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断れない類のお誘い②


 お二方んとこには伺う予定だったからいいんだけどよ、急ぎの用件ってのにまったく心当たりがねぇ。

 ちっと居心地悪そうに見えるし、いったいなんの用だろうか?

 なんにせよ、立ち話はいかんな。


「おおーう。将軍さまとタイタニオどのじゃーん。こないだぶりー」

「おお、ベリル嬢か。いただいた装飾品のう、孫たちがたいそう喜んでおったぞ」

「うちの娘たちも、ぜひベリル嬢と話をしたい言っておった」

「マジ! めちゃ嬉しーし。ぜんぜん会いに行くっつーのー。てか今日はそのお誘いみたいな?」


「「い、いや……」」


 この二人が揃って言い淀むってよっぽどだぞ。

 とにかく上がってもらうか。


「ベリル。もう部屋は片してあるよな?」

「うん。ママがキレイにしてたし」

「——ぁ、いやいやいやいやっ。我らは手紙を渡しに参ったまで。急に押しかけたのは迷惑であったな。うむ」

「うむうむ。そうだのう。今日のところは手紙の受け渡しだけで、のちほどまた改めて話そうではないか。うむ。それがよい」


 なんか帰りたがってないか?

 宿だから大した持て成しはできんが、そういう理由でもなさそうだ。


 というか、手紙? 誰からの? 

