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長男の将来設計②


 腹もくちくなったところで、俺は口を開く。


「さてイエーロ。こっからオメェとサシで話すわけだが」

「……え? なにいきなり」


 切り出し方が難しくって、ついつい圧をかけちまった。


「察しろ。俺も苦手な話題なんだよ」

「っていうと、もしかして母ちゃん絡み?」


 俺はコイツにまで女房の尻に敷かれてると思われてんのか。知りたくなかったぜ。


「当たらずとも遠からずってとこだな」

「なら……クロームァの、こと?」

「おうよ。そのあたりも含めて、オメェの将来について少し話しておきたい」

「うん……。でも将来とか言われてもオレよくわかんないよ」

「だろうな。俺だって十日先のことすらわからねぇさ。だからこれから話すのは、その指針だ」

「指針?」


 イエーロが後継ぎなのは決まってる。

 ここで聞いておきたいのは、トルトゥーガを継いだうえでどうしたいのかってことだ。


「二つある」

「道しるべみたいなもんが二つもあるの?」

「まぁ聞け。生きてて選ばなきゃならんことはたくさんある。でも大きく先を変えちまうのは二つくれぇだ」

「……うん」

「まずは、オメェがこれからどうやってメシを食って、うちの連中にどうメシを食わせていくかだが」

「傭兵じゃないの? あとは魔導ギアの販売とか」

「ああそうだ。けど俺は両方ともをオマエにやらせるつもりはない。ベリルの話、聞いたろ?」

「教会でのことだよね」

「そうだ。まだ五歳児であれだぞ。しかもたった一日で、陛下との茶会まで漕ぎ着けやがった」

「すごいよねっ」


 手放しで褒めやがってからに。少しくらい妬んでるくれぇが健全なんだがな。

 まぁいい。これがコイツの本音なんだろう。だが問題は——


「俺の跡を継ぐってことは、アイツに振り回される役どころもオマケについてくる。オマケにしちゃあ、ちぃとばかしデッカすぎるがよ」

「そうだね。やっぱり父ちゃんはオレが傭兵団を回して、ベリルがモノ作りって考えてるの?」

「ついさっきまではな」

「ん?」

「オメェもモノ作りしてぇんだろ」

「…………」


 無言か。コイツなりに背負うもんを考えるんだろう。なら、答えを急かしたりしねぇよ。


「オレも、モノ作りしたい」

「わかった。だったら頭を鍛えろ。オメェの希望どおりになった場合、役割は立派なもんこさえて終わりってわけじゃねぇからな。うちの連中全員が食いっぱぐれねぇよう頭ぁ捻って品を管理して、周りに侮られねぇように武力も見せつけなきゃならん。正直、傭兵だけやってるより大変だぞ」


 ちと説教くせぇ話になっちまったが、覚悟のほどを確かめるつもりだった。なのに、


「うん。でさ、オレ考えたんだけど、聞いてもらっていい?」


 こりゃあ驚いた。まさかの提案だ。

 俺が頷き返すと、イエーロは言葉を選んで話しはじめた。


「傭兵の仕事って、こないだの戦争のあとから減ってるでしょ。いまは戦勝の空気に水差さないよう小競り合いを控えてるだけなのかもだけど」


 イエーロの言うとおり、ここしばらくは魔導ギアにかかりっきりになれるくらい暇してた。

 しっかしコイツがそういうところも見て感じとってるたぁな。


「つづけろ」

「うん。でね、これからうちに傭兵を頼む人って減ると思うんだ」

「そう考えた理由は?」

「オレ、初陣だったから間違ってるかもだけど……」


 自信なさそうな顔見せんな。オメェの読みは間違えちゃいねぇんだからよ。


「父ちゃんたちのデタラメな暴れっぷりをいろんなところの領主に見られたわけだからさ、最初はたくさん仕事を頼まれるって思ったんだ。でも逆かなって、いまは考えてて。どこもうちの傭兵を使わせないように手を回すんじゃないかって。どういうふうに邪魔するのかはオレもわかんないけど」


 もう少し、深く考えさせたくなった。


「なぜ邪魔をする? さっさと自分が抑えちまえば一人勝ちじゃねぇか」

「それって最後はお金の積み上げ合戦にならないかな?」

「……ほう」

「例えば、どっかの領主と傭兵の約束をしたとして、そしたら対抗したい人は『こっちはもっと出す』って言い出すでしょ。そんな感じで値上げ競争してったら、小競り合いに勝っても損しちゃう状況になってって、終いには……」

