夫婦の時間①
ようやく仕立て屋に頼んだ服も出来上がった。
だが、まだ見てない。当日ギリギリまでは見せてくれねんだと。
試着んときも目隠しされたほどの徹底ぶりだった。
こういうことに関しちゃあ、うちの家族はいまいち当てにならん。
だから仕立て屋の店主に確認したんだが「問題ありません」とのこと。
陛下は普段着で構わねぇと仰ってくださってんだし、多少不恰好でも失礼になんなきゃあいいか。
あとは明日の茶会に伺うだけ。
それが終わればタイタニオ殿に紹介してもらう問屋と話して、王都での用事はほぼ終わりだ。
てなわけで、茶会前日の今日、ポッカリ予定が空いちまった。
で、どう過ごすか考えてると、
「父ちゃん。母ちゃんと二人で出掛けてきたら」
イエーロから、らしくない提案だ。
「そーそー。二人っきりでラブラブしてきたらいーじゃーん。でもちゃーんとデートにお誘いしなきゃだかんねー。あーしらまだママに言ってないし」
なるほど。ベリルの仕込みだったか。
「オメェら二人を宿に残してってことだよな? んな怖しいマネできるか」
「それどーゆー意味さー」
「まんまだ、まんま。テメェがこの数日でやらかしたこと思い出せば意味もわかんだろ」
「大丈夫だよ。オレもついてるから」
だったら安心だ、と言ってやりてぇところだが……。イエーロのやつ、コロッとベリルの口車に乗せられちまいそうだからなぁ。
「毎日お出かけして、あーし疲れちゃったしー。だから今日は食っちゃ寝してまったりすんだもーん」
「ゴハンはオレが屋台で買ってきて済ますつもり。あとは覚え書きを清書して部屋で過ごすから。だからさ、母ちゃんも楽しませてあげてよ」
こうも熱心に勧められると断りずれぇ……。
ま、イエーロもガキじゃないんだし、大丈夫か。ずっと親がいっしょなのもどうかと思うしな。
「ならヒスイを誘ってみるか」
「ひひっ。もしママにフラれちゃったら、可哀想だしあーしが遊んであげるかんねー」
「いらねぇよ」
二人の勧めもあって、ヒスイに声をかけた。
すると、ひと声かけた途端にテキパキ支度をはじめ、僅かな時間でバッチリめかし込み完了。驚きの早技だった。
「ベリルちゃんはお留守番よ。イエーロくんはベリルちゃんをお願いね。外に出るのは近くの屋台まで。二人共あまり離れないように。なにか困ったことがあったときは、宿の方におカネを渡してから頼みなさい。いいわね」
「「はーい」」
出しなに、ヒスイは何度も念押ししてる。
ちったぁ信用してやりゃあいいもんを。
「おうオメェら、土産はなんか希望あるか?」
「オレ肉料理っ!」
「おう」
「あーし弟か妹!」
「アホ」
「いったーい!」
嘗めた口利くベリルにコツンと拳骨くれてから、俺とヒスイは宿を出た。
でだ。外に出てすぐ——っとと——ヒスイに建物の物陰へ引っぱり込まれた。
「どうした?」
「あのカドの茶店に入りましょう」
「べつに構わんが、なにしようってんだ?」
「うふふっ。ちょっとした隠密ごっこですよ」
それから、わざわざ俺らが泊まってる部屋から死角になるよう大回りして移動した。
◇
いま俺らは、宿の入り口がよく見える席で茶ぁしばいてる。
「そんなに心配なら出掛けなきゃいいだろうに」
「いいえ。心配はしていませんよ。これは言ったとおりの隠密ごっこです」
隠密ごっこ……ねぇ。
そういうのは南方妖精種の得意とするところ。ごっこ遊びってのがなにかの冗談にしちゃあタチが悪いほどに。
「ヒスイ様。各員配置につきました」
「そう。ご苦労さま」
