問題幼児の、王都デビュー⑨
聞くと、供物にして測られた価値に対して、どれくらいの数を用意できるかで値段を決めるのが通例らしい。
例えば、一つ作るのに何年もかかるようなモンは、ほぼ変わらず。
逆に、料理みてぇな食ったら無くなるモンや作りが単純で数を用意できるモンは安くなる。
つまり、神の評価と希少性で釣り合いをとってるって理解でいいみたいだ。
もちろん例外はあるらしいが。
「供物に対しての硬貨が贈られるのは、価値を測るのと同時に、初めての品を創意した者への恩恵とも言われておるの」
「おおーう。特許買い取りみたいな感じー」
ポルタシオ将軍閣下の解説に、ベリルがまた妙な相槌を打った。
「とっきょ? はて?」
「んんー、発明した人へのご褒美みたいな? マネしてもいーけどお金払ってねーってゆー決まりー」
「ほう。東方の風習かの」
それで納得しといてくれ。
だんだんベリルの妙ちくりんな言葉に慣れてきたのか、ポルタシオ閣下もタイタニオ殿も聞き流してくれるようになってきた。
ヒスイから聞き齧った東方の風習か、または子供の戯言と受け取ってくれてるようだ。助かる。
「して、どのくらい生産できるものなのだ?」
「いまのところは、ものによりますが短槍ならば月に五〇程度です」
「——そんなに作れるものなのか⁉︎」
将軍閣下だけではなくタイタニオ殿も驚いてる。きっと金属製の武具で換算してんだな。
「ああよい。製造工程は聞かん方がよいでの」
「ですな」
「しかしのう、単純計算で指輪一つに金貨十枚の価値をつけられたのだ。仮に半値、いやさらに半分にしたとしてものう……ううむ……妥当な額を決め難いの」
「指輪は、さっきも説明したとおり、特殊な素材を元にしてるんで」
これじゃあこっちが出した情報が少なすぎるか。まず、魔導アーマー零弐は売らないと伝えねば。
「実は、鎧に関して問題がありまして」
まだ調査中で不確定だが、装着者の動作を補うという鎧の性質を話してく。
使い込んだ鎧の方が顕著だってのは、まだ不明な点が多すぎると断りも入れておく。
で、こちらの結論としてキッパリ『売るつもりはない』と締め括った。
「そうか……。残念だが、それならば鎧は諦める他ないな」
案外すんなり受け入れられたのには、肩透かしされた気分だ。
「もし手に余るようならミネラリア王国で保護してしまってもいいのだが、トルトゥーガ殿はそれを望んでおらんのであろう?」
「ええ。できうる限りは……」
ポルタシオ将軍閣下が口添えしてくれりゃあ、美味いとこだけ巻き取られて終わりってことにはならんと思う。
だが、そうなると好き勝手にモノを作るわけにもいかなくなっちまうからな。
うちの連中が楽しそうにあれこれ作ってるさまを、見ちったからには……。なんとしても、こっちの裁量で扱える範囲には収めときたい。
「父ちゃん。既製品とオーダーメイドの話しなきゃだし」
「きせいひん?」
「数打ちのことです。ただ、従来のモンとは出来上がるまでの時間が段違いでして、見積もりでも要望が多かった品をそうしようかと」
「ふむ。して、オーダーメイドとは?」
「客の要望どおりに寸法や重量を合わせた、同じものは他にない作りです」
「ほう。そこは普通の鍛治職人の仕事と変わらんのだな。ならばその問題は解決できそうだの」
「ですな。鎧に関しては、滅多に手が出せない額にしてしまえばよい。工期も長くしてしまえば、なおな」
古くなった塩漬けみてぇにガッチガチになってた問題がみるみる解けてく。やっぱり学がある者は、頭の冴えが違うな。
「して、魔導ギアの鎧を求める者は少なかったのではないか?」
「なぜタイタニオ殿はご存知なので?」
反射的に聞き返しまったが、俺は見積もりの概要までは話してない。
それぞれの客の財布事情でさえ、このご両人なら少ない情報から見抜きかねんと思ったから喋るつもりもなかった。
なのにどうして知ってんだ?
「父ちゃーん。いまのマジうっかりさんだし。そー言ったら認めてるんのとおんなじじゃーん」
んなこたぁわかってる。問題はそこじゃねぇ。
正しくは、鎧に関しちゃあ『安ければ』って条件つきの見積もりが大多数だったんだ。つまり兵士用に求める客がほとんどで、他のモンより本気の度合いは低かった。
「てゆーか、人気ない理由なんて簡単だし。あーし最初っから言ってたじゃん。ぜんぜん可愛くないってさー」
オメェのいう可愛い必要なんてあるかっ。
あ……いや違うな。たしかに可愛い必要はねぇが、鎧ってのは華美であるべきなんだ。
「うむ。ベリル嬢の申したとおり、こう言ってはなんだが、ちと作りが実用的すぎるからのう」
「大将を務める者には選びづらいでしょうな」
つまり高額にしておけば、大将を張るような者にしか手が届かない。が、戦場では目立つ必要があるからまず欲しがらないって寸法か。
派手なサーコートで補うって手もあるが、いざってとき動きづらくて叶わんだろうしな。
「あの鎧を着て手柄を周知させられるほどの戦働きができる者は、トルトゥーガ殿とその一党ぐらいであろう。我々だけが知る実力の嵩増しがあったとしてもの」
「……ですか。正直、肩の荷がおりた気分です」
こんなふうに相談事はドンドン解決されてく。
数打ちの値段は、教会で供物にした際の評価次第だが、大銀貨二枚から五枚っつう目安になった。剣と槍と盾では作る手間も素材の部位も違うんだから差がでるのは当然か。
特注品に関しても、はじめは天井知らずで、ゆくゆくは金貨五枚からってあたりに落ち着きそうだ。
「ここまでの話は、あくまで助言だがの」
と、最終的にはこっちで決めろって気遣いまでしてくれて。
「陛下への献上については私からも口添えしておこう。安心するといい。先日のイベリカーナとの戦報を受けた陛下は、大層興味を示されていたという話だ」
「そうよのう。トルトゥーガの妙技を見たいとも仰られておったぞ」
それは勘弁願いたい。
「あとは問屋についてだが、紹介するのは吝かではない……。しかし返答はちと思案してみてからでもよいか?」
「タイタニオ殿がそう仰るなら。ですが、なにか引っかかることでも?」
「横流しと価格の維持が気になってな」
「あっ! 転バイヤーってやつだー。あーゆーのマジうざーい」
ベリルがなにを悟ったのかは置いとくとして、俺も詳しくはないが、問屋に卸すってのは売ったのと同じだ。
その後どうしようが、買った者の自由。多少は制限かけたりできるのかもしれんが、その辺り俺は明るくないからな……。
「悪いようにはしない。近日中には答えよう」
「手間を取らせてしまって申し訳ない」
これでほとんど片付いちまったな。
ふぅ〜、一時はどうなることかって肝を冷やしたぜ。
「ねーねー。そろそろアクセの話してもいーい? てか聞いてっ」
そうだった。まだこれが残ってたんだ。