 この大物二人が手紙を自ら渡しにきた。そのうえ渡すだけ渡して立ち去ろうとしてる。

 これ、どう考えても面倒な話だろ。厄介事の匂いがプンプンするんだが……。


「つーか父ちゃん。ここ、お部屋いっぱいあるじゃーん。ちっと待っててー」

「——ベ、ベリル嬢。ちと待たれよ」


 なーんてタイタニオ殿の制止は、ベリルの耳には届かない。


「あの、誰からの手紙か聞いても?」

「へ、陛下から……のっ」


 のっ——じゃねぇよッッ‼︎

 俺宛に? 国王陛下が? 将軍と侯爵を使いっ走りにして⁇ まるで想像もつかん事態だ。


 気まずそうな二人と、固まったままの俺。

 そこへベリルが宿の者を伴って戻ってきた。


「父ちゃーん。いいってー」

「なにが?」

「お話するための部屋貸してくれるってさー」

「談話室などではありませんが、一室ご用意できましたのでお使いくださいませ」

「ひひっ。ホテルで密談とか、マジ大物政治家みたーい」


 紛れもねぇ大物政治家だぞ、この二人は。


「お菓子とお茶はママと兄ちゃんが買ってくるってさー」


 そう俺に言うと、ベリルは客人二人のところへてってく寄っていき、手を引く。


「将軍さま、タイタニオどの。今日はあーしがゴチるし。めっちゃおもてなししちゃうかんね〜っ。つーことで、二名さまごあんなーい」


「「……お、お招きに預かり光栄だ」」



 宿の者が用意してくれた部屋の間取りは、俺らの部屋と変わらず、話するだけなら充分な広さだ。


 でだ。俺は渡された手紙を読んでる。つうか読んだ。いまは目を通してんのは三回目。

 どれだけ読み返しても内容は変わらないっつうのに、一向に頭が理解したがらねぇ。


 俺はテーブルに手紙を置き、背もたれに体重を預けた。

 とても客前でする態度じゃねぇけど、こうでもしねぇとタメ息が漏れちまいそうなんだ。


 断りなくベリルは陛下からの手紙に手を伸ばすが、その内容を知ったあとじゃあ止める気力すら湧かねぇ。


「ほーほー、ほほーう」

「ベリル嬢は、その歳で文字が読めるのか?」

「まーねー。つーかこれ、手紙ってゆーか招待状みたいなもんじゃーん。やったね父ちゃん!」


 ちっともよくねぇよ。


「そ、そうだのう。トルトゥーガ殿は最初から魔導ギアの献上を希望しておったしの」

「直に手渡せるなら、なにかと都合もよかろう」


 それだけならな。


「なんで父ちゃんプリプリしてんのさー。せっかく将軍さまとタイタニオどのがきてくれたってゆーのにー。そーゆーのマジよくないしー」

「オメェわかってて言ってんだろ」

「ひひっ。お姫さまとお妃さまと会えんのマジ楽しみ〜」

「そうかそうか。王妃殿下も王女殿下も、ベリル嬢と話すのを楽しみにしておられるそうだぞ」

「いやはや、まっこと名誉なことですな」

「うむうむ」


 チッ。さっきからチラチラと目でやり取りしやがって。


「「ワッハッハ。では我々はここらで」」


 将軍閣下とタイタニオ殿は息ぴったりに逃げ出そうとした。

 ——咄嗟に俺は立ち上がって二人の肩を掴む。ちぃとばかり余分に力を込めて。


「まぁまぁ、そう仰らずに。いま女房らが茶の支度をしてますんで、ゆっくりしてってくださいよ。ねぇ」

「ト、トルトゥーガ殿っ。か、肩、いたかたっ」

「わ、わかった。もう逃げようなどとせんから。そう威圧するでない」


 二人が腰を下ろしたところで、俺も座り直す。


「どうして献上って話が私的な茶会の誘いに変わっちまったのか、キッチリご説明願います」


 いい加減、現実と向き合うべきか。


 件の国王陛下からの手紙、ザックリ要約するとこうなる。


『魔導ギアの献上すごく嬉しい。せっかくだからお茶でもして話そう。うちの妻もお宅の装飾品に興味があるそうで同席するから。あと娘も。お嬢さんもいっしょに気軽に遊びに来てね。楽しみにしてるよ』 


 ……つう感じだ。

 なにがどうなって、どうしてこうなったのやら。


 この二人が急いできたってことは、原因はお二方にもあるんだろう。

 おおかた、いったん手紙を渡して去り、読んだ俺が諦めの境地に達した頃合いを見計らって事情を説明するつもりだったんだ。そうに違いない。


 となると、ベリルが強引に引き留めたのは大手柄だな。あとで褒めてやろう。

 つってもコイツは装飾品の感想を聞きたかっただけだろうけどよ。


「実は先日、トルトゥーガ殿が帰ったあとに、うちの孫たちが王宮にきておると耳にしてのう」

「そこには、うちの娘たちもいてな……」

「揃って王女殿下とお茶をしておったのだよ」

「まさかその場で装飾品を渡して、王女様の目に止まったとか言わないですよね?」


「「そのまさかだ」」


 ありがたい話ではある。手紙云々がなければ、ベリルと二人してニタニタ皮算用してたに違いない。

 だけど腑に落ちねぇ。


「そこまで興味を引くほどのもんじゃないと思うんですが」

「父ちゃん! あーしにめちゃ失礼だし」

「オメェも変に思えよ。なんで装飾品を気に入ったからってその職人に会おうって話になるんだ? 用があるのは品物の方だろうが」

「……んんーと、そーかも!」


 俺の勘は当たりみてぇだ。

 二人は気まずそうに目を逸らした。


「まず、王女殿下がたいそう興味を示されてのう。その日はワシからトルトゥーガ殿に伝えておくと話して納得していただいたのだが……」

「同日に王妃殿下の耳へ、妙な報告がいくつも届いたそうなのだ」


 ここまで聞いて、俺は教会での出来事を誰かが喋ったのかと当たりをつけた。が、結果は誰も口を割っていなかった。いろんな話が憶測に繋がったってことらしい。


 どんな証言を元にしたかといえば——


 大柄な大鬼種(オーガ)の混血らしき男と、妙な格好した幼女が教会へ出入りしているのを見たんだ。たぶん人攫いなどではないと思うけど、男が大銀貨をチラつかせていたので念のため通報しといた。(王都住まい職人談)


 教会へ出入りしていた者が、神官から口止め料を受け取ったようだ。これは高評価を得た捧げ物があったに違いない。(王都住まい商人談)


 悪魔の仮装をした幼女が、大きく膨らんだ硬貨袋を抱えていて『金貨だなんだ』と大騒ぎ。周囲の者すべてを泥棒に向けるような目で威嚇してた。

 保護者らしい大男も同じく、まるで戦場で単騎敵地に取り残されたような警戒ぶりだった。近寄ったらいきなりメンチ切られて死ぬほど怖かったぜ。(王都住まい冒険者談)


