ、ぶっ壊れてるけど城も教会もあんぞ——で暴れてて、立ち向かう騎士や魔道士なんかが描かれてた。


「ちなみに、これあーしとママ。んで、こっちが兄ちゃん。将軍さまとかタイタニオどのもいるしー」

「…………」

「んで、このデカいのが父ちゃーん」


 俺を敵役にしてて、しかもベリルらは寝返ってんのか。


「オメェは俺に恨みでもあんのか?」

「んーんーべつにー。こんくらいでちょーどイイかなーって」


 子供が家族の絵を描くってぇ話はよく聞くが、これはさすがにねぇだろ。

 ハァ〜ア。まっ、ベリルだもんな。


 明日は王宮まで歩くか……。


 ————んなわけいくか!


 よっし。現実逃避はここまでだ。

 説教もなし。

 さっさと作業に取り掛からんと間に合わん!


「おうイエーロォ」

「は、はい父ちゃん!」


 よっくわかってんじゃねぇか。ちぃとばかし、いまの俺はピリついてんぞ。こめかみがビキビキしてしかたねぇ。


「塗料買った店まで走れ」

「もう、閉まってると思うけど……」

「んなもん扉叩いて必死こいて頼め。濃い色をしこたま買ってこい。いいな」

「——ぅわ、わかった!」


 カネを受け取ると、イエーロは全力で駆け出した。


「ヒスイ。ひとっ走り屋台で夜食を買ってきてくれ。戻ったら宿の者に、ちぃとばかし馬車の調子が悪ぃから遅くまで馬車小屋で直すって旨を伝えとくの忘れんな」

「ぇ、ええ。あなた」

「それが終わったら、ヒスイもこっちの手伝いだ。いいな」

「——はいっ。では、行ってきますね」


 ヒスイも、さすがに自由にさせすぎたと思ったらしい。珍しく走ってった。


「さ、さーて、あーしは部屋でテレビでも——」


 ベリルは逃げようとするが、そんなもん許すはずがない。


「テレビがなにかはいまは聞かねぇどく。んなこと考えてる余裕もねぇからよ。でだ、ベリル。いまの状況わかってるよな?」

「ちょ、ちょっと父ちゃん顔怖いってばー。んっとぉぉー……、明日は王様からお茶にお呼ばれしててー、馬車で行かなきゃでー、でもこれはちっと派手すぎ——」

「派手?」

「じゃなくってっ——調子こきすぎじゃーんってなる絵だし!」

「だな。わかってんならいい。俺が余ってる塗料ぬりつけてくから、片っ端から乾かしてけ」

「魔法で?」

「そうだ。髪を乾かすのあったろ」

「ええーっ。ずっとは疲れちゃ——ぅぅわないし! あーし、父ちゃんのためにめちゃガンバッちゃーう」

「おう。こいつぁテメェの尻拭いだ。気合い入れてやれ」

「らじゃ!」


 さっそく俺は残ってた塗料を、絵の上からガシガシ塗りつける。

 よく描けてるのは本当だから、勿体ねぇとは思う。だが、こんな危ねぇもんを残しとくわけにいかん。


 チッ。くっそ……。


「父ちゃん。あの……」

「ぁあ? 反省してんなら次からはもう少し考えてからモノを作れ。俺だってオメェらが描いたもん塗り潰すなんてケッたクソ悪いマネしたくねぇんだからよ」

「そっか……。マジごめん」

「もういい。跡が残らんようにベッタベタに塗っちまうぞ」

「うん! めっちゃ乾かすし」


 そっから俺はあくせく馬車を塗料で塗り潰し、ベリルは隣で温風の魔法で乾かしてった。


 息を切らして戻ってきたイエーロが買ってきたのは、濃紺の塗料だけ。同じ色がそれしかなかったんだとさ。この際どんな色でも構わん。


「父ちゃん、艶出しは塗る?」

「テリがあれば下の絵が透けづらくなるかもな。よし、ガンガン塗ったくれ!」

「うん!」


 俺らはぶっ掛けるくれぇの勢いで、何重にも塗料を重ねてった。


 で、しばらくすると……。


「はひぃ、はひぃ……」

「あなた。ベリルちゃんを休ませてあげても構いませんか?」

「バテんの早ぇな」


 何年も前に、ヒスイと変わらない魔力量って言ってなかったか? いまならもっと多いんだろ?


「この子の魔法はムダも多いので」

「そうか。ヒスイの判断に任せる」

「あ、あーし、まだ……。つーか磨くのやるし」

「ムリしちゃいけません」

「ヘーキヘーキっ。ちっと道具とってくんねー」


 たったか部屋に向かったかと思えば、なにやら円盤状のモノを持ってきた。

 あれはたしか、丸鋸とかに使ってる回転するやつか。


「これに荒い布を貼ってぇ……、こーするし!」


 スゲェ勢いで回る布。それを艶出しを塗ったところへ当てると、くすんだ色が——ピッカピカに。


「あらまあキレイ! 濃紺の色の深さが際立ってとても上品な色合いになっていますよ」

「艶が渋くてカッコいいかも!」

「ほれ、手ぇ止めんな。やるなら全体やらんとみっともねぇ。ヒスイ、ムラにならんように光の魔法、明るめに頼む」

「はい。あなた」

「うっおおおう、オレ塗るぜ!」

「うっおぉ〜う、あーし擦るぜーい!」


 なんでもかんでも楽しみやがってからに。ったくコイツらは。


 こうして俺らは遅くまでかけ、なんとか無事に馬車を塗り終えた。

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