問題幼児の、王都デビュー⑬
竜騎士でも騎士団でも、ねぇよ‼︎
誇張も誇張、ひでぇ誇張だ。そこらへんは題材にされてる張本人が一番よくわかる。つまりこいつぁ俺らの歌だ。
「——ベリルテメェ!」
「いま演奏中じゃん。父ちゃん『お静かに』だし」
なんて言われちゃあ俺としてもデッカい声だすのは憚られる。思ってたより聞いてるヤツが多いしな。
つうかベリルよぉ。俺に静かにしろって言っておいて、テメェはなにポカスカ樽を叩いてんだ?
しっかし不思議だ。雑音に聞こえないんだよな。拍でも打ってんのかと思ったけど、なんか違う。
行軍の足踏みや剣戟を、ポコポコカツカツ樽を鳴らして表現してんのか。やたらめったら叩いてるふうなのに、上手いこと歌を引き立ててやがる。
マネしてテーブルを叩く客も現れて、ソイツらに向け、ベリルは棒をカンカン打ち合わせて手拍子を要求。
二周目からは他の客も歌に合いの手をいれる。
「オォ、オォ〜ク! 槍穿つ突き屠るトルトゥゥゥゥゥ〜ゥガァァァ〜♪ 竜っ、騎士っ、団っ♪」
「「「りゅう、きっし、だぁ〜ん♪」」」
拳を振り上げて音頭をとる者。
身体を揺らし手拍子を打つ者。
空の小皿をスプーンで叩く者。
行儀もへったくれもねぇが、こいつがここでの正しい楽しみ方だって言われても納得しちまいそうな一体感があった。知らねぇ顔ばかりだっつうのに。
聴衆が熱を帯びるほどに詩人が刻むリュートの音色も乱暴に荒々しく、その盛り上がりに負けないよう歌声を響かせる。
喉を震わせて叫ぶ。顔を真っ赤にして。
そうやって、歌いきった。
喝采が湧きおこり、次々と満足した客が演奏を讃えに、おひねりを渡そうとリュート弾きのところへ向かってく。
俺だってそうしてぇ。でも、なぁ……。
「おうベリルテメェ、どういうつもりだ」
「言ったじゃーん。あーしの『奢りだぜい』ってさー」
「いまの、リュート弾きの兄ちゃんに曲頼んだのもか?」
「そーそー。もしかしたらあるんじゃないかなーって。したらさー、こないだの戦争のあとから流行ってるらしーよー。父ちゃんたちの、う・た。ひひっ」
コイツがおちょくってきてんのはわかるんだが、微妙に頬が緩んじまって困る。
「父ちゃんヘンな顔してるしー」
「うっせ」
なんとも言えん小っ恥ずかしい気分ではあるが、満足だ。
注文した料理も食い尽くしたし、ベリルもご満悦みてぇだし、そろそろ帰ぇるか。
「旦那。少しいいかい?」
会計を済ませようと店の者に声をかけたら、酒場の隅っこで管巻いてた冒険者のうちの一人が話しかけてきた。
「おーっと。これって『一杯奢るぜい』されちゃうパターンだったり?」
「愉快なお嬢ちゃんだな。いいよ。ここの安酒でよければ奢らせてくれ」
「安酒は余計ですよ。火酒や果実酒を置いてもリーティオさんたちは頼めないでしょう。で、お客さんたち注文は?」
俺は会計しようとしてたんだが、
「あーし、エール!」
ベリルが頼んじまった。
「アホか。ガキは母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ。俺にエールと、コイツにミルクを頼む」
「おおーう、さっすが父ちゃん! チンピラ役うまーい。あーしミルクね、あったらハチミツ入れてちょーだーい」
「はい。少々お待ちをー」
店の者が去ってったあと、俺は遠慮なしな注文しちまったことを冒険者の男に「悪ぃな」詫びた。
「いや、構わないさ。イイもんを見せてもらったから。心ばかりの礼だよ」
「でー、冒険者のお兄さ〜ん。あーしになにが聞きてーんだ〜い?」
なにかしらがベリルの琴線に触れたらしく、テーブルに身を預けて……っつっても背が足りんからしがみついてるようにしか見えねぇ。
どうも、コイツんなかでは色っぽくシナつくってるつもりのようだが、猫が伸びでもしてるみてぇだ。
その妙ちくりんな様子に、冒険者の男は唖然とするも一瞬だけ。
店の者が頼んだ品を置いてくとズイッと寄り、不審にならない程度に声を潜めて聞いてくる。
「アンタら、トルトゥーガゆかりの者じゃないか?」
おや、どっかで会ったか?
