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問題幼児と挨拶まわり②


「キレイな剣……」

「でっしょー。あ、でも触ったら危ないかんねー。見るだけ見るだけー」


 奥方のオパーリア殿を保護者に、ベリルはプレシア嬢に魔導ギアの武具を説明していく。


 タイタニオ殿はといえば、長剣と槍のどちらにするか、ずっと云々唸ってる。

 二つ贈っても構わんのだが。それを言っても約束と違うからってぇ聞き入れちゃくれない。

 義理堅いっつうか頑固っつうか。


「ベリルさん。その……、今日は装飾品をお持ちではありませんの?」


 似たモン夫婦だな。


「そー言ってくれると思ってぇ〜……、じゃじゃーん!」


 ベリルはポッケから装飾品を取り出した。

 今日は指輪じゃないのか。


「まず髪飾り。んでペンダントトップと、こっちがブレスレットだし。んでんで、これは革紐の長さを変えてネックレスにもアンクレットにもできるやつーっ」

「あらまあ、素敵っ」

「カワイイですっ」

「でっしょー! 付けてみてもいーかんねー」


 右手の木箱の近くからは、ウンウンむーむー唸る声。その反対側からはキャイキャイはしゃぐ黄色い声。


 で、俺はといえば、ゆったりとソファーで茶を啜らせてもらってる。


 いつまで経っても終わる気配がない。


 ずっと客人を放置したまんまの主人を、使用人たちが「旦那さま」「奥さま」とこっそり諌めてるが、どっちも聞く耳持たんって感じだ。


「トルトゥーガ殿。もうしばし、どちらにするか決める時間をもらえないだろうか?」

「さっきも言いましたが、両方とも差し上げますよ。それくらいの世話にはなったんですから。気にしないで受け取ってください」

「しかしな、戦場での借りも返していないうえに、二つも魔導ギアをいただいては……。献上の話も茶会になってしまったしなぁ」


 口ではこう言うが、タイタニオ殿の両手は剣と槍をちっとも手放す気配がない。


「うちには問題ある娘がいるんで。こんどの茶会でやらかしたり、そのあとだってどんな厄介事を呼び込むかわかったもんじゃない。もしものときは遠慮なく助けを求めますから、またチカラになってやってください」

「そ、そうか。そう言ってくれるのなら、ありがたくいただいておこう。うむ。必ず借りは返すからな」


 ちゃんと返してもらうさ。

 まだハッキリしちゃあいないが、イエーロが傭兵を使って荷運びの仕事にも手ぇ出すつもりなら、有力貴族であるタイタニオ殿の後ろ盾と知恵や人脈は大きな助けになる。


 で、一方の奥方たちは、こっちもこっちで悩んでるみてぇだ。


 どうやらベリルは装飾品を売るつもりらしい。

 その狙いはなんとなくわかった。小遣いを稼ぎたいってよりは、たぶん手頃さを印象づけたいんじゃないだろうか。

 二個セットで銀貨一枚なら、ベリルが持ってきた装飾品をぜんぶ買い取ってもらったとしてもタリターナの家からすりゃあ大した額にならない。 

 気軽に買えるってのを広めてぇんだろ、きっと。


「他のおウチにも行かなきゃだしー、いまはマジごめんなんだけど、プレシアちゃんとプレシアちゃんのママ、あとお姉ちゃん二人のぶんの四つまででーお願ーい」


 なんて具合に、数まで制限して。勿体つけ方がヘタな商人より狡い。


「プレシアは、この革紐にキラキラがついた腕飾りがほしいです」

「そうね。普段着にも合わせられますものね。では、カンテリアとボルディアには学園の制服でも付けられる髪飾りにしましょうか。私は、このペンダントトップをいただくことにします」

