長男の将来設計①
「この意匠は…………。なんとも意欲的といいますか、斬新ですね。しかし……」
「正装って言ったら、やっぱスーツじゃーん。本当は濃い緑とかの方が軍人さんぽいんだろーけど、今回は真っ黒でいーし」
「すべて黒となると、いささか地味ではありませんか?」
なんつう具合に、ベリルと服屋の主人は話し込んでる。
その横に座ってるヒスイは終始ニコニコしてて、俺は早くも退屈気味だ。
イエーロは聞いてるふうに見えるが、よくわからん。
「ちっちっちっ。そこで襟章とかネクタイとか、あとは肩飾りとか袖飾りつけたりしてワンポイントだし」
なにやら図面にカリカリ書き足しながら、ベリルは職人に説明してるようだ。
「ふうむ……。たしかに立派な体格のトルトゥーガ様がお召しになるのでしたら、このような装いの方が却って華やかに見えるかもしれませんね」
「そーそー。なーんか偉い人たち見た感じ、ひらひらの飾りいっぱいな服がウケてるみたいだけどー、なんてゆーの『スタイル良くみせる』的な格好とかどーかなってあーしは思うわけ」
「これまた物の見方を変えた発想ですな」
ベリルに『あっち向いててー』と言われた俺は、未だにどんな服になるのか見せてもらえてない。
聞こえてくる感じだと、華美な装飾とかは省いてくれるみてぇだし、このまんま任せちまってもいい気がしてきた。
「店主。話割って悪ぃが、確認させてくれ。ベリルが書いてきた意匠の服は作れそうなのかい?」
「もちろんですとも。こちらにはしっかりと必要なところも書き込まれておりますし、なにより立派なものに見えますが、実のところ作りは簡素ですので。十日もいただければ二着とも仕上げられますよ」
一から仕立てると、ひと月ふた月はかかるって聞いてたから助かるな。
「だったら寸法を先にみてくれねぇか。もちろんあとで必要に応じて測り直してもらって構わんぞ」
「なーにー、父ちゃん飽きちゃったとかー? マジで子供じゃないんだからさー。まったくー」
オメェにだけは言われたくねぇセリフだぞ。
だがまぁ……、飽きちまったのは否定できねぇんだな、これが。
「デケェのが二人いても邪魔なだけだろ。だからだ。まだイエーロは王都を巡ってねぇんだし、あちこち連れてってやろうかと思ってよ」
「ん? オレもういっぱい見て回ったけど」
コイツにとっては屋台の通りが王都のすべてなんだな。困ったヤツだ。
「では、先に寸法をとらせていただきます」
そっから身体のあちこちを紐みてぇなモンで測られて、ようやく解放された。
◇
ひと足先に服屋を抜け出してきた俺とイエーロは、王都の街中をフラフラ歩いてる。
目的なくプラつくのもいいもんだが、いい機会だ。どっかに腰を落ち着けて、二人だけでしかできん話をしちまおう。
そう考えて、都合良さそうな茶店を探してたら、
「オレも服作るの見たかったな」
イエーロが意外なことを言う。
なんとなく違和感あるなとは思ってたが……。
「オメェ、あんなもんに興味あんのか?」
「あんなもんなんて言ったら、母ちゃんとベリルに怒られちゃうよ」
「キーキー文句つけてくんのはベリルだけだ」
ヒスイの場合は文句は言わず、残念そうな顔見せて、俺の気分をソワソワさせてくるからもっとタチが悪ぃぞ。
「んで、どうなんだ?」
「服はそうでもないんだけど、なにかを作ってるのは見てて楽しいよ。もちろん自分が作るのも」
「ついこないだまで試作品作りが大変で、ベソかきそうになってたじゃねぇか」
「そりゃあ急いで作らなきゃって追い詰められたらイヤだけど、物をカタチにしてくの、オレは好きだな」
「そうか」
ここで会話が途切れちまう。
聞きたいことが増えちまった。
とりあえず、話すのに都合よさそうなメシ屋が目についたから「ここでいいか?」とイエーロに目を向けた。
「父ちゃん。早くはやく!」
ちぃとばかり大人の仲間入りしてみせたかと思えば、変わらんな。なんでか少しホッとしちまったぞ。
入ったのはそこそこの店。しかも個室。
俺も依頼人の奢りくらいでしか利用したことないが、にしてもイエーロのやつ、勇んで入ったのにメニュー見たまんま固まってやがる。
「好きなもん頼め」
「う、うん……」
ったく。カネを使うことに慣れてねんだな。ヘンな気ぃ回しやがってからに。
「ほら。小遣いだ」
「銀貨……。もらっていいの?」
「おう。もうベリルにはやったからな。オメェにもだ。それで食いたいもん頼めばいい」
「うん! あっ……っとぉ……」
「どうした? 加算くれぇできんだろ」
「できるよっ。じゃあオレはこのガレットで」
おいおい、みみっちぃな。安いの選んだだろ。まっ、コイツがなにを考えてんのかは予想つくけどよ。
「土産モンの軍資金が心配なら、ヒスイについて買い物にいけば財布になってくれるだろうさ。だから、そいつぁ使いたいように使っちまえ」
「そっか……。だったら酒頼んでいい?」
「昼間っからかよ。ほどほどにな」
注文は決まったみてぇだし、呼び鈴を渡してやった。
これがベリルならリンリン遠慮なく鳴らすところだろうが、イエーロは控えめにチリンッと鳴らす。
すぐに店員はやってきて、俺らはあれこれ頼んでく。その最後に……。
「この、ぶどう酒っていうのが欲しいんだけど……、ボトルって?」
「ガラス製の容器でご用意いたします。グラスに注ぎ、ぶどう酒を召し上がっていただくのですよ」
「じゃあそれを」
「かしこまりました」
イエーロは酒を頼んだ。しかも高いのを。
しばらくして、摘めるもんから順に料理が運ばれてくる。
なんとなく話しずれぇから、俺もイエーロも黙ったまんまだ。手前からチビチビ食ってく。
んで、ぶどう酒のボトルとグラスが届けられ、ようやく注文の品が揃った。
「グラス、二つもあるな」
「うん。でも、ちょうどよかった」
イエーロはトクトクと上品な赤色の酒を両方のグラスに注ぎ、一つをこっちに勧めてきた。
「おっ、気が利くな。こりゃあお裾分けか?」
「違うよ。オレ、最初から父ちゃんに飲んでもらうつもりで頼んだんだ。貰った小遣いでってのもなんだけど、日頃のお礼みたいなもん」
お、おい……。
そういうのやめろって、ホント。
「飲んでよ。オレのぶんのグラスもあるし、いっしょに飲もうっ」
くぅうう〜ッ‼︎ この殊勝な振る舞い。どっかの問題幼児にも見習わせてぇな、おい。
「ったく。小遣いくれぇ好きに使えばいいもんをよ」
「だから好きに使ったんだってば」
「そうかい」
軽くグラスを鳴らしてから飲んだ酒の味は、格別だ。
樽ごと飲まされた酒とはまた違った、鼻の奥にツンとくる美味さだった。




