断れない類のお誘い③
茶と菓子を持ってきたヒスイにも、そのまま席につかせて事情を説明した。
すると、あからさまにピリついた魔力が部屋を満たす。
「一つよろしくて? 両大臣まで参加されてはいても謁見ではなく、あくまで非公式なお茶会であると。国王陛下がそうなされたのは、うちのベリルにご配慮くださってのことと。そう受け止めてよいのかしら?」
ニコニコしてはいるが、ヒスイは尊大に問う。
裏がねぇか確かめてぇのはわかるがよ、いくらベリルが心配だからって遠慮なしに圧をかけてやんな。ご両人には世話になってんだぞ。
ここで『俺が認めたんだぞ』って口を挟んじまってもいいんだが、お二人方はヒスイからも了承を取っておきたいに違いない。
王国は、ダークエルフのコミューンだなんて厄介もんを抱え込んじまってんだな。
んで、なにを掴んでんのかは知らんが、別の意味でもっと厄介なベリルを招こうってんだから、臣下は苦労が絶えねぇな。
俺にできるのは、板挟みされてるお偉方二人に同情するくれぇか。
「そ、そのとおりである。口うるさい貴族がいては叶わんだろうからの」
「ベリル嬢のような幼子を招くのだから、当然の顧慮だ。万が一にも非礼を咎めずに済むよう『重臣が同席している』のではなく『その他を排除した』と考えていただきたい」
「して大魔導殿、……どうかのう?」
ポルタシオ将軍閣下が確かめると、
「他意はないと?」
問い返すヒスイに、将軍閣下とタイタニオ殿は頷くのみ。
しばし、時を刻む音が聞こえてきそうな重たい沈黙がつづき……、
「でしたら問題ございません。今回お招きに預かったのは主人とベリルですので、本人たちに否がないのであれば私から申すことはありませんわ」
ヒスイはコロリと態度を変え、丁寧な回答をした。
でもこれ、言外に自分は行かんとも伝えてんだよな。丁寧なのはカタチの上だけか。
このいちおうの了承に、将軍閣下もタイタニオ殿もあからさまにホッとした様子。
しかし不満全開な者もいた。誰かは言うまでもねぇ。
「ええーっ。ママもいっしょにいこーよー」
「王妃様と王女様だけなら構わないのだけれど、両大臣や、ましてや宮廷魔道士筆頭のボロウン様までおられるのでしょう。それだとママは少し伺いづらいのよ」
「魔法大好きっコ同士仲良くしたらいーじゃーん。もしかしてライバル的な? 実は険悪だったり?」
「そういうことではないのだけれど……」
「んんー……。そっかー。なーんかママ困るみたいだし、じゃーいーや。父ちゃんと二人でも。ちゃーんと、あーしがママの代わりにお妃さまによろしく言っとくしっ」
「ええ。お願いね」
ベリルが国のお偉方を嘗めてんのは、母ちゃんの影響もあんのかもな。だが、ヒスイの立場は特殊すぎて参考にならんぞ。
「おうベリル。王様の方から礼儀知らずは大目にみるとは言ってくださってるがよ、それに胡座かくようなマネは許さんからな」
「わかってるってー。ちゃーんと『さま』ってつけるし『ですます』ってゆーから、余裕よゆー問題なーし」
頼んますよ将軍閣下。アンタ、ベリルの奔放っぷりを知ってて諌められなかったんだからな。
「そ、そんなに睨むでない。再度、ワシから陛下や参加する方々には伝えておこう」
「つーかー、あーしの心配より父ちゃんの心配した方がいーんじゃないのー」
「あん?」
「正装ってゆーのー、父ちゃんってば、ぜんぜんそーゆー服とか持ってないじゃーん。お呼ばれにオシャレしてかないとかマジ失礼だし」
「……むっ」
一理あるか。
「私の服でよければ貸すが」
「んんー。たぶんツンツルテンになっちゃーう」
「ふむ。となるとワシの服でも寸法が合わんのう」
つうことで、俺の正装を作るって話になった。
◇
将軍閣下とタイタニオ殿を送り出したあと、すぐにでも出掛けたかったんだが、ベリルの待ったがかかった。
話を聞くと「あーしデザイン書くし」とのこと。
「ベリルちゃんの考えた意匠の服ですか。私も楽しみです」
てな具合にヒスイも乗り気だ。なんでかイエーロの服まで作ろうって話で盛りあがってる。
こうなっちまったら、俺にはもう止めようがねぇ。
「あーしから、父ちゃんと兄ちゃんへのプレゼントだし〜」
「あらまあ、ベリルちゃんは優しいわね」
「頼むから悪魔みてぇなのとか奇抜なのは勘弁してくれよ」
せっかく贈ってもらったもんを箪笥の肥やしにすんのも申し訳ねぇしな。
「任しときー。めちゃカックイイの書いちゃうし。てゆーかカチッとした軍人さんぽくしたらいーんでしょー。なら余裕だっつーの〜♪」
フンフン鼻歌交じりに、ペンを走らせてる。
不安になって覗こうとすると——
