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問題幼児の、王都デビュー⑤


 黄金色の輝きが眩しすぎて、目ん玉が潰れちまいそうだ。


 ぜんぶで三〇枚。すべてが金貨。

 銅貨一万枚の価値がある金貨が、だぞ。

 宝石を捧げたってこうはいかねぇだろう。その証拠に、神官殿もカッチコチに固まってるしよ。


「ねーねー神官さーん。あったらでいーんだけどー、袋とかほしーかも。ポッケに入りきんないし」


 なんだその、菓子買ったついでに包み紙よこせみてぇな物言いは。


「——ハッ! 私としたことが。ええ、ええ。すぐに用意させましょう。誰か、硬貨袋をっ」

「は、はい! すぐにお待ちしますっ」


 他の連中にも見られてたか。しくったな。

 額も額で厄介だが、こんなちんまいガキが大金を手に入れたって知れるのが一番面倒くせぇ。


 奥へ走ってった若い神官殿が、戻って早々、ベリルに真っ新な硬貨袋を手渡す。


「どうぞ。お使いください」

「どーもー。あ、これで足りるー?」


 ——こんのアホんだらが‼︎

 袋一枚に金貨払うとか、ふざけんのも大概にしろ。

 

「た、足りる……——といいますか、硬貨袋は教会をご利用の方に差し上げているので対価はいただいておりません」

「んじゃ、お礼ってことでー。はいどーぞ」


 握らせちまったぞ、この粗忽モン。


「——おいベリル!」

「なーにー、べつにいーじゃん。小っこいしいっぱいあるんだし。ご祝儀みたいなもんだってー」

「そういう問題じゃねぇ。むやみに他人(ひと)を困らせんなってつってんだ!」


 あんまりの額に尻込みしちまった俺もいけねぇんだが、ベリルのやつ、いくらなんでもめちゃくちゃやりすぎだ。

 金貨なんて善人でも心が揺れる額だぞ。

 ほれ見やがれっ。マジメそうな若い神官殿ですら『返さなきゃいけないのに、なのにでもでも』って、わなわな葛藤してんじゃねぇか!


「いやいや賄賂とかじゃねーし」

「…………」


 いかん。どっからどう叱ったらいいのかわかんねぇや。


「お嬢さんのお考え、承知しましたぞ」


 ——は? なに言ってんだ、神官殿は。

 まさかカネの誘惑に負けたわけじゃあるまいし。サッパリ意図が読めねぇんだが。


「みなさん! いまここで見聞きしたことは、どうぞご内密に」


 なるほど。口止め料にしようってことか。


 いま教会内にいるのは、俺とベリルを除いて、外部の者が合計五名と神官殿たち教会の者が五名か。

 

 悪気云々じゃなく、放っときゃ面白ぇ出来事として知人に話すだろう。そしたら十人が百人にってなふうに噂が広まる可能性だってあるんだ。

 どう繋がってくかは想像もつかんが、とにかく面倒くせぇことになる。


 しかしなぁ、わかっちゃいるんだが……。


 いいや! こういうのはケチるとロクなことにならねぇ。渡しちまったもんはいまさらだしな。

 それに、レア素材とはいえ魔導ギアと同じ亀素材の装飾品を供物にしたんだ。あれこれ探られるのは具合が悪い。


 教会では似たようなことがちょいちょいあるのかもしれんし、ここは慣れた神官殿に対応を任せといた方がいいのかもな。


 俺が様子見してる間に、金貨を受け取った若い神官殿がまた奥へ走ってく。で、こんどは大銀貨を持ってきた。金銭トレーに載ってるのは、たぶん十枚。

 つまりは金貨を頭割りしたってことか。それでも充分な大金だ。


 ぐぬぬぬ……。わかっちゃいるが『みみっちいこと考えんな』って、ちっとも割り切れねぇええええ〜っ!

