問題幼児の、王都デビュー⑭
俺の膝の上に立ったベリルは、ふんすっと偉そうに腕を組む。
「だいたい四で、たまに三だし」
「……それは拍の話かい? お嬢さん」
「あーしのことは小悪魔って呼ぶといーし」
「で、小悪魔さん。どうなんだい?」
「そーそー。たぶん何分の何拍子みたいな感じー。あーしもよくわかんなーい」
音楽の教養なんてカケラもない俺は、なんの話かちんぷんかんぷんだ。だが、ベリルがテキトーこいてるのだけはわかる。
「あのよう、兄さん方。見てのとおりのガキだから、聞きたいことを聞いてやった方が話が早ぇと思うぜ」
「父ちゃんっ。あーしの音楽教室に口ださないでー!」
「おうおう。そりゃあ済まんな」
そっから、詩人と冒険者の兄ちゃんは各々に尋ねていく。
ベリルは、やれ「裏にノッとけばいーし」やら「アップとダウンがあんのーっ」とか「バイブスだし、グルーブ感だし、ビートは刻むべし」などなど意味不明なことばっかり答えてた。
それでもなんとか実習込みで伝えられてった結果、納得できるとこまでモノにできたみてぇだ。
兄さん方は満足そうにコンコンカツカツやってるから、きっとそうなんだろう。
ようやく音楽教室とやらが終わったんで、俺はべリルをイスに座らせる。
ずっと落っこちねぇように支えてたから、ぜんぜん酒が飲めてなかったんだ。
「よーし。せっかく四人いるしゲームしよーよ、ゲームッ」
「また唐突だね、小悪魔ちゃん」
「げえむ、とは?」
「遊びのことらしい。んで、ベリルはどんな遊びがしてぇんだ。面白そうなら兄さん方も付き合ってくれるかもしれんぞ」
「ひひっ。こーゆーときってホントは王様ゲームが定番なんだけどー、ぜーったい父ちゃんにゴッツンされちゃうしー、だからコップにコイン入れるやつにするーっ」
ずいぶんと嘗めた名前の遊びをほざきやがったが、珍しく自重したんで見逃してやる。
「ルールはめちゃかんたーん。コップに水を入れて、そこにコイン……んんーと、さっきお釣りでもらった銅貨でいーや。これ入れてくだけー」
「そのうち溢れてしまうよ」
「そしたら負けーっ」
なるほど。水を零さんように銅貨を入れていけばいいのか。コイツにしちゃあまともな遊びだ。
ガキの遊びに付き合ってもらえるか二人に目配せすると、俺より興味を持ってるようだった。
酒場やるには都合よさそうな遊びだもんな。きっとそういうこったろ。
「あんましお行儀よくないけどー、酒場ならありっしょ〜。あっ、父ちゃん。ママには内緒ねー」
「ああ、わぁった」
「んじゃ冒険者のお兄さん。水おねがーい」
ベリルが空になったカップを手渡すと、
「任せな。〝製水〟」
と魔法でカップを水で満たした。
「ほほーう。これが魔法かーっ」
「ああ、水を生み出す魔法さ」
ん? ベリルのやつ、魔法を知らんフリしていったいなんのつもりだ? 余計なこと言うよりはいいんだけどよ。
「うんうん。水嵩もイイ感じー。冒険者のお兄さんやるねー」
「小悪魔ちゃん。そろそろ名前で呼んでくれよ」
「えっと……」
「リーティオ」
「うん。リーティオくんね。オッケー」
「みんなにも、僕のことは吟遊詩人って呼んでほしいな。その呼ばれ方、気に入ったから」
いまさらの自己紹介のようなものを挟んで、ようやくベリルが考えた遊びがはじまる。
「んじゃ、父ちゃんから! 次は吟遊詩人さん、その次はリーティオくん、最後はあーしって順番ねーっ」
ったく。こんなもんのなにが楽しいか知らんが、一回だけ付き合ってやるか。ほれっと。
「サクサクいこーっ。はい、つぎつぎーっ」
「僕の番だね。なんかドキドキするよ」
「徐々に嵩が増していくのが、緊張感あっていいな」
こんな具合に、釣り銭の銅貨を一枚一枚カップに放り込んでいく。
酒場の者から文句言われるかと思ったが、この程度のマネはしょっちゅうの慣れっこみてぇで、苦笑いされただけだった。
んで、三周目に突入。
水面は、カップの縁まできてる。
「ふひひっ。父ちゃんの番であふれちゃうかもよー」
「バッカ。水ってのはな、多少表面が膨らむもんなんだ——よっと。ほれ見ろ」
水を零す間抜けはテメェだ。ベリル。
「おおーう。父ちゃんも表面張力知ってたかー。やっぱし頭いーし。顔怖ぇのに」
一言余計だ。
つづく吟遊詩人もリーティオも、そしてベリルも無事に投入していって、また俺の番が回ってきた。
こいつぁどうしたもんか。
負けたってどうってことない。なんなら最初は負けてやるつもりだった。だが、ベリルの性悪ヅラ見てたら気が変わっちまったぞ。
「ちっと静かにしとけよ。慎重にやっから」
「父ちゃんビビッてるー」
「ビビッてねぇ。よっく見とけ!」
水面を揺らさねぇよう慎重に、垂直に銅貨を沈めた。
——よっし! ざまぁみろってんだ。
つづく吟遊詩人もリーティオも、ヒヤヒヤドキドキとガキみてぇにはじゃぎながら銅貨を沈めてく。
そしてベリルの番。
俺の見立てでは、あと二枚はいける。
「ほら、次はテメェの番だぞ」
「まだぜんぜんヘーキだしっ。おりゃっ」
水面は揺れた……。
でも平気み——テェンメェこら汚ねぇぞ‼︎
俺の目は誤魔化されねぇかんなっ。
ベリルのやつ魔法を使いやがった。水面に触れたとき、握りこんだ手から銅貨の死角になってる面を伝わせて、一滴だけ水を注ぎやがったんだ。
くっそ。コイツの魔法については内緒ってことになってるから、この場で文句も言えねぇ。
わざわざリーティオに水を汲ませたのも魔法を知らんフリしたのも、このための布石か!
チラリとベリルの方を向いて確信した。
コイツ、俺をハメる気だ。ニッタ〜ッて、とんでもなく邪悪なツラしてやがるから間違いねぇ。
「ほらほら〜。父ちゃ〜ん、は〜や〜く〜ぅ。くひっ」
煽りやがって、このやろっ。オメェがその気なら俺も容赦しねぇぞ。
使ってやるよ。魔法を。
だが、たかが遊びでも約束事は守る。水は弄らん。
俺は爪の先にまで神経を張り巡らすように魔力を伝わせた。
僅かな手の震えすらなしだ。
想像するのは水の表面に張った膜に、気づかれないうちに銅貨を紛れ込ませて、沈める。その際に水面が揺れることさえ許さない。そういう絵面を想い浮かべ——
呼吸すら動作の邪魔になる。そんくれぇの集中力で、一枚、沈めた。
「おっ、おっ、おお〜うっ」
水面は揺れる……が、膨らみを保ったまま。
「父ちゃんすごいすごーい!」
ふぅ〜っ。どうやら成功だ。
「つ、次は僕だね」
詩人は、しばらくうんうん唸って、結局は隅から滑らせるって手を選んだらしい。
で、水の表面に銅貨が触れると——ツツーッ。
「はーい。吟遊詩人さんアウトー!」
「ああーっ。ダメだったかー」
「あっはっはっ。いやー楽しかった」
まぁまぁ楽しめた。まぁまぁだけどな。
「んじゃー吟遊詩人さん、罰ゲームだし」
後出しでなんか要求する気か。あんまり無体なこと言うようなら止めねぇと。
「はい。これー」
ベリルは、水浸しの銅貨をカップごとを差し出した。
「それ残りのお小遣いぜんぶだし。だからごめんだけど足んないぶんは罰ゲームってことでー。あーし、お姫さまの歌聞きたーいっ」
「小悪魔さん、さっきみたいに樽打ちをお願いできる?」
「もっちろーん」
「なら、引き受けた」
上手いこと他の空カップに水だけ捨てて、銅貨を抜き取ると、詩人はリュートを担いで演奏場所へ戻っていく。
「オレは仲間たちにいまの遊び教えてくるよ。いろいろありがとう、小悪魔ちゃん」
「いーっていーってー。リーティオくんとあーしの仲じゃーん」
「あははっ。どういう仲さ。旦那も、長々居座って悪かったね」
「こっちこそ、ガキの相手させちまって済まなかったな」
「ぜんぜん。それじゃ、またどこかで」
リーティオも仲間んとこに戻ってく。さっそく銅貨を集めてる様子だから、さっきの遊びをやるんだろう。
「ベリル。せっかくの小遣いをキレイに使っちまったな」
「宵越しの銭はもたねーし」
「なんだ、そりゃ」
また意味のわからんことを言いやがってからに。
ややあって酒場には、しっとりとした調べが響く。
その音色に、酔いが回った連中は聞き惚れて、うとうと微睡む。
酒場には似つかわしくない問題幼児もはしゃぎ疲れたのか、ずいぶんと瞼が重そうだ。
「おい、眠いなら帰るか?」
「ぅぅ〜ん? お姫さまの歌まだだしー。つーか、あーしが寝ちゃったら代わりに父ちゃん太鼓やっといてねー」
ムチャ言うな。
コテンといく前に、ベリルをおぶって会計を済す。
事情を察してくれたのか、詩人は目礼で別れを告げてくれた。
リーティオの方は……遊びに夢中で気づいてねぇみてぇだ。
受け取った釣り銭をしまい、俺らは酒場をあとにした。
これから夜だって時分の街を、宿に向かって歩いていく。
背中のベリルはいい気なもんで、スピースピー寝息をたててやがる。
今日は奮発する予定だったのに、けっこうカネが余っちまった。
はじめは豪華なメシでも食わせてやろうと考えてたんだがな。ベリルは楽しんだみてぇだし、よしとしとくか。
これ以上ないってくらい俺を振りまわしてくれたことだしよ。
しっかし、スッゲェ長ぇ一日だったぜ。




