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問題幼児の、王都デビュー④


 俺らは祭壇から一番近いテーブルに移動して、誰かが供え物するのを待ってる。

 ここは祭壇から少し離れてはいるが……。


「うひうひっ。も〜う、わくわくしちゃーう!」

「おう。そりゃあ結構なことだが、騒がしくすんな。場所を弁えろ」

「そーだよねー。神事だもんねー。めちゃはんせー」


 ちっとも懲りてねぇだろ、テメェ。


 おっと、そういや礼金の話してねぇな。


「神官殿。不勉強で申し訳ねぇんですが、謝礼はどうさせてもらったらいいんですかい?」

「教会は学舎ではありませんので、謝礼などは受け取っておりませんよ。お嬢さんと楽しくお話しをさせていただいた。それだけでございます」

「そういうもんなんですか。失礼なこと聞いちまったみたいで申し訳ない。なにぶん田舎モンなもんで、勘弁してやってください」

「ほっほっほっ。ご謙遜を」


 謙遜? 俺ぁ紛れもねぇ田舎モンなんだが。


「父ちゃん父ちゃん、ヤバヤバッ。お供えはじまるってばー!」

「だから騒ぐなっつうのっ」

「わーってるってー。でもほら、あれ!」


 ベリルが指差す方を向くと、皿か、ありゃあ。

 キッチリと料理人の格好をした男が、恭しく料理が盛られた皿を祭壇に捧げていた。


「あれって自慢の新作料理お供えすんじゃね?」

「だろうな」


 まだ湯気が立ってる。ここらの店か? もしくは近場の厨房わざわざ借りてこさえてきたんだろうな。


 ——おっ! 消えたぞ!

 霞みてぇに、瞬きする間にキレイさっぱりだ。


「父ちゃん父ちゃん! いまの見たっ?」

「おう、もちろんだ。まだつづきがあんだろ。目ぇ離すな」

「うん」


 ややあって、皿が元の位置に現れる。

 料理だけなくなって、洗いたてみてぇにキレイなってた。その上には大銀貨が二枚か。


「ふぉおおお〜う! さっきの話、ホントだったんだー!」

「このアホ」

「——いったー。なにすんのさっ」


 悪気がなきゃなに言っても許されんのは、テメェの親父と母ちゃんまでだ。おまけに兄ちゃんをつけてやってもいいけど、他所の者はダメだろうが。

 頭の出来はいいんだから、そんくれぇわかれよな。ったく。


「せっかくありがたい話を聞かせてくだすった神官殿を疑うような口ぶり、改めやがれっ」

「あっ。そっかそっか、いっけね。神官さん、あーしぜんぜんそーゆーつもりじゃないかんねっ。でも、ごめんなさーい」

「ほっほっ。己の目で見てはじめて信じる。いいことではありませんか。それに、気にしておりませんよ」


 なんつう謝罪の受け入れ方だ。一つも否定してねぇのに、あのベリルがしっかり反