問題幼児と挨拶まわり①
仕立て屋に頼んだ服が出来上がるまでのあいだに、挨拶まわりなんかを済ませちまうことにした。
まずはタイタニオ殿の屋敷を訪ねる。
ホントは長男のイエーロを連れて行きたかったんだが、本人たっての希望で『仕立て屋の仕事を見学したい』ってことだから、好きにさせた。
ヒスイも差し入れ持って息子の付き添いだ。
んで、問題幼児はといえば……。
「タイタニオどのの娘ちゃんいるかな〜。ホンモノお嬢さまってマジで可愛いんだろうねー。ふひっ、めちゃ楽しみ!」
と、馬車の御者する俺の隣に座ってる。
「ベリルは服作りを見とかなくていいのか?」
「チクチク縫うとこはあんまし興味なーい。パターン引いたりは見てて楽しかったけどー」
つうわけで、息子と娘の立ち位置が逆な気もするが、こっちについてくるってんならそれでも構わん。
「今日、タリターナのご令嬢がいるかは知らんぞ」
「まーいなかったらいなかっただし。貴族のおウチも見てみたいし〜っ」
我が家……は、当てはまらんか。
「そうかい。せっかくだから行儀もよっく見て学んでおいてくれ」
「ほーい」
また軽い返事だな。っとに。
◇
タイタニオ殿の屋敷に着くと、さっそく使用人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。トルトゥーガ子爵様」
「おおーう。執事さんだー!」
「こらベリル! なってない娘で、すまん」
「いえ、とんでもございません。お話は主より伺っておりますので」
いったいどんな話を聞いたんだか。
「では馬車をお預かりします」
「頼む。荷物を下ろしちまうから、ちっと待ってもらっていいかい」
「かしこまりました。ではお嬢様、お手を」
初老のビシッとキマった使用人は昇降用の踏み台を用意すると、手を差し出した。
はじめベリルは首を傾げたが、すぐ意味に気づき「いやんいや〜ん」と照れてみせる。
「きひひっ。あーしってばモッテモテだし。ナイスミドルに手ぇ握られちった〜っ」
「そうかい」
ホント、コイツの男の趣味はわからん。
俺はといえば、手土産を詰めた箱を担いでる。
使用人たちが慌てて預かろうとしたが、大した重さでもねぇし遠慮しといた。
「父ちゃーん。そーゆーのって、余計に気ぃ使わせちゃうんじゃなーい」
「おう? そういうもんか」
言われてみれば……。使用人、手ぶらなのを気まずそうにしてんな。
おし。次からは任せることにしよう。
「では、こちらへ」
案内された広い応接間にはタイタニオ殿と奥方がいた。それと、たぶん末っ子だろう娘さんも。
「おお、トルトゥーガ殿。よく来てくれた」
本当なら今日が久しぶりの再会だったはずなんだけどな。
王都にきてからもう二回も顔を合わせてるから、改まって歓迎されると不思議な感じだ。
俺が部屋の隅に木箱をおろしたところで「紹介しよう」と、タイタニオ殿は奥方を促した。
「トルトゥーガ様、お初にお目にかかります。タイタニオの妻、オパーリア・デ・タリターナでございます」
ベリル、よっく見とけ。これが正しいカーテシーだぞ。
「父ちゃんがいつもお世話になってまーす! あーしベリル、五歳でーす。みんなには小悪魔って呼ばれてまーす——てか、さっそく指輪つけてくれてんのー! マジ嬉しーんだけどーっ」
コイツ、さっそくやりやがった。
「まぁまぁ可愛いらしいご挨拶ですね。ベリルさん、先日は素敵な装飾品をありがとうございました」
「いーっていーってー。ひひっ」
「おいベリル。ちっとは控えろ、なっ」
「ほほほっ。うちの子もベリルさんくらい元気だといいのですけれど」
たしかに引っ込み思案そうなお嬢さんが、母ちゃんの裾引っ張ってもじもじしてんな。
背はベリルより少し高いから、歳の頃は変わらん感じか。
「とんでもない。コイツのヤンチャぶりに日々困らされてます。おっと申し遅れました。私はアセーロ・デ・トルトゥーガと申します。こっちが娘のベリルです」
「よろー!」
「ほら、プレシア。あなたもトルトゥーガ様とベリルさんにご挨拶をなさい」
「は、はい。お母さま……。プ……プレシア・デ・タリターナ、です」
その子はぎこちないながらも、丁寧なカーテシーを披露してくれた。
こういうのだよこういうの。
おらベリル、しっかり目ん玉に焼きつけとけ。
俺の希望どおり、ベリルはよっく見ていた。
で、黒目を爛々に輝かして——
「むっひょおおおおおお〜うっ! むっちゃ可愛いちょー可愛い、マジ可愛いすぎるしー!」
しゅたっと近寄ると、プレシア嬢の手をとってブンブン握手しやがった。
「こらベリルやめろ! プレシア嬢が驚いてんだろうが」
「あっ、ごっめーん。めちゃ可愛いかったから、つい。てひひぃ」
「えっと、大丈夫……です」
ったく。まだ腰も落ち着けてねぇってのに。ちったぁ大人しくしとけよな。
「タイタニオ殿。重ねがさね、面目ない」
「ハッハッハ。ベリル嬢が同行されると聞いて、プレシアも楽しみにしていたのだ。構わんさ。さぁ、そちらに掛けてくれ」
俺とベリルがソファーに腰を沈めると、タリターナ一家も向かいに座った。
「まずは、このたびの口添え諸々の礼を言わせてください。本当に感謝してます」
「どーもー」
俺がペコリと頭を下げると、ベリルも倣う。
すると頭上から、
「……お角が」
ポツリとプレシア嬢の呟き声が。
おっ、そうかそうか。王都じゃあ大鬼種の混血は珍しいもんな。
「これプレシア」
タイタニオ殿が嗜めるが、そんな気遣いは無用だ。
「まぁまぁタイタニオ殿。こいつぁ私の自慢でもあるんで。プレシア嬢はオーガの混血と会うのは初めてで?」
「は、はい……。あの、少しびっくりしちゃって……。ええと、ごめんなさい」
「しゃーないってー。だって父ちゃんってば、めちゃ顔おっかないかんねー。角生えててマジ鬼だし」
いや、俺ぁ鬼だがよ。顔は関係ねぇだろ。
「ふふっ。とても強そうで、お優しそうな鬼さん」
タイタニオ殿はあっちゃーって顔してるが、子供なんてこんなもんだろ。うちのよりは遥かにお利口さんだ。
「ハッハッハ。強くて優しそうたぁ嬉しいことを言ってくれる。さすがはタリターナのご令嬢だ。人を見る目がありますな」
「えへへ」
はにかんだ奥ゆかしい感じなんか、まさに貴族のご令嬢って感じじゃねぇか。
打ち解けた空気が呼び水になったのか、プレシア嬢はもう一つ緊張ぎみに口を開く。
「ベリルさまのお角は、悪魔さんだから?」
「んーんー。これアクセだし。ほれ」
今日も今日とてベリルは小悪魔仮装。その角を指摘されて、ひょいっと外してみせる。
するとプレシア嬢はホッとした顔をみせた。
「小悪魔って言ってたから、ホントの悪魔さんかと思っちゃいました。怖かったです」
だとよ。反省しやがれ。
こうやって子供らが話してるあいだに、茶の支度はされていて、会話の邪魔にならんように並べられていく。
やっぱり金持ちの家の使用人だけあって、気配りがスゲェな。
「して、トルトゥーガ殿。あちらの木箱が例の?」
「あなた。そのように急かすようなマネをしては——」
「わかっておる! だが、あの魔導ギアだぞ。さっきから気になってしかたないのだ」
「奥方。期待してもらった方が、私としてもありがたいんで。さっそく広げてしまっても構いませんか?」
「ああ、頼む」
さて許可もあったし、さっそく木箱のなかから手土産に持ってきた魔導ギアの試作品をお披露目といくか。




