自慢の品を奉納①
ざんざん練兵場で相撲とらされた翌朝。
「でねー、父ちゃんってば容赦ねーし。ちっとくらい負けてあげたらイイのにさー」
「あらあら、アセーロさんったら大人げないのね」
「そーそー。鬼と相撲して勝った記念にもらった武器とか、めっちゃ自慢するだろーしー、イイ宣伝になると思ったのになー」
ベリルが話す昨日の出来事を、ヒスイはコロコロ笑いながら聞いてる。
「でねでね、服の生地って面で切らないんだ。立体裁断っていうらしくって、身体の曲線にそって切り出すんだよ。それって鎧とかの鱗革にも使える考えでさ、スゲェ勉強になる!」
イエーロはイエーロで、仕立て屋で見てきたことを俺に報告してくる。
「なんか作らせてもらったりしてねぇのか?」
「オレはまだ見てたいかな。あっ、でも母ちゃんはベリルの欲しがりそうなカバン縫ってたよ」
自分の話だと聞こえたからか、たまたま噛み合ったのか、ヒスイは「そうそうベリルちゃん」と件のカバンを取り出した。
「おおーう! あーしこーゆーの欲しかったしー。さっすがママ、わかってる〜うっ」
「うふふっ。たくさん使ってね」
ベリルに手渡されたのは、布のカバン。
筒の片側に底をつけて、反対は折り曲げてボタンで留められる作り。あとは背負い袋みてぇな長めの持ち手が二つ、か。
「そいつぁなんて名前なんだ?」
「私もベリルちゃんにカタチを教えてもらっただけなので……」
「んんーと、いろいろあるんだけどー、種類的にはリュックって呼べばいーかも」
「それ、両手塞がらないのにたくさんモノが入って、便利そうだね」
「でっしょー。革で作って、うちのみんなの装備にしてもいーかもっ」
イエーロの言うことももっともだとは思うがよ、これ以上仕事を増やさないでくんねぇかな。
「そっか。だったらもっと仕立て屋の仕事を見て、いろいろと覚えてこないと」
言わんこっちゃない。また自分の首絞めてんじゃねぇか。
「追い追いにしとけ。オメェ、やること山積みでまた泣きをみちまうぞ」
「そっか、気をつける。あっ、忘れないうちに覚え書き覚え書きっ」
ちゃんとこないだの助言を覚えてるみてぇで、イエーロはガリガリとカバンについて、閃きの要点を記してく。
こんなふうに、宿での朝の時間を過ごすしたあと、イエーロはヒスイに連れられて仕立て屋へ向かった。
でだ、今日の俺とベリルはというと、教会に魔導ギアを供えにいく予定だ。
「父ちゃん、これも持ってっていーい?」
聞いといて返事も待たず、ベリルは手にしたモンを木箱に放り込む。
今回は装飾品じゃあない。
「なぁ、ホントにそれ供え物にするつもりか?」
「そのつもりだから箱に入れてんじゃーん」
まぁいいか。
「ひひ〜ぃ。いろいろ買ってくモノあるから、ママに作ってもらったリュックしょってこーっと」
このリュックとやらの利点を一つ見つけた。それは背負うために悪魔の羽をつけないことだ。角と尻尾は健在だけどな。
「んん〜……リュックに羽つけられるよーに改造してもらわなきゃだし。ま、今日はこれでいーや」
ベリルの服装についてさっさと諦めた俺は、魔導ギア一式を詰めた木箱に縄をかけ、背負う。
「よし。出かけんぞ」
「おーうっ!」
◇
「……けっこう買い込んだな」
道中、あちこちの店に寄り買い集めた食い物の数々でベリルのリュックはパンパン。
小っこい背中に合わせた大きさだから、実のところ量はそうでもない。
あと、歩けるかの心配はしてねぇよ。だってコイツ、すぐに木箱の上を特等席にして俺を乗り物扱いしやがったからな。
「父ちゃん、おろしてー」
「おう。神様の前だもんな」
地面に立つと……、フラフラと頼りねぇなぁおい。
「ふっしっ。大丈夫だし」
「オメェって意外と信心深いんだな」
「そーそー。あーしがイイ子してんの、神様はちゃーんと見てんだからっ」
なるほど。どうやら神様ってのは、親父を振り回す悪ガキには天罰くれねぇらしい。
ベリルが転けないか様子を見つつ、教会のなかへ。
見たところ、人の入りは前と大差ない。
「おお、これはこれは。トルトゥーガ様ではありませんか」
「あー! こないだの神官さーん」
「ほっほっ。覚えていてくださりましたか」
「もっちろーん! 今日もね、お供え物しにきたのーっ」
「例の装飾品ですかな?」
「ちがーう。ふししっ。見てのお楽しみっ、だしっ」
「ほっほっほっ。そうですかそうですか。では、ちょうどいまは祭壇も空いておりますので」
そいつぁ助かる。
前回と違い今回は人目を気にしなくていい。むしろ見物人は多いほうが好ましいくれぇだ。
ぜひ魔導ギアの評価を広めてくれよ。
「父ちゃん。あーしの準備しなきゃだし、先に魔導ギアをお供えしちゃってー」
「おう」
祭壇に向かう前に確認だ。
「俺がやっちまっていいのか?」
「うん。あーしの別にあるもん」
「そうか」
んじゃ……。
神様。いや、三柱の女神様だったか。こいつぁうちの娘の閃きを元に、息子たちが手間暇かけてこさえました。俺らの生命も繋いでくれた自慢の品です。ぜひ、受け取ってやってください。
ってなことを心中で呟き、真っ新な試作魔導アーマー零弐と試作魔導ウェポン零壱を並べた。
そしてすぐ——虚空へ消える。
ややあって、忽然と金貨が…………よし。八枚。
「あーあ。将軍さまとタイタニオどの予想、ハズレちゃったねー」
いや喜べよ。金貨八枚だぞ。
「素材って点で被ってるからな。俺も装飾品より高い評価になるとは思ってなかった」
だが高すぎず安すぎず、こないだ話した値段にしても問題なさそうで一安心だ。
「ではでは〜っ。次あーしのばーんっ」
ベリルはご機嫌で祭壇の前に座り込み、リュックを広げた。
「父ちゃん、木箱こっち持ってきてー。台に使うし」
ちぃと時間がかかりそうだが、演奏したりってぇ供え物もあるそうだし、構わんよな。
ようやくベリルの支度が終わったみてぇだ。
「ほう。お嬢さんはこの場で料理を作るのですか?」
「んーんー。使った食材は父ちゃんが美味しくいただくし。今回お供え物にすんのは——」
ベリルは手にした刃物をキラリと掲げる。
「魔導穴あき包丁だし!」