 妙な親子が、通りがかりの裕福そうな貴族に『トルトゥーガ殿』って呼びかけられたら、飛び上がって驚いていたのよ。あまりの大声にびっくりしたわ。(王都住まい主婦談)


 本日、王宮に妙な服装をしたお客様がいらっしゃいました。タイタニオ侯爵様のお連れの方のようです。

 見るからにトルトゥーガの方とわかる大柄な男性に手を引かれた、蠢く羽や尾の装飾品を身につけた幼女。

 その子は親しげに近衛兵に話しかけては、手足に大量につけた指輪や腕輪などを見せびらかすようにしていて、とても微笑ましかったです。(王宮勤め女官談)


 その日、王宮で開かれていたお茶会で披露された装飾品はとても見事なものでした。

 これまで目にしたことのない意匠で、材質も宝石とはまた違う美しさ。しかも先の戦のあとから噂になっている魔導ギアと同素材だという話ではないですか。早くわたくしの品が欲しいものですわ(王女殿下談)


 ——てな噂話の数々。


 拾い集めて選別して繋げて、そして行き着いた結論は『トルトゥーガの幼女が作った装飾品は、神からものすごい高評価を得たらしい』となるわけか。


 つまり大部分が自業自得……だな。


 最後の噂の裏付けに、お二方が大きくかかわってはいるが。

 そのぶんはこうやって気を回してくれてんだし、文句は言えねぇか。


 俺が冷静になってから話そうとしたってぇのも腑に落ちた。


「よく街や城内の噂話なんか集めてましたね」

「うむ。王妃殿下は官僚からの報告だけを鵜呑みにされぬ。独自に民の声を拾いあげ判断される統治者として素晴らしい見識の持ち主なのでの」


 それで装飾品の出所を探るってのは、税の無駄遣いじゃねぇのか。べつにそれだけのためにやってんじゃねぇんだろうけどよ。


「トルトゥーガ殿の危惧されていることもわかっているつもりだ」

「陛下からは、正式な謁見ではないので『普段の服装で構わない』と仰せつかっておる。儀礼的な振る舞いも求めんとものう」


 そいつぁ助かるが……ん、待て。


「このお誘い、まさか全員で来いって話じゃないですよね?」

「いかに陛下といえ、緊急時でもないのに大魔導殿を呼びつけたりはせんじゃろうて。奥方本人が望まれるのならば同行された方がよいとは思うがの」


 王国の事情に関わらないから大人しくしとくって立場をとってるダークエルフのコミューン。その首領をムリに茶に誘うなんてマネは、さすがにしねぇか。


 だがな……。


「いぇーい! お姫さまとお妃さまお呼ばれしちった〜っ。ひししっ。あーしがママも誘っちゃうからヘーキヘーキ。いっしょに作ったアクセもあるもーん」


 ……だよな。


「ちなみに王家の方以外で参加されるのは?」

「うむ。陛下はこぢんまりした茶会にしたいそうでの、ワシと右大臣殿左大臣殿、あとは宮廷魔道士筆頭殿が同席させてもらう」


 ——ふっざけんな! ミネラリアの上から五番目まで勢揃いじゃねぇかよっ。


 ポルタシオ将軍閣下と宮廷魔道士筆頭ボロウン殿は面識がある。が、左大臣と右大臣だぁあ? んな雲の上の存在、誰がやってるのかもわからんぞ。

 ちなみに、左大臣が内政、右大臣が外交の役目を担ってるそうだが、そのチカラ関係はよく知らん。


 王様と重臣一堂か……。

 住む世界が違いすぎる。まだ猪豚種(オーク)牛頭種(ミノタウロス)ども相手に酒でも飲んでた方が会話は弾みそうだ。


「はぁ〜あ……。いますぐ魔物の大群でも攻めてこねぇかな」

「これこれトルトゥーガ殿。滅多なことを言うでない」

「陛下も、今回に限り振る舞いなどには多くを求めないと仰せになっておる。そこまで心配せずともよいのではないかのう」

「それ、ベリルの問題幼児っぷりを知ったうえで言い切れますか?」


「「…………」」


 黙んねぇでくれよ。頼むから。

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