問題幼児の、王都デビュー⑥
こりゃマズい。気が気じゃねぇんだが……。
「おや、トルトゥーガ殿。なにか急ぎの用かな?」
ソワソワしてんの見透かされちまってんぞ。いま商売の話したら間違いなくポカしちまう。
街中で立ち話してんのですら落ち着かねぇこの状況をどうするか。
ベリルをダシに……いやいやバカか、俺は!
余計なこと口走るに決まってるじゃねぇか。クッソ、ぜんぜん頭がまわんねぇ。
「ふむ、これから売掛金を教会へ預けに行くところであったか」
さすがタイタニオ殿、目敏い。ベリルが大事そうに金貨袋を抱えて隠すさまから察したのか。
…………あっ。
「……ねー、父ちゃん」
「お、おう。その手があったな」
俺らのやり取りからなにを読み取ったのかはわからねぇが、タイタニオ殿は「ワッハッハ」と快活に笑う。
「では、馬車で共に向かおうではないか」
「タイタニオ殿も?」
「私は預金を引き出しにな」
お言葉に甘えて、俺らは教会まで馬車に乗っけてもらうことにした。
◇
「ほうほう。それは良い対応であったな。さすがはトルトゥーガ殿だ」
これは口止め料に対しての反応だ。
硬貨袋の現物を見られちまってる以上、タイタニオ殿に隠しだててもしかたねぇ。
それに、俺らにゃあ腰抜かすくれぇの大金だとしても、変わらん額を眉一つ動かさずに引き出したさまを見ちまったら、なぁ……。
だからタイタニオ殿には教会での供え物のくだりの粗方を、金額を伏せて話した。
で、無事に教会へカネを預けて、いまはタイタニオ殿の馬車にお邪魔してる。こっそり事情を話せる場所が近場ではここしかなかったからだ。
停めたまんまだから、未だ教会の真ん前。
「あーしあーし、あーしが考えたし」
「ほう。お嬢さんの発案か。幼いのにやるではないか」
「へっへーん」
いけねっ。テンパリすぎてまともに挨拶させてなかったな。馬車のなかでってのも微妙だが、この際しのごの言ってられん。
「ベリル、ちゃんと挨拶しとけ」
「ほーい。あーしベリル。五さーい。みんなには『小悪魔』って呼ばれてまーす。いぇーい」
「テメェこら、ちゃんとっつったろ! タイタニオ殿、なってねぇ娘で申し訳ない」
「いやいや。活発で可愛らしいお嬢さんだ」
「てへへ……」
なにを照れてやがる。
ホント、コイツのオヤジ好みにも困ったもんだな。
「してトルトゥーガ殿。このあとの予定は?」
「お城見に行くー!」
「オメェは黙っとけっ」
「はあ〜? 父ちゃんなに言ってんのー。あーしも『トルトゥーガどの』だしーっ」
屁理屈捏ねやがってからに。
「ほう、王宮へ行くのか。だったら私が案内しよう。外観だけ見ても物足りんだろう」
「え! なか入れんの⁉︎」
「後宮はさすがにムリだが、たいていのところには顔が利くぞ」
「スッゲェー! もしかしてタイタニオどのって、けっこー偉い人だったり——」
ゴツンと黙らせる。
「いったー! なにすんのさー。あーし、いまタイタニオどのとお話ししてんのにーっ」
「おう。話させてもらうのは構わねぇよ。だがな、目上のモンに対する口の利き方ってもんがあんだろうが」
「ハッハッハ。さすがのトルトゥーガ殿でも、可愛い盛りの娘にはタジタジであるな」
「可愛いとか〜、マジ照れちゃうし〜……」
ベリルはイヤンイヤンと頬っぺ押さえて首を振ってる。
こっちは頭抱えてゴロゴロ転がりてぇ気分なんだが。
「面目ない。それで王宮見学の件ですが、なにぶんご覧のとおりの格好でして……」
「構わんさ。謁見するわけでもないのだ。むしろベリル嬢の装いに、将軍閣下は大変な興味を持たれるのではないかな」
「……嬢とか。うっは、マジヤッバ! あーし貴族のご令嬢みたいじゃ〜ん」
紛れもねぇ貴族の令嬢だ、テメェは。品格の方はちっとも足りてねぇがな。
んなことより、いま『将軍閣下』って言わなかったか? タイタニオ殿が将軍閣下と話すのに不思議はねぇ。きっと会う約束でもあるんだろう。
そこへ、この問題幼児を連れていくだと……。
バカ言っちゃいけねぇ。んなもん俺が心労でぶっ倒れるわ!
「ありがたい申し出ですが——」
「はいはいはーい! いく行くーっ。父ちゃんは帰るんならご自由にどーぞー。あーし、タイタニオどのに連れてってもらうもーん」
「こらテメッ」
「決まりだな」
止める間もなくタイタニオ殿が「王宮へ」と御者に伝えると、馬車は進みはじめちまった。
「うっは〜っ。お城めっちゃ楽しみ〜っ」
ベリルはご機嫌で足をプラプラさせてる。
「さっき装いって仰ってましたが……」
「あの蠢く尾も、角と羽も魔導ギアなのであろう?」
やっぱりバレてたか。
「しかもベリル嬢は、神から多大なる評価を得た装飾品意匠家というではないか。興味を唆らんほうがどうかしている」
こんのぉ……タイタニオ殿。端っから目ぇつけててハメたな。
偶然バッタリ会ってからの短時間で、ここまで主導権握られるたぁ、やっぱり大貴族は侮れねぇ。
でもまぁ。もうカネは預けたし、あとはうちの問題幼児から目ぇ離さないでおけばなんとかなるか。
つうか、馬車からベリル抱えて飛び降りるわけにもいかんしな。
「なぁに、今日この場で交渉を進めようなどとは考えていない。トルトゥーガ殿は件の品の献上を希望しておるようだからな。となると値が決まるのはまだ先のことであろう」
バレてら。んなもん当たり前か。
相手は海千山千の大物。なるべく包み隠さず腹括って話した方が得ってもんだ。
「ひししっ。お姫様に会えちゃったりしてー」
ホントやめてくねぇかな、そういうロクでもない予想を口にすんのは。ベリルふうに言うならフラグってやつだろ、それ。
「おいベリルテメェ。いい加減にしねぇと窓から放り出すぞ」
「はあ? そんなん余裕だし。あーし飛——んーんー! んーっ!」
「おや?」
「ハ、ハッハッハ、なんでもありません。なぁベリル」
しこたま圧をかけてやると、やっと、自分がなにを口走りそうになったのか気づいたらしい。
ベリルにしては珍しく『やっちまった』ってぇ顔で頷いた。
魔法に関しちゃあ、外で使うのも喋んのも母ちゃんに『メッ』てされてただろうが。
悪ぃけど、あとでヒスイにこの件キッチリ説教させっからな。覚悟しとけっ。
「てへへっ。あーしってばちょーし乗りすぎちったー。めちゃはんせー」
くっそ。ちっとも安心できねぇよ。




