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問題幼児の、王都デビュー⑫


 まだ冒険者も少ねぇ時間帯だ。一般客が多いくらいだし、少しのあいだなら平気か。

 そもそも王都周辺で仕事してる連中なら、そうそう知った顔もいねぇだろ。


「ご注文はお決まりですか?」

「とりあえず茶ぁ二つ」


 なんか王都についてから茶ぁばっかだな。


「ちっちっちー。お客さーん、ここは酒場だし。頼むんなら酒を頼みなー」

「なに言ってんだ、オメェ」

「なにって決まってんじゃーん。酒場だからお酒を注文すんのー。お姉さーん。あーしと父ちゃんのぶん、エール二つに変更してー」

「…………エールと果実水でいいですか?」

「すまん。それで頼む」


 ったく。まだ酒飲む時間には早ぇよ。

 ま、まぁ頼んじまったもんはしょうがねぇ。さっさと飲んじまうに限んな。うむ。


「あーあー。あーしもお酒がよかったなー」

「ダメに決まってんだろ。つうかさっきの俺の話、聞いてたんか?」

「なんだっけ?」

「………オメェが賢いのかバカなのか、俺にはもう判断つかねぇや。まぁいい。頼んだモン空けたらさっさと出んぞ」

「はあー? ありえねーし。あーしまだ冒険者しゃん見てないもーん」

「ほれ、あっちの隅っこにいる連中がそうだ」


 これで納得してくれるとは思えねぇが、騒がれるよりマシだと、店の隅で管巻いてる連中がそうだって教えてやる。


「これで満足か?」

「んじゃー、あーしちっとお話ししてくんね——ちょ、引っぱんないでっ」

「おうコラ。オメェ、こっちついてからはしゃぎすぎだ」


 ちぃとばかしベリルのオイタがすぎる。

 せっかくの王都観光だってのに水を差したくはねぇが、いっぺん叱っとかねぇとなんねぇか。あーあ、気ぃ進まねぇ。


「もしかして……さ、父ちゃん怒ってる?」

「身に覚えあんだろ」

「まー、なくはないかもー。でもさー、冒険のお話聞かせしてもらうのがそんなにダメなん? あーし『一杯奢るぜい』ってするお小遣い持ってるし。ならよくなーい」

「なんだ、オメェは冒険の話が聞きてぇのか?」

「そりゃそーでしょー」


 女が好みそうな趣味ばかりかと思えば、そんなヤンチャ坊主が喜びそうなことにも興味があるとはな。


「だったらしばらく大人しくしとけ。もうちょいしたら、あっちにいるリュート持った兄ちゃんが聞かせてくれるだろうからよ」

「ほーほー。あの人って吟遊詩人さーん」


 ずいぶんと洒落た呼び方すんだな。


「どんな歌が流行ってるかは知らんが、ここでなら冒険者を題材にした歌になるだろうさ」

「めっちゃ楽しみー! いついつー!」


 ベリルが食いついたあたりで、店の者が頼んでたエールと果実水を持ってきた。


「お嬢ちゃんは歌に興味あるのかい。まだもう少し待ってもらうと思うけど、彼、近ごろ王都で話題の曲を披露してくれるのよ」


 つまり、ここで時間潰すならもっと注文しろっつうことか。


「そうかい。俺にはオススメの肉料理と煮豆の塩味と……、ベリルはどうする?」

「あーしシチューとパン食べたーい」

「んじゃシチューと、パンを二つ頼む」

「はい。少々お待ちをー」


 結局、長居するハメになっちまった。

 しかしよく考えてみりゃあ、子連れの俺を見て傭兵だなんて誰も思わんだろう。ならいいか。


「父ちゃーん。カンパイ」

「おっ。なんに乾杯だ?」

「そんなん決まってるしー。あーしの王都デビューを祝してー、カンパーイ!」

「おう。乾杯」


 カツンと木製カップをぶつけて、ゴクゴクッと半分くらい空けちまう。くぅうううう、沁みるぜ。


「おーお。父ちゃんイイ飲みっぷりー」

「へへっ、そうかい」

「お姉さーん。エールおかわりー」


 声かけられた店の者は『おかわり』に首を傾げたが、ベリルがカップを持ちあげたのを見て、意図を察したようだ。

 いかん。納得してる場合じゃねぇよ。


「おいベリル。なに勝手に注文してんだ」

「だってー、お酒の席ではグラス空のまんまにしたらダメだし。あーしってばそーゆー気配りできる子だもん」


 グラス? こいつぁカップだろうが。んなこたぁどうでもいいか。


「そういやオメェ宴会んとき、あちこち酒を注いでまわってたな」

「そーそー。あーしみたいな美人さんにお酌されて、みーんなめちゃ鼻の下びよーんだったし」


 べつにオメェじゃなくっても、酒なら誰が注いでも喜んで飲むと思うぞ、アイツらは。



 なんとなく、二人して酒場の空気を楽しんだ。

たぶん。ベリルもご機嫌なのに大人しくしてるから、きっとそうなんだろう。


 出入り口のゴタゴタで茶ぁだけって店に入った連中も、半分以上は帰ってる。

 残りはサボりか? 普通に飲みはじめてら。平和なこった。


 運ばれてきた料理を摘みつつ、ベリルに三杯めのおかわりを頼まれたところで、


「父ちゃん父ちゃん、はじまるよ!」

「おう」


 リュートを奏でる音が響く。


 はじめは会話の邪魔しない程度に……。

 それがだんだんと聴衆を集めると節を作り、いつしか旋律になっていく。


「はわわ、はわわぁ〜っ」


 ベリルはパチパチ手を打って、首を右へ左へまた右へってな具合に傾けては返して。


 高いイスから落っこちそうで見てらんねぇから、脇を抱えて膝の上に乗せてやった。

 だが、ベリルは俺の心配なんてどこ吹く風で、リュートの演奏を楽しんでやがる。


 ややあってピタリと音が止み、間をおくと、リュート弾きの兄ちゃんは景気よく弦を掻き鳴らす。


 そしてはじまる、魔獣退治の歌。


 迷宮に住まう魔獣をしばいて宝を掻っ攫うっつうありきたりな歌。だが、仲間との出会いや危機に陥った際、それから魔獣との戦闘、その場面ごとに旋律や歌の調子が変わって飽きさせねぇ。


