夫婦の時間②
「さあアセーロさん。尾行をつづけましょう」
「あたしは周囲を浄化してきます」
「そう。あの道順ならば平気かと思うけれど、問題ありそうな者がいれば……」
「速やかに浄化します」
「よろしい。ではお願い」
「かしこまりました。では」
なんつう物騒な話をしてんだ、コイツらは。
「あんまり無体なことすんなよ」
「ええ。もちろんです。痕跡一つ残しません」
俺が言ったのは、そういう話じゃねぇんだが。
「あなた。あの子たちが動きます」
ヒスイが選ぶ物陰に潜みつつ、イエーロとベリルを追っかけていく。
「うふふっ。イエーロくんったら、ちゃんとお兄さんしていますね」
あちこち興味のままに進もうとするベリルを止めて、イエーロは根気強く説いているようだ。
しかし言い負かされたのか、店のなかへ力なく引っぱられていく。
しばらく入り口を見張ってると、二人が出てきた。
ベリルのリュックは膨れている。んで、当たり前の如く兄貴は荷物持ち。
「傍から見てると、ベリルの傍若無人っぷりはひでぇな」
いつもは俺がこんな目に遭わされてんのかと、イエーロの哀れっぷりに自分を重ねちまう。
「あら、そうですか? 私には、イエーロくんがベリルちゃんを気遣う優しいお兄さんに見えますけれど」
どうも論点が噛み合わん。
◇
俺とヒスイは、子供らが宿に戻るまで跡をつけまわした。
で、いまは最初に腰を落ち着けた茶店にいる。斥候してくれてたダークエルフも。
「店内でのあの子たちの様子はどうでしたか?」
「イエーロ様はお兄ちゃんしていて、すごく……可愛いかったぁ……ハァ〜♡」
……は? 真顔でなに言ってんだ、コイツ。
俺がポカンとしてると、ヒスイは「おほん」咳払いでやり直しを命じた。
「——し、失礼しました。お連れの妹君がどの品を選ぶか熟考されるあいだも、急かすことなく見守っておられました。ときには比較する点などを尋ね、考えを促すような振る舞いも見受けました」
それ、俺が知ってるイエーロと違うんだが。別の子でも見てたんじゃねぇの?
「なにより素晴らしいと感じたのは『どっちがいーい?』という妹君の質問に対して『両方とも。でもオレの好みはこっち』と即答されていたところです。優しさだけでなく、相手と向き合うさまは、遠目に見ていても胸がキュンキュンです」
……あ、コイツあれだ。イエーロを気に入ったっつう奇特なダークエルフの一人に違いねぇ。
だとしたら、うちの長男はよくもまぁこんなスンゲェ美人を拒めたもんだ。
しっかしよく仕込まれてんな。ベリルについては名前を聞いてんのに『妹君』でずっと通してる。知らなくていいことは知らんでいるっつう隠密らしい振る舞いだ。感心しちまったぜ。
「そう。あなたたちに任せて正解だったようね。では引き続き、イエーロくんの監視を」
「かしこまりました」
「そうそう、お礼は期待してちょうだい。先日耳にした宮廷魔道士の合成範囲魔法を教えてあげましょう。たぶん、あなたたちなら一人でも扱えると思うわ」
「いえ、あのぉ……できればイエーロ様と——」
「喜びなさい」
「——あ、ありがとうございます! ではっ」
ダーエルフは、またシュバッと消えるみてぇに去ってった。
ややあって、なぜかヒスイは憂い顔をみせる。
「どうした?」
「あら私ったら、ごめんなさい。ベリルちゃんの教育方針について考えていました」
行儀を優先しなきゃならんのを、ようやくヒスイもわかってくれたのかと思った。が、違った。
「魔法に関しては花丸ですけれど、それ以外の、特に気配の察知や体捌きがまだまだ足りないように思えまして」
「それって、さっきの隠密みてぇに仕込むってことか?」
「ええ。少しずつですけれど」
「勘弁してくれ」
心から不思議そうにヒスイは首を傾げた。
なんでわからねんだよ。ったく。
「あの問題幼児が気配なんて消してみろ、次の日には厄介ごとの山を築いてるに違いねぇ。ただでさえチョロチョロして目ぇ離せねぇんだ。近ごろは俺の虚をつくみてぇな動きも目立つしよ。これ以上ヤンチャになられちゃあ叶わん」
「うふふっ。アセーロさんの不意を突けるだなんて、ベリルちゃんはやはり天才なのですね」
俺だって、ヒスイの心配事がわからんわけじゃねぇんだ。コイツは別として、俺はいつまでも守ってやれるわけでもねぇしな。
だから自分の身を守るスベを仕込んでおきたいってのは理解できる。しかしだ。
「まだガキだろ。ちゃんとガキ扱いしてやれ」
「……かもしれませんね。私は少しせっかちがすぎました」
「まったくだ。テメェの身はテメェで守れなんて、五歳児には早すぎんだろ」
「特別な、五歳児ですもの。ベリルちゃんがトルトゥーガで生まれたのは幸運だったのかもしれません」
まーた意味深なこと言いやがって。
「東方には、ああいう妙ちくりんなガキがいるのかい?」
「言い伝え程度ですけれど」
「そうか」
これ以上聞く気はない。そう言外に示すと、ヒスイは気を取り直したように提案してきた。
「せっかくのあの子たちの心遣いです。無為にしてはいけませんね。アセーロさんに楽しませてもらわなくては」
「どこ行く?」
「あら、エスコートしてくださらないの?」
ムチャ言うな。んなマネ、俺にできるわけねぇだろうが。メシ食うぐらいしか思いつかねぇよ。
だったら——
「予定してた高級店に行っちまうか。で、帰ったらアイツらに自慢してやんだ。スンゲェ美味かったぜ、ってな」
「そんなことをしては、ベリルちゃんもイエーロくんも怒ってしまいますわ」
「おうよ。悔しそうなツラを拝んだら、こんどは四人で行けばいい」
「うふふっ。では、アセーロさん」
手をとれと? やらねぇよ。
「甘えんな」
「あら、いけず」
このあと俺とヒスイは、久しぶりに静かな食事をした。
賑々しさは足りんが、たまにはこういうのもいいだろう。
メシ食ってるあいだも、ダークエルフからチョイチョイ報せが届けられる。
『お二人は馬車小屋で、なにやら作業をされています』
『イエーロ様は必死に止めているご様子。ですが妹君に聞き入れる気配はなく、悲鳴をあげておられました』
『いえ。危機的なものではなく、なにか大きな失敗をした際の嘆きに近いかと』
『ゲラゲラと、お二人は悪ふざけをして楽しんでおられるようです。仲睦まじい兄妹にキュンとしました』
なーんつう報告を聞き流して、女房と二人、ゆっくりした時間を楽しんだ。
「どんな『染め物』ができあがっているか、楽しみですね」
甘ぇなヒスイ。アイツらのことだ、染め物かどうかなんてわからんぞ。




