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問題幼児と挨拶まわり⑤


 先に相手すんのは、ランシオだ。


 腰を屈めて突進してくる構えに見えるが、たぶん、なにかしらの小細工があるんだろう。


「みあってみあってー……。はっ……きょいのこった!」


 くっそ、ベリルのやつ。開始の間合いをズラしやがったな。

 僅かな出遅れを取り戻そうと、俺は余分に前のめりに。その鼻頭へ——


 パンン‼︎

 目前で手のひらが激しく打ち鳴らされた。


 怯みはしねぇが、警戒したぶんまたもう一つ遅れちまう。

 まだ勢いが乗ってねぇところへ、ランシオはガップリぶつかってきやがった。


 やや、こっちの腰が浮く。


「のこった、のこった。のこったー!」


 相手は俺のベルトを吊り上げるように持ち、体重もチカラもこちらにかけて、しかし腰は落としたまんま。

 

 ホントなら押し引きで揺さぶってやりてぇところだが、こりゃあ力比べだもんな。だったらここは強引に解決しねぇと——なっ。


 目一杯、上から押し潰す。

 ランシオの膝が震えはじめた。

 まだまだだ! ペチャンといくまで、圧かけんなぁ止めねぇぞっ。

 オラオラもうちょいだっ。こんちきしょう!


 背中から腰に回した手でさらに圧迫。

 脇も締めてやりゃあ、俺を吊り上げようとする腕の邪魔にもなるって寸法だ。


 そうやって、どんだけかわからんくらい長いことジリジリやり合った果てに——


 カクッ。

 ランシオの膝が崩れた。


「父ちゃんの勝ちー!」

「ふぅ〜……。いやぁしんどかったぜ」

「ハァハァ……ハァハァ……。か、完敗です」


 手を差し出すとガッチリ握ってくる。そのまま引き起こしてやると——


「みんな拍手ぅ〜!」


 みんな? 拍手?


 やたら盛大に、あちこちからパチパチと。

 見回すと、ずいぶん長いこと押し合ってたみてぇで、知らん間に観客が集まってた。

 つうかアンタら訓練サボってていいんかよ。将軍閣下もなんとか言ってやれ。


「次の対戦カードは、父ちゃん対アルコくーん。父ちゃんは疲れてっからチャンスかもよー。はーい、賭けてかけてー!」


 あんのバカ。なに王国兵相手に賭け事はじめてんだ。


「こらベリル——」

「よし。ワシはアルコに賭けるぞ」


 あーあ、将軍閣下が率先しちまった。ならもう知らん。


「オレはトルトゥーガ様だ」

「あの戦場での鬼神っぷりを見たら考えるまでもないよな」

「いやいや、アルコもなかなかやるぞ」

「しかも二連戦だ」

「はいはーい。あとでわかんなくなっちゃうから、一口大銅貨一枚だけねー。当たった人たちで山分けだし」


 将軍閣下が賭けちまったからか、面白そうだなってノリでじゃんじゃか大銅貨が積まれていく。

 勝敗次第で、晩メシが豪華にやるヤツと抜きになるヤツに分かれるってところか。


「おおーう。いい感じに割れたじゃーん。んじゃベットしゅーりょーう」


 つうか煽るだけ煽って、自分は賭けねぇんだな。アイツらしい。


 こうして場も充分あったまったところで、


「に〜ぃし〜、父ちゃんんー山ぁ〜。ひが〜ぁし〜、アルコくんんー海ぃ〜。みあってみあってー……」


 俺とアルコは、仕切り線の前で腰を屈めて対峙する。


「はっきょーい、のこったー!」


 前に飛び出すと、また柏手か⁉︎

 ——違う。

 肩にパシンッと掌底打ち。つづく掌底の連打!


 上手い手だ。こうも肩を押されちゃあ同じ手で応戦しようにも一つ遅れちまう。おまけにこっちの挙動の探り針にもなってやがる。

 ヘタに対処すりゃあ、そこへガツンッとくるつもりに違ぇねぇ。


「のこった、のこったー!」

「これ、このまま決まるんじゃないかっ」

「スゲェ猛連打だ!」

「のこった、のこったー!」

「躱そうとしないトルトゥーガ様もすごいな」

「バカ、避けたらその隙を突かれるからだろ」


「「「のこった、のこったー!」」」


 おうおう盛り上がってんな。


 ここは相手が攻め疲れるまで耐えてもいいんだが、せっかくだ、ちょっとした小技をみせてやる。


 アルコの連打は巧みで、虚実交じってる。キッチリ体重を乗せてくる掌底打ちと、捨ての手打ちが間断なく。


 その本意気の一つに合わせ——


 つま先を蹴り込み、腰を回し、肩を切る。


 手は出さねぇが肩口で、たっぷり勢いと重さが乗って伸びきった腕の先——相手の掌を——押し返す。


 揺らいだ!