 むしろどっぷり引き込まれちまったぜ。


「ふっおーうっ。ブラボーだしー!」


 気分よく酒も飲めたし、ベリルも楽しんだみてぇだし、来てよかったのかもな。


「ね、ね、ねっ、ねー父ちゃん!」

「果実水のおかわりか?」

「違うし。あーし、吟遊詩人さんにおひねりあげてくるーっ」


 ぴょんと膝から飛び降りたベリルは、たったかリュート弾きのところへいっちまった。

 ほーん。おおかた感動を伝えてぇんだろ。小遣いんなかでやりくりすんなら構わねぇよ。


 ……ん? そういやアイツ、銀貨しか持たしてなかったよな。

 ——いかんマズい。

 気づいたときには遅かった。


 銀貨を「はいどーぞ」と手渡そうとする見た目三歳児(ベリル)に困り顔を返して、キョロキョロと保護者を探すリュート弾きの兄ちゃん。


 あんのバカ! 学習しくされ、頼むからっ。


 だが叱りつけようと俺が席を立つ前に、店の者が割って入ってくれたみてぇだ。なら大丈夫か。

 ちっと三人で話し込んでるようだな……。

 どうせ『一杯奢るぜい』がしてぇんだろ。ほれみろ、やっぱりだ。

 店の者に銀貨を渡したら、ベリルのやつ、やり切った顔で戻ってきやがった。


「ただいまー」


 と戻ってくると、よじよじ隣のイスに座る。


「釣り銭はもらったのか?」

「あーぁ……持ってきてくれるってー」

「そりゃあ親切だな」

「ふひひっ。うん」


 なんだ? いまの意味深な笑みは?


 その答えはすぐにやってきた。


「ご注文のエールの小樽(しょうたる)でーす。あとお嬢ちゃん。頼まれた棒だけど、これでいいかい?」

「うん。イイ感じー。ありがとー」

「いえいえ。これお釣りね。ごゆっくりー」


 俺の前に置かれたエールの小樽。

 んで、ベリルんとこには、すりこぎ棒みてぇなのを二本と釣り銭の銅貨。


「父ちゃん。王都に連れてきてくれてありがとー。これ、あーしからの『奢りだぜい』」

「……お、おおう。オメェがそういうマネするたぁ驚きだ」


 ったく。はじめての小遣いなんだから好きに使えばいいもんをよ、親父に酒を贈るたぁ見上げた心意気だな。

 くぅ、ちょっくら目頭が……。


 なーんて油断した俺がバカだった。


 唐突にベリルはテーブルを棒でコンコン叩きはじめ、つづけて——


「はい、はい、はーい! 父ちゃんの、ちょっとイイとこ見ってみたい♪」


 妙な音頭をとる。

 ああ? なんだ? 周りの客がスゲェこっち見てんぞ。

 で、ベリルは小樽をこっちへズイズイッと押し出して、飲み干す無言劇をすると——


「そ〜れそれそれそれっ♪ やいのやいのやいのやいのっ♪」


 やたら煽ってくる。こいつを飲めってか。

 しかも他の客もノリやがって。


 上等じゃねぇか。テメェの小遣い、父ちゃんが飲み干してやんぞ。


 ゴクゴク、ゴクゴクゴクゴク…………。


「ぷっはぁ〜っ。どうだこんちきしょう!」

「おおーう! でーもー、ごちそーさまが聞こえな〜い♪」


 アホかコイツ!

 店の者も、なにニタニタヅラで代わりの小樽持ってきてんだよ。


「チッ。しゃあねぇな」


 俺はそれだけ言うと、またゴクゴクゴクゴクッと小樽を空にしてやった。

 んで透かさずテーブルに——ダン!


「ごちそうさんっ」

「おおーう! みんな拍手ぅううう!」


「「「スッゲェエエエ!」」」


 やめろいやめろい。んな大したこたぁしてねぇさ。こんなもん量のうちに入んねぇぜ。


「ねーねー、空になった樽ちょーだい」

「おん? んなもんどうすんだ?」

「まー見てなってー。つーか聞いてて、かなっ。ひししっ」


 性悪なツラしやがってからに。


「おうベリル。勿体ねぇから、もうあんな飲ませ方させんじゃねぇぞ」

「はーい」


 含み笑いしながら、ベリルは空の小樽を逆さまにして並べてる。

 縁をカツカツ叩いてみたり、裏をポコポコ鳴らしてみたり……。なにやってんだ、コイツ?


 んで、納得したみてぇにうんうん頷くと、リュート弾きの兄ちゃんの方を向いて大きく手を振った。

 すると弦が激しく掻き鳴らされて、突如、しっとりとしつつも力強い調べへ。


 俺はエールをチビチビやりながら、そいつに耳を傾けた。


 やがて演奏に歌がのる。

 高らかに、雄々しい美声で——

 

「おぉ、おぉ〜う♪ 天高く空舞うトルトゥゥゥゥゥ〜ゥガァァァ〜♪ 竜っ、騎士っ、団っ♪」

「りゅう、きっし、だぁ〜ん♪」

「——ブッフゥゥゥゥゥーッッッ‼︎」


 俺は盛大にエールを吹き出した。

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