問題幼児の、王都デビュー⑪
誤字報告ありがとうございます。
さーてどこにすっかな。ってな具合にベリルの手ぇ引いてメシ屋の店先を冷やかしてると、
「ここがイイ!」
問題幼児が一軒の酒場を指差した。
「悪ぃこと言わねぇから、ここはやめとこうぜ」
「ぜーったいここ!」
なんとなくガキが惹かれんのもわからなくはない。が、俺にとってはここは商売敵が屯ろする店だ。なるべく避けたい。
「冒険者ギルドとかマストだし!」
そう。正しくは冒険者ギルドに併設された酒場だ。いちおう一般客も利用できる。
だとしても当然なかでは冒険者共が管巻いてるに違ぇねぇ。まだ陽が高いからポツポツいるくれぇだろうけど。
「つうかオメェは、ここがどういう場所かわかってんのか?」
「そんなん常識だし。お酒飲んでる凶悪ヅラのイカちーオッチャンがいっぱいいてー、んで、あーしみたいなカワユイ女の子を連れてなか入ると『おうコラ。ここはガキの遊び場じゃねぇぞ、ォオン!』って感じで酔っ払いに絡まれちゃーう」
そこまで酷くねぇよ。ベリルんなかの冒険者は、どんだけ無法者なんだか。
「んでんで『そっちのカワイコちゃんと金目のモン置いて、さっさと失せな』みたいに言われてー、父ちゃんブチキレて大暴れ! したら『なんの騒ぎじゃ』ってギルドマスターが降りてくんのっ」
なんかコイツ、楽しそうだな。
「そっから『父ちゃんスゲェェェ』ってゆー成り上がりストーリーのはじまりはじまりー。あっ、でもでもー、こーゆーテンプレを外すってのがけっこー前からのパターン。だからヘーキヘーキ。問題なーし」
平気なもんか。もう厄介事の気配しかしねぇ。主にベリルがやらかす類のな。
「つうかよぁ、オメェは自分の親父の生業を忘れたんか?」
「ワルの親玉っ!」
「おうおう、スッカリ忘れてるみてぇだから聞かせてやる。キッチリそのデッカい頭に叩き込んどけ。俺ぁ傭兵だ。間違えんなっ」
「ひひひっ。もー冗談だってばー。はいはい、父ちゃんは傭兵ようへーっ。ばっちし丸〜っとデッカデカな頭にインプット——てぇ! あーしの頭はデッカくないっつーのっ。えいえい、このっこのっこのっ」
いていててっ。ベリルのやつ。やたら拳の握りがよくなったと思ったら、さっき渡したカネ握り込んでやがんな。
小遣いやったそばからなんつう使い方してくれてんだ。教会で話してくださった神官殿が見たら泣くぞ。
「てゆーかさー、傭兵さんって、冒険者しゃんと仲悪いとかそーゆー感じの設定なん?」
設定ってなんだよ。
「そりゃあ商売敵だろうが」
「ん?」
「ああ、言葉が足んなかったか。ええとな、俺らぁ傭兵ばっかしやってるが、たまに冒険者も傭兵やるんだよ。そしたら戦場でかち合うだろ」
生命のやり取りしたヤツが根城にしてる酒場に行くなんざぁ、ケンカ売ってるようなもんだと教えてやる。
頭の出来がいいベリルなら、これで充分わかっただろ。
「いやいや、ねーし」
「まだ説明が足りんか?」
「違くってー。会うはずないし。戦場で父ちゃん見て生き残ってる人いなくなーいって、あーしはそー言ってんのー」
「……んだよ、それ。ちっとカッコいいじゃねーか」
「ひひっ。でっしょー」
なーんてベリルに乗せられて、いい気分になってると、
「あの、お客さん……」
扉から酒場の者が困り顔を覗かせた。
しかも、あたりを見ると遠巻きに人が集ってやがる。悪い空気じゃねぇな。だがなんだ? 楽しそうに笑ってる⁇
「そこで漫談されると、うちにお客さん入ってこれません。やるなら店のなかでお願いします。というか、お二人はお客さんでいいんですよね?」
どうにも、デカい俺と妙ちくりんな格好したベリルのチグハグ感のせいで、話芸を披露してる親子にでも見えたみてぇだ。ホント勘弁してくれ。
「いや、迷惑かけてすまん。俺らは——」
「どーもどーも。あっ、おひねりはこっちねー。どーもー。財布ごとでもクレカでもオッケーでーす。ひひっ。どもどもー」
目ぇ離した隙に、ベリルは服の裾を捲ってトレー代わりにしたら、あちこち回ってそこへおひねりを放り込ませてやがった。
こんのアホたれ!