「領地同士の争いに限っては『トルトゥーガをお互いに使わんどこう』って紳士協定に行き着くな」

「そうそれ! 大っきな戦で活躍するほどそうなるのかなって」


 可能性はある。そのあたりについては俺だって考えてた。だがイエーロが気づくとはな。

 へへっ。心積りしてた話題たぁ違うが、嫌いじゃないぞ、こういう話。


「でね! こっからはオレの考えっていうか、まだ閃きの段階なんだけど、聞いて」


 とイエーロが語ったのは、傭兵団の未来だった。

 戦力を維持したまま偏りなく仕事と豊かさを皆に配れる、そんな閃き。


「いろんなところへ配達するときの、護衛ってどうかな。うちは力持ちばっかりだし、荷物を運んだりもできるから頼む人も助かると思うんだ」

「だがよ、いまそれをすんのは傭兵団とモノ作りを掛け持ちするより、遥かに手間だぞ」

「うん。だからいきなり他所から仕事をもらうんじゃなくって、はじめは魔導ギアを運んでもらえばって考えてる」


 なるほどな。そうすりゃあ他の商人も便乗してくるかもしれん。トルトゥーガについて行けば安全だって具合に。

 まとめて守ってやるからカネ払えってのもありか。


 パッと思いつく問題は、足場ぁ固める前に大っぴらにやったら、冒険者ギルドが文句つけてきかねんことか。

 だが、んなもんは領地の品を自前の兵で護衛してるなりなんなり言やぁいい。


「この閃き、母ちゃんとベリルにも相談してみてもいい?」

「……構わねぇが、」


 俺ぁてっきり、イエーロのやつは自分で成し遂げてぇんだと思ったんだが、どうも違うようだ。


「オメェの閃きだろ。ヒスイは別としても、ベリルにまで口を挟ませちまってもいいのか?」

「うん。アイツはオレよりいろいろ考え巡るし、いっつもコキ使われてるからね。こういうときにやり返してやらないと」


 そりゃあ良好な兄妹仲なこって。


「だったら俺から一つ助言だ。ベリルは思いつきをペラペラッと喋って、そのあとスッカリ忘れちまうことが多々ある。あと勝手に進めちまうこともな。だから大事な話をしたときは覚え書きをしとけ。しょうもねぇことやりやがったら『いい加減すんな』って突きつけてやるのにも使えるしよ」

「うん。そうする!」


 スッカリ本題から逸れちまったが、俺ぁ満足だ。

 しかし、もう一つ聞いとかなきゃならんか。こっちが本題だもんな。


「でだ、その将来像んなかで隣にいる女は、誰がいいんだ?」

「——っ! い、いまその話、する?」

「するさ。オメェももうガキじゃねぇだろうが」


 大人ってわけでもねぇけどよ。


「今後あちこちから『イエーロの嫁に』って勧めがくるぞ。それが断れる小勢からなら構わん。だが、世話になった将軍閣下やタイタニオ殿からどこそこのご令嬢でって勧められてみろ。無下にはできんだろ」

「……うん。そうかも」

「だからよ。そろそろハッキリさせちまえ。悪ぃがそれもオメェが引き継ぐもんに含まれてる」

「もし……だけど、クロームァが頷いてくれたら、オレも父ちゃんと母ちゃんみたいになれるのかな?」

「ああ。そりゃあ第一夫人がいるんなら、そいつを押しのかしてってのは相当だ。うちとの関係を拗らせるつもりか乗っ取るつもり以外では、まずやらねぇだろうさ」

「……だ、第一夫人か。それって第二もあるってこと?」

「普通の男は喜ぶぞ」

「オレにとってはクロームァに嫌われないかが心配だよ」

「気の早ぇヤツだな。オメェはまだクロームァに求婚すらしてねぇだろうが。そういう心配は惚れた女を頷かせてからにしとけ」

「……わかった。トルトゥーガに帰ったら、オレ、ちゃんと話してみるよ」

「おう。十日もすれば、そんときの衣装も出来上がってるだろうからな。ちったぁ男ぶりの嵩増しができるんじゃねぇか」

「そうだね!」


 さて、どうなることやら。


「あと父ちゃん。いまの話、絶対ベリルには内緒にしといて」

「わぁってる。あの小悪魔に、面白半分に引っ掻き回されちゃオメェも堪らんだろうかな」

「絶対の絶対だからね」


 この調子じゃあすぐバレちまいそうだな。

 そんときは『邪魔すんな』って釘ぃ刺してやるか。


「おう。もう一本いっとくか?」

「小遣い足らないよ」

「バッカオメェ、次は俺が奢る番だろうが」

「なら飲む」

「へへっ。そうこなくっちゃな」


 このあと俺とイエーロは、いい気分に任せて、二本三本とぶどう酒を空けちまった。

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