問題幼児と挨拶まわり④
「つまり、この円から外に出る、もしくは手か膝をついたら負けってことだな」
「そーそーそんな感じー。あとパンチとかキックとかもダメだかんねー」
ベリルが言う『スモウ』とやらの決まり事はわかった。これなら投げ方に気ぃつければ怪我させずに済みそうだ。
「ランシオくんアルコくん、どーお?」
「「異存ありません!」」
「んじゃー、みあってみあってー」
「「「⁇」」」
意味不明な掛け声にベリルを見やると、
「そこの線に立ってお相撲の準備すんの!」
理不尽に叱られた。
「先に言え。ったく」
俺が仕切り線の前に立ち、腰を低くすると、向かいに立つランシオも同じように。
将軍閣下が若い頃はこんな感じだったんだろう。よく似た気の強そうな武人らしい面構え。それに武勇を自慢してくるだけはある鍛えられた肉体。
嘗めてかかっちゃマズい相手ではある。
だが兄さんよ、ちぃとばかし力みすぎだ。
「はっきょ〜い……——のこった!」
たぶん開始の合図。
ランシオは弾かれるように動く。全身でぶつかってくんのが見えみえ。
勝負が力比べなら受けて立つところだが、ベリルが言う勝敗の基準なら——
あえて、ぶつかる直前に身体をスルリ、躱わす。
するとそのままランシオは円の外へ。地べたにゴデンと転がった。
「父ちゃんの勝ちー!」
「クッ。まさか躱されるなんて!」
ダンダン地面を打ち、ランシオは元気いっぱい悔しがってる。怪我はないようでよかったぜ。
「やっぱし父ちゃん性格悪いしー。最初なんだし素直にぶつかればいーのにー」
「ぁあ? なに言ってんだ。初っ端にやるから効果的なんだろうが」
「きひひっ。やっぱし性格わるーい」
ほう。ベリルは初見で躱した理由がわかったのか。つうことはオメェも性格悪ぃってことになるんだがな。
「次は自分が!」
つづいて、アルコが仕切り線に立つ。
さっきのランシオと違い、腰は屈めていてもいきなり突っ込むって姿勢じゃない。やはり躱わされるのを警戒したか。
となると当然——
「はっきょ〜い……——のこったー!」
アルコは警戒したぶん出遅れる。
そこを低いところからガツンとカチ上げててやりゃあ——
「父ちゃんの勝ちー!」
ドテンと尻餅だ。
「トルトゥーガ殿。容赦ないのう」
「加減して勝てる相手なら容赦しましたよ」
俺なりに気ぃ使ったセリフだ。ほとんど思ったまんまだけどな。
ポルタシオ将軍は、ぜんぶ理解したうえで納得してくれたみてぇだが、
「「トルトゥーガ殿! 再戦を!」」
若人二人はまだヤル気いっぱいだ。
べつにコイツらの練度が低いわけじゃねぇ。条件次第だが、イエーロとならいい勝負になるんじゃねぇだろうか。
だから遺恨を残さずに終わらすために、さっきみたいな絡め手を使ったんだが。
そのあたりの気遣いを将軍閣下はわかってても、当の二人が理解してねぇんだよな。
「これランシオ、アルコ、二人共やめないか。トルトゥーガ殿は初回から全力で相手をしてくれたのだぞ」
「「…………」」
「二人を嘗めてたんなら、適当に当たらせて満足させてから投げてたさ」
「……そうでしたか。そうとも知らず自分の未熟さを痛感するばかりです」
「申し訳ありません」
そうそう、王国の将兵って基本的に素直なんだよなぁ。だからやりやすいんだが『指揮官がそれでどうすんだよ』とも思っちまう。
うちの問題幼児くらいひねくれてろとは言わんが、ちったぁ姑息な手を考えたり出来んもんかねぇ。
「諦めるのはまだ早いし!」
——え、いま話まとまってたろ。
なにベリルのやつシャシャッてんだ?
「罰ゲームのあと、再戦だし!」
イヤな予感してきた。
「おいベリル——」
「お願いします!」
「自分もです!」
さっき負けを認めて諦めたとこだろうに。俺が止める前に二人は受けちまった。
もう競った記念に魔導ギアをくれてやってもいいんだぞ。持ってきたのは商売モンには出来ねぇんだしよ。
「うむ。見上げた心意気だし。なら、あーしが百数えるまで全力スクワットねー」
「「すくわっと、とは?」」
「屈伸のことだし」
理解した二人は「ベリル嬢、はじめてくれ」と言ってしまった。あーあ。
たぶんベリルのことだ、八〇くらいまでは普通にやるんだろうな。
ほれみろ、やっぱりだ。
途中で昨日のメシの話題をふって数を巻き戻したり、屈伸の深さにイチャモンつけてやり直させたり、やり放題してやがる。
「……トルトゥーガでは、いつもこのような訓練を?」
不審に思った将軍閣下が尋ねてくる。
最初は「ええ、まぁ」と答えを濁したんだが、ベリルの詰め方があまりに手慣れてたもんで、また別の疑問が湧いちまったみてぇだ。
まさか見た目三歳児に扱かれただなんて、トルトゥーガ傭兵団の名誉のためにも口外できん。
ここは問題幼児の悪行を止める流れでウヤムヤにしちまおう。
「こらベリル」
「——いったー! いきなしゴッツンしないでー」
「ランシオ殿もアルコ殿も、ガキの遊びに付き合わせちまって済まなかったな」
この二人がこうしてガンバったのは、魔導ギア欲しさって動機もあるんだろうし、素直な性格もあるんだろう。
だが、なにより俺ともう一度対戦してぇと求めたからに違ぇねぇ。
だったら真っ向から受けてやらなきゃな。
「ほれ、ベリル。二人の疲れが癒えたら再戦だ。線を引き直しとけ」
「ほーい」
「ポルタシオ将軍閣下。少々厳しくしますが、構わんですか?」
「すまんの。ランシオにとってもアルコにとっても高みを知る良い機会になろうて。怪我くらいで文句を言ったりせんよ」
「「ありがとうございます!」」
ま、若人の向上心を受け止めんのもオッサンの勤めかねぇ。
王都に来てから身体を動かしてねぇし、ちょうどいい鍛錬だ。全力で当たってこい!
てな具合に俺が爽やかな汗を流そうって気になってると、ベリルのやつ、小っこい手でニヒニヒ含み笑いを隠しながら二人んところへ耳打ちしにいきやがった。
「パーンってして、どすこいどすこいのあと、どーんだし」
あの動きは平手打ち? 最初にダメっつってなかったか? んでぇ……まぁいいか。見ないでおいてやるよ。
「父ちゃん、お待たせー」
「なぁ、オメェは親父を困らせて楽しいんか?」
「めちゃ楽しーし!」
「そうかい」
「ひひっ」
ったく。イジワルそうに笑いやがってからに。
だが見てろ。テメェの悪知恵を真正面から粉砕してやっからよ。悔しがる準備でもしとけ。