「——いったーい」
もちろん親父のゲンコツ炸裂だ。
「いますぐ返してこい!」
「くぅううっ。なんでさー。こーゆーのってお礼だし、好意だしー。つーか体罰はんたーい」
「あん? 体罰ってほどのもんでもねぇだろ」
「いーい、父ちゃん。教育ってゆーのはねー『やってみせたり、言ったり聞いたり聞かしたり? あとぉ……あとうんたらかんたら』だしっ。まーあ、叱りたくないけど叱んなきゃってのは、あーしもわかってるんだけどさー」
おうおう。そこまで親の気持ちを汲んでくれるんなら、大人しくしといてくんねぇかな。
あとよ、いまのは格言かなんかか? 大事なとこがスッポリ抜けてるように思うんだが。
まあいいや。そこまで言うんなら『やってみせ』っての、やってやる。
さっきの格言らしきもんの意味と合ってるかは知らねぇが、俺がこの状況を収めてやるさまを見とけ。
集めちまったカネは……、銅貨ばっかりだけどけっこうあんな。誰がいくら放ったかわからんから返すのもままなんねぇ。
加えて酒場には、商売の邪魔しちまったみてぇだし、このまま去るってのも申し訳ねぇ。
だったらこうだ——
「おうベリル。そいつを酒場の姉さんに渡してやんな」
「ん? まーいーけどー。なんとなく貰っただけだしー」
こういうとき、素直にするのはコイツの数少ねぇ美点だな。
ベリルから手渡されたカネを、店の者は首を傾げながらも受け取った。よし。
「聞いてくれ。まだ仕事の合間って者もいるだろうが、ちょっくら休んでったらどうだ? 陽も暮れてねぇから席の空きもあんだろ。ここで軽く喉を潤してけばいいさ。もうカネは払ってんだからよ」
手元のカネと乗ってきそうな人数をザックリ計算したのか、酒場の姉さんは「どうぞどうぞ」と扉を開く。
「おっ。そうかい」
「せっかくだ。少し茶でも飲んでくか」
「気っ風のいい芸人親子だ。また寄せるときがあったら母ちゃん連れて見に行くぜ!」
でな具合に、二割くらいが店んなかへ。
これでどこにも角が立たんだろ。
とくりゃあ、ここはドサクサ紛れにズラかっちまうに限る。
「おおーう。父ちゃんすごーい」
「だろ」
テメェのしでかしたことの後始末つけてやったんだ。そのまんま親父を尊敬しとけ。
「いやーめちゃ意外だったし。人前でちゃんと喋れんだね」
「オメェ、王都についてからいろんな場面で俺がまともに喋ってんの目の当たりにしてんだろうが」
ついさっきまで王宮でなに見てんだ。っとに。
「いや、まーそーなんだけどー。マジ似合わねーって思ってさー」
「そうかい」
「んじゃあーしもっ。おっじゃましまーす!」
「お、おい待てベリルこらっ」
ベリルのやつ、まさか俺の虚をつくとは——って感心してる場合じゃねぇ! 前のヤツにつづいてスルリと酒場んなか入っちまったじゃねぇか。
追っかけて俺もなかへつづく。と、酒場の者が扉を閉めて、言う。
「二名様ごあんなーい。お好きな席にどうぞ」
それ、案内してねぇと思うんだが。
「父ちゃーん。ここ、ここー!」
ベリルはカウンター席をちょこんと陣取って、俺を手招きしやがった。