——っ‼︎ コイツいつの間に⁉︎
「お義父さ——トルトゥーガ様。ご無沙汰しております」
と言ったのは、さっきまで誰もいなかった場所に突如現れた南方妖精種のスンゲェ美女。
「お、おおう。いたのか」
ビックリさせねぇでくれよな。
「で、ヒスイ。そろそろ、その隠密ごっことやらの具体的なところを聞かせろ——」
「待ってください。アセーロさん、二人が宿から出てきましたよ」
「ハア⁉︎」
あんのアホたれども、舌の根も乾かんうちに父ちゃん母ちゃんの言いつけ破りやがったんか。
見ると、ベリルになにか言われてるイエーロが宿の出入り口にいる。まだイエーロは部屋の方を気にしてるからベリルを窘めようとしてんだろう。
だが、外まで移動してる時点でもう遅い。言いくるめられちまうのも時間の問題だ。
「『兄ちゃん、肩車』『は? いやだよ恥ずかしい』『しゃーないなー、もー。んじゃ迷子にならないよーに手ぇ繋いでてあげるし』『それ逆じゃない?』『逆じゃなーい』と言っています」
突然喋り出したと思ったら、さっきのダークエルフだ。
「唇を読みました」
器用なマネすんだな。
「ではアセーロさん。あの子たちを追いましょう」
なんだかヒスイ、活き活きしてんぞ。
まるでどっかの問題幼児が悪ふざけする前みてぇに、意地の悪い顔しやがって。
ったく。いい母ちゃんしとけばいいもんを、古馴染みと会って昔の血が騒いだのかねぇ。困ったもんだ。
茶店を出て、イエーロとベリルの跡をつける。
「気配を薄める魔法とかねぇのか?」
「ありますよ。けれど魔法を使えば、即座にベリルちゃんは感知してしまうでしょう」
なに、アイツってそんなにスゲェの?
「他の娘たちも伝えてあるわね」
「はい」
おうおう懐かしのおっかねぇ顔しやがって。
「それと、わかっているとは思うけれど、ここで見聞きしたことは他言無用よ。とくにベリルちゃんの情報が漏れた場合には……」
「——しょ、承知しております」
そんなに圧をかけてやるな。気の毒になってくんぞ。ヒスイを慕ってくれてんだから優しくしてやりゃあいいもんを。
「悪ぃな。面倒なことに付き合わせちまって」
「いいえそんな。ヒスイ様のお役にたてるのなら。それにあたし……、イエ——」
「アセーロさん。あの子たちが動きますよ」
「おう。つうかあのヤンチャ共。屋台に行くんじゃねぇようだな」
「ええ。ここからでは唇が読めません」
「確認して参ります」
「お行きなさい」
シュバッと走り去ったと思ったら、もうイエーロとベリルの近くを歩く通行人の一人になってた。
スゲェもんだ。どういう手管かは想像もつかんが、目立つ容貌のはずなのに、周りの者は誰ひとりとして気を配ってねぇ。
しばらく着かず離れずの位置にいると、ダークエルフが報告に戻ってきた。
「イエーロ様たちの行き先が判明しました。お二人は雑貨店へ向かわれるそうです」
「目的は?」
「妹君は『塗料』や『布』と仰られていました。それと不明確ですが『パテ』とも」
「あら、染め物でも作るのかしら?」
この様子だと、ヒスイに止めるつもりはねぇらしい。
「動かぬ証拠を押さえてから叱りつけるのかと思ってたが、違うんだな」
「そんなことはしませんよ。イエーロくんはちゃんと大きな通りを選んで、周りを注意しながら移動しています。ですので、いまのところ問題はありません」
「そうかい」
これ、言葉どおりの隠密ごっこなのか?
コイツがなにを楽しんでるのか、俺にはサッパリだぜ。
「さあアセーロさん。尾行をつづけましょう」