「まいどー」


 んで、売り方も好きな組み合わせ二個で銀貨一枚ってふうに変えたようだ。

 その方が男女揃いや家族で付けやすいもんな。しかも個人がまとめ買いもすることまで考えてんだろ。


 一個を大銅貨五枚で売らんところに、ベリルのズル賢い作為を感じる。


「お母さま。プレシアのお小遣いでお買い物してもいいですか?」

「ええ、構いませんけれど……」

「ありがとうございます。ベリルさま、少し待っててください」


 そういうと自分の部屋にでも向かったのか、プレシア嬢はたったか走ってく。


「まったく、どうしちゃったのかしら……。ベリルさん、ごめんなさいね。もう少し付き合ってあげてくださいな」

「んーんー。めっちゃ気持ちわかるし。ひししっ、プレシアちゃんマジいい子っ」


 気持ちがわかる? オメェが? 笑わせんな。樽ごと酒を飲ませるのとわけが違うだろ。


 とはいえ俺も、プレシア嬢がなにをするつもりなのか察しがついた。もちろん知らんぷりだ。

 ベリルだって種明かししてぇのを我慢してんだろうからよ。


 ややあって、プレシア嬢は小遣い握って戻ってきた。


「はぁ、はぁ、ぉ……お待たせしました」

「プレシアちゃんってば、走んなくってもぜんぜんヘーキなのにー」


 そういうのは先に言ってやれ。


「えっとー、お姉ちゃん二人にはこれとこの髪飾りで、プレシアちゃんママにはペンダントトップと……、あとは革紐のアクセ。ぜんぶで四つ。間違いなーい?」

「はい。合ってます」


 ここで、奥方のオパーリア殿は『おや?』って顔をみせる。タイタニオ殿はまだ気づいてねぇようだ。

 ベリルは奥方へ、含みきれず企みが僅かに口の端から覗く笑みを向ける。その意味は『驚く準備しといてねー』だろうな。


 プレシア嬢は銀貨二枚を渡すと、ベリルから装飾品を一つ一つ受け取った。

 その小っこい手のひらいっぱいになった内から髪飾りと革紐の装飾品をテーブルの隅に戻すと、残るペンダントトップを両手で握りしめ、胸元で抱く。


 それから奥方へ向き直り、手にした品をそっと差し出した。


「どうぞお母さま。プレシアからの贈り物です」

「あらまあ!」


 わかってても嬉しいもんは嬉しいよな。


「ありがとう、プレシア。大切にするわ」

「えへへ」


 おいおいタイタニオ殿。そんな露骨に羨ましそうな顔すんなって。

 あとベリル。なんでオメェはドヤーッと勝ち誇った顔を俺に向けてくんだよ。いい場面なんだから空気に徹っしとけ。


 プレシア嬢は奥方に抱擁されることしばし。ゆっくり放されると、こんどは革紐の装飾品を手に取り、タイタニオ殿の元へ。


 しかしどうやら気恥ずかしいらしく、しばし装飾品を後ろ手に隠して、もじもじ……もじもじ……。

 

 なるほど。そっちが本命ってわけか。自分で選んだんだもんな。声はかけてやれんが心中で応援しておくぞ。


 そうしてようやく、


「お父さま。あの……、どうぞ」


 そっぽ向いたまま、手のひらを差し出した。

 もちろんそこには革紐の装飾品がのってる。


「プ……、プレシア……」


 感動に打ち震えてるってところか。

 だが、目線を天井に向けたまんまな親父の姿を捉え違えたようで、不安げに尋ねる。


「プレシアからの贈り物……、いらない、ですか?」

「い、いるいる、いるさ。いるに決まってるではないか!」

「——きゃ」


 タイタニオ殿は娘をガバッと抱きあげ、


「お父さま、お髭が……。えへへっ」


 つづけて頬ずり。

 しこたま甘やかしてた。


 奥方もハンカチ片手に感極まってるようだし、そっとしておくか。


 ベリルも気遣いくれぇはできるようで、俺んとこにてってく寄ってきた。


「プレシアちゃん、めちゃカワユイしぃぃ〜♡」

「そうだな」

「あっ。でもごめんだけど、あーしにあーゆーの期待されてもムリだかんね」

「端っからしてねぇよ」

「むーっ。それはそれで微妙なんだけどー」


 微笑ましい光景を目の当たりにして、なにを言うのかと思えば。


「そーいえばさー。こーゆーふーにパパとママに感謝する日とかってないのー?」

「なんだそりゃ。んなもん常日頃からしとけ」

「じゃなくってー、カタチにするとか言葉にすんのに記念日とかあったらいーじゃーん。たとえば『勤労感謝の日』みたいなのっ」

「聞いたことねぇな。そもそも働くのは当たり前だろうが。なんでいちいち感謝されなきゃならん」


 まーたベリルがわけのわからんこと言いはじめやがった。


「いや、あーし的にはイケると思うんだよねー。神話とかそーゆーのから由来ひっぱってきてさー『今日は、いつも言えないパパとママへの感謝を伝えましょう』みたいなー」

「オ、オメェまさか……」

「したらアクセめっちゃ売れそーじゃ〜ん」


 ベリルのやつ。心温まる光景を目の当たりにしておきながら、こういう気持ちを商売にしちまおうなどとほざきやがる。


「…………。やっぱりオメェは悪魔だな」

「ひひっ。あーし小悪魔だもーん」


 一つも褒めてねぇよ。得意げなツラ向けんな。


 まっ、しかしだ。タイタニオ殿みてぇな娘大好きな世の親父たちは『感謝の日』を喜ぶかもしんねぇな。

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