 平手打ちの回転に重きをおいたせいで、アルコの腰は俺より軽い。だから浮く。

 そこを屈んで、掻い潜る。


 あとは目一杯かち上げてやりゃあ——


「父ちゃんの勝ちー!」


 …………ふぅ。若者の相手、しんど。


「「「い、いまのなんだッ‼︎」」」


 観客が湧いてるな。

 ひっくり返された本人も目ぇパチクリしてやがる。


「はいはーい。勝利者インタビューしちゃいまーす。父ちゃん選手、いまのなんですかー?」


 なんか握りが半端なグーを向けられた。


「押したんだよ。腕が伸びきったところに、肩でドンッてな」

「おおーう。寸勁みたーい」


 そりゃあ技の名前か?

 つうかオメェが俺らに仕込んだんだろうが。押し合い圧し合いさせてよ。


「トルトゥーガ殿。いまのは魔法ではないようだが……」

「ええ。体捌きの一種です」

「つーか実演したらわかりやすくなーい」

「よいのか?」


 うちの秘伝の技だと思ってんだろうな。

 こんなもん種さえわかりゃあ誰でもできる手品だってのに。


「構いませんよ」

「自分が試してもらってもよいですか?」


 体験を望んだのはランシオか。

 そうだな。傍目に見てた方がアルコもなにをされたか腹落ちすんだろ。


「じゃあわかりやすく、腕を伸ばした状態にしといてくれ」

「はい」

「しっかりリキ入れてな」


 伸ばした平手が肩に触れて、肩や腰にチカラがこもったのを見計らい——グルッと押し返した。


「——うお!」


 するとヨタヨタ退く。


「こんな具合です」

「い、いや……。理屈はわかったがの、その瞬間をどう見極めたのだ?」

「慣れ、ですかね」

「……ふううむ」

「父ちゃん父ちゃーん。たぶんさー、将軍さまは練習のやり方を知りたいんじゃね」

「いいや、それには及ばん。ベリル嬢の言うとおりではあるがの。あれほどの妙技はトルトゥーガにとっての秘事であろう。ここまで明かしてくれただけでも感謝せねばのう」

「そーお。いーんならいーんだけどー」


 なぜベリルが偉そうに喋ってるのか、ワケを理解できてるのは俺だけだ。そうであってもらわなきゃ困る。

 無事にトルトゥーガの鬼どもの沽券は守られたってことだな。


「将軍閣下。余興はこれくらいにして、土産の魔導ギアを選んじまってください」

「おお、そうであったの」

「ランシオくんもアルコくんも、おひとつどーぞっ」

「しかしベリル嬢……」

「我々は負けたので……」

「あーしは楽しかったからいーんだけどなー。父ちゃん、ダメ?」


 俺ぁ端っから勝負なんてしなくても譲るつもりだと言ったろうがよ。ま、ここは気の利いたこと言っとくべきか。


「二人とも、いい勝負だった。記念に一本持ってってくれ」

「そんかわしー、賭けてもらったお金、当たった人たちに山分けしといてねーっ」


 実は、面倒な賭け金の分配を押しつけたかっただけじゃねぇのか? 騒ぐだけ騒いだらあとは放ったらかしかよ。


 ——いんやまだだ! まだベリルの遊びは終わっちゃいねぇ。その証拠に悪さする前の『ひひっ』て小悪魔ヅラしてやがる。

 しかし察したときにはもう遅い。俺が「おいベリル」と制止する間もなくぶち上げちまう。


「んじゃ次に挑戦する人ぉ〜! 父ちゃんに勝てたら好きな魔導ギアをプレゼントしちゃーう」


 こんのアホたれが! テメェはどんだけ俺を暴れさせてぇんだっ。


「「「ホントか⁉︎」」」


 いい勝負した記念に一本とか抜かしちまった手前、断りづれぇ。こりゃあ受けるしかねぇや。


 続々と列をつくる挑戦者たち。

 ケガさせねぇようにしてるせいで、負けても並び直してまた挑んでくる。

 しかも経験積ませただけ厄介になってく。


 オッサンに対する労わりなんぞ皆無で、どいつもこいつも遠慮なしに若さをぶつけてきやがるんだ。


 ハァ〜ア、しんど……。


 結局、将軍閣下とその孫たちが魔導ギアを選んでるあいだ、ずっとスモウの相手させられちまった。


 もちろん全戦全勝だ。こんちきしょう!

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