「おおっと旦那、そんな怖い顔しないでくれよ。他意はないんだ。もちろんおかしなマネをしようってんでもない。ただの興味本位の質問さ」
俺、コイツは顔見知りかなって記憶を探ってただけなんだけどな……。
まぁ妙なマネしねぇってんなら構わねぇよ。
「ふっ。知らねー仲じゃねーし」
なんだその訳知り顔は。
「やっぱりそうかい」
「アンタはなんで、そう思ったんだ?」
「旦那の角とガタイを見てな。どっからどう見ても大鬼種の混血だろ。だからさ」
「お兄さん、若ぇのにイイィ目ぇしてるし」
見た目三歳児がそれを言うか。
「………。アッハハハハハ! お嬢ちゃん面白いこと言うなぁ」
リーティオとかいう冒険者は気ぃ悪くしてねぇみてぇだから、ベリルのゴッコ遊びは放っとけばいいか。こんなちんちくりんの言葉を真に受けるような狭量なヤツでもなさそうだしよ。
「いやぁ笑った〜っ。実はさ、戦場でアンタらを遠目に見たことがあるんだよ」
「こないだのか?」
「いや、小さな領地同士の小競り合い」
突然ベリルが袖を引っ張ってくる。
「——父ちゃん大変たいへんっ」
「んだ?」
「早くこの人始末しないとっ。『戦場で俺の姿を見て生き残ってるヤツはいねーぜ』伝説が嘘になっちゃうし!」
「おいおい、お嬢ちゃん。怖いこと言わないでくれよ」
まったくだ。
でも、ちょっくら言ってみてぇセリフではあるんだがな。
「ひししっ。いっけねー。冒険者のお兄さんは『一杯奢るぜい』してくれたイイ人だった。んじゃー戦場の悪夢の生き証人ってことでいーし。つーか、なんであーしらに話しかけてきたのー? 復讐? 御礼参り? それとも仲間の仇討ち?」
「そんな恐ろしいマネしないよ。恨むどころか、むしろ感謝してるくらいなんだ」
ベリルが首を傾げる。俺も似たような顔をしてると思う。
「アンタら、デカいドラゴンみたいな魔物をけしかけてくるだろ。あれを目の当たりにした依頼主は、たいてい腰抜かして逃げだすからさ。俺らは何日か陣地で管巻いて睨めっこ。あとは依頼主と駆けっこしたら報酬がもらえるってわけだ。楽な仕事させてもらって感謝しかないよ」
「おおーう。スッポン大活躍じゃーん。なーる。冒険者のお兄さんはそのお礼に来たってわけかー」
「いいや。違うよ」
そう言うと、リーティオはベリルの前に置いてある小樽に目を向けた。
「お嬢ちゃんがやってた樽打ちの妙技を教えてもらいたくて、声をかけたんだ」
理由を聞いたベリルはこっちに顔を向けてくる。
「でぃひっ」
もちろん『あーしすごくなーい?』ってぇ手柄を見せびらかすような可愛げのないニヤケヅラを。
「べつにいーんだけどー。なんでー?」
「樽ならだいたいどこでも手に入る。それにカネもかからないだろ。うちの実家、リリウム領っていう貧乏領なんだけど、ぜんぜん娯楽がないんだ。だからさ、みんなに教えてやったら喜ぶかなって」
おお、リリウム殿んところの息子さんか。魔導ギアの見積もりで話させてもらったな。
「俺は気ままに冒険者なんかやってる穀潰しの三男坊だけどさ、樽を叩くだけでこんなに楽しい気分になれるなら、ぜひうちの領でも広めてやりたい」
ほう。やっぱり教育なのかね? それとも親の背を見て育ったからか。心根の真っ直ぐな若者だ。
「父ちゃん。ちょっと時間かかっちゃうかもだけど、教えてあげていーい?」
「ああ。構わんぞ。俺もオメェも、この兄さんには『一杯奢るぜい』をしてもらったしな」
いったん、リーティオは仲間のところへ『こっちに長居する』と告げに行く。んで戻ってくるとベリルの隣の席に腰をおろした。
すると、また別の者が話しかけてきたんだ。
「お嬢さん。僕にも、さっきの樽打ちの妙技を教えてもらえないかな」
「おおーう、吟遊詩人さんじゃーん。さっきはどーもー。めちゃ最高だったぜーい! いぇーい!」
ベリルは可否の返事を放っぽって、相手に手のひらを向けた。そんで詩人が「い、いぇぇい?」と、わけもわからず身振りを合わせたら、その手をパチンと打ち鳴らす。
「んじゃー、二人まとめて弟子にしちゃうし!」