「フシャーッ! まだ見ちゃダメだし!」
見せてくれねぇんだ。
ようやく描きあがった頃合いに覗こうとしても、スルスルッと筒にしちまって、
「こーゆーのは、出来たの着たときに『うおーう、カックイイ!』って喜ぶべきだし。サプライズだもーんっ」
……だとよ。
ベリルが意匠を書き終えたら、タイタニオ殿から貰った紹介状を手に、俺らは勧められた仕立て屋へ向かう。
「オレ、騎士みたいな感じになるのかな? ワクワクしちゃうぜ!」
「兄ちゃん時代を先取りしちゃうし。ファッションリーダー的な〜」
「おお! それ、なんかいいなっ」
これ、ロクなことにならん気がしてきた。
「王都で見る意匠とはだいぶ異なりましたが、素敵なお召し物でしたよ」
「服なんてなんでもいいんだがよ。とりあえず真っ新なの着とけば失礼には当たらんだろう」
「うふふっ。あの衣装に身を包んだアセーロさんを想像すると、私も胸が高鳴ってしまいます」
「そうかい」
服なんてどれも変わらん。羽と尻尾は禁止したから、あとは妙な色使いさえされなきゃどってことねぇだろ。
「ここだな」
到着したのは、年季を帯びた店構え。
「これはこれは、タリターナ侯爵様からのご紹介ですか」
と紹介状を受け取ったのは、年老いた店主。
他には誰もいないようだ。
タイタニオ殿の勧めだからスゲェ高級店を想像してたんだが、仕立て屋ってより古着の仕立て直しが主って雰囲気の庶民的な服屋だった。
「タリターナ? タイタニオどのじゃないのー?」
「タイタニオ・デ・タリターナ侯爵殿だ。オマエがちゃんと挨拶しねぇで『タイタニオどの』呼ばわりしたからそれでいいかって流されたんだよ」
「そっかそっかー。めちゃ仲良しってことだねー」
違うけど訂正すんのも面倒い。
つうか、店主を待たしたまんまはよくねぇ。
「俺ぁアセーロ・デ・トルトゥーガだ。実は、極めて私的な場ではあるんだが、王宮に顔を出すことになっちまってな……」
「それはそれは。おめでとうございます。して、その衣装作りを当店にご依頼くださると、そういうことでしょうか?」
「話が早くて助かる。なにぶん急な話で、急かしちまうみてぇで申し訳ねんだが納期は——」
「なる早でー!」
まーたベリルがしゃしゃってきた。いや、今回はコイツが贈ってくれるっつう話だから、ちっと違うのか。
「な、なるはや、とは?」
「なるべく早くって意味だし。てか、おじーちゃんが服の職人さん?」
「ええ。そうですよ。私一人で切り盛りしております」
普通なら見習いがゴロゴロいそうなもんだが、なんか事情でもあるんだろうか。
おっといけねぇ。そういう詮索はいかんな。
「りょー。じゃー打ち合わせしよーう」
「お嬢さんと、ですか?」
「あーしのことは『小悪魔』でいーし」
「おいベリル。ちゃんと名乗れ」
「はーい。あーしベリル。ぴっちぴちの五歳児でーす。いぇい!」
頭抱えたくなるな。っとによ。
「ヒスイ。あとでキッチリ仕込んどいてくれ」
「あら、とても元気で可愛らしいご挨拶だと思いますけれど……、いけませんか?」
「さっきのを陛下の前でやらかされたら、俺ぁ心労でぶっ倒れる自信あんぞ」
「またまた、アセーロさんったら」
なにをコロコロ笑ってやがる。カケラも冗談なんて言ってねぇからな。ホント頼むぞ。
「この子が意匠を考えた服を形にして欲しいのです。まずは可能かどうかお話だけでも聞いていただけませんか?」
と、ヒスイは困惑する店主に後押しした。
「それは構いませんが……」
しかし、見た目三歳児が仕事に口を挟んでくるとなると、店主だっていい顔はしない。職人なら当然だ。
人が良いのかイヤな顔はみせないが、明らかな困り顔してて申し訳ない気分になっちまう。
「ぜーったい余裕だってー。おじーちゃんはめちゃ凄腕の服職人さんだって、あーしわかるもーん。普通に生地から服作んのも難しーけどさー、サイズ変えたりリメイクするのって、むちゃくちゃテクいるじゃーん」
「ええと……?」
「んんーとね、サイズは寸法って意味ね。でー、大っきさ変えたり古着をオシャレに改造するのって『何気に一から作るより難しーんじゃね』って、そーゆー話ぃ」
「…………。お嬢さんはまだ幼いのに、お詳しいのですね」
「ひひっ。でっしょー」
ベリルのやつ。どうせ聞き齧った程度の知識だろうに、偉っそうにしやがって。
だが、職人としての興味は引けたらしい。
「承りました。ではみなさま、店先で立ち話もなんですので、奥でお話を聞かせてください」
店内へと招かれた。
俺とイエーロは門外漢もいいところだからな。寸法測られるまではカカシみてぇに突っ立っておくさ。