 だが、こうなっちゃあしかたねぇか。いまさら引っ込めるのもどうかと思うしよ。


「ん? てゆーかまだまだあるし。みんなのぶ——っ、んーん!」


 とんでもないことを曰いそうだったベリルの口を、慌てて塞ぐ。


「もー、父ちゃんなーにー。ひどいしー」

「ベリル。頼むから黙っててくれ。文句ならあとでいくらでも聞いてやっからさ」

「あーし、またなんかやっちゃいました系?」


 黙れっつってんだろうがよぉ。っとに。


「トルトゥーガ様。教会の性質上、稀に起こることですので。みなさんには、こちらからしっかりとお願いをしておきます」

「手間を取らせて申し訳ない」


 まーだベリルが、なにか言いたそうにしてる。

 これ以上コイツがなんかやらかす前に、退散しとくに限んな。


「では、俺らはこれで。騒がせっぱなしで心苦しいんですが」

「神官さん、いろいろありがとー。またねー」

「ええ。またいらしてください」


 飴玉袋でも抱えるみてぇに、ベリルは金貨で太った袋を抱えてノシノシ出入り口へ向かってく。

 俺もつづいて、教会の外に出た。


「んで、父ちゃん。そろそろ文句言っていーいー?」

「宿まで待て」

「金貨って、そんな大金なのー?」


 おう。そこに気づいてんなら察してくんねぇかな。俺の落ちつかねぇ気分をよ。


「オメェは乗算できんだろ。銅貨の価値は教えてもらったよな。覚えってか?」

「パン一個ぶーん」

「そうだ。その一万倍が金貨の価値だ」

「…………え?」


 指折ったり空見たりしてるベリルを抱えあげ、肩車した。すると頭の上にかかるズッシリとした金貨の重み。重量以上に肩が凝っちまう。


「パン一個が一〇〇円だとしてー……もー、スマホないと計算めんどーい。ええっとー、ゼロが四つでぇー、百、千、ま……いやいや普通に一万かける百でいいじゃん。つーことは〜…………、うそ……ひゃく、まん、えん」


 ようやくわかってくれたか。どんな単位を基準にしたのかはわからんが。


「——父ちゃん大変っ!」

「なんだ。俺はこれまでにないくらい警戒してんだ。気ぃ散らさせんな」

「すぐ返してもらわないと!」


 アホか。いったん渡したモンは、もう相手のモンだろ。それを返せってのは取り上げんのと変わらんだろうが。デカい額ならなおさらだ。

 しかも口止めって条件までつけちまってんだから、子供だからって取り返したら恨み買うぞ。


「どのツラ下げてだよ」

「いや、そんなん『間違えちったー』とか言えばいーじゃん! 金貨だよ。百万円だし百万えーん。てかなんで止めてくんなかったのさー」


 止める前に渡しちまったんだろうが。しかもオメェは全員ぶん配ろうとしてたよな。


「おうベリル。いまは手元の二九枚に集中しとけ。悪ぃが、いま俺は人目を避けてぇんだ。わかるよな」

「ぅわ、わかった。あーしも周りシャーッて威嚇しとくし。もし怪しーひといたらソッコーでバリヤーしちゃうもん」

「絶対やめろ。死んじまうだろうが、ボケ」

「そっか。そーだね。じゃあピストルにしとく」


 ったく、親子揃ってスゲェ小心者だな。使い道どうこうじゃなく、大金ってだけで怖気づいちまってよ。

 馬車ではイエーロに偉そうに言ったが、大して変わらんじゃねぇか。


 俺とベリルは目一杯の警戒心を剥き出しに、あたりをキョロキョロと。

 きっと傍目には、俺らが一番の不審者だと映ったに違ぇねぇ。


 大通りを慎重に進み、宿まであと少しってところで——


「トルトゥーガ殿ではないか!」


「「——どひゃひゃひゃひゃ〜あっっっ‼︎」」


 急に呼ばれて跳ねあがっちまった。


 で、心臓バクバクのまんま声のした方を見たら、


「やはりトルトゥーガ殿であったか! 久しいなっ」


 立派な馬車から降りて、こっちに近づくタイタニオ殿がいた。


「怪しーやつ! 父ちゃん、バリヤー張るねっ」

「——おいコラやめろっ‼︎ 俺の世話になった人だ。タイタニオ侯爵殿だっ」

「おおーう。偉い人じゃーん」


 一難去って、また……なんつう言い草はさすがにタイタニオ殿に失礼か。

 でもよ、いまが俺の心労的には一番負担がデカい時分だってのは間違いねぇ。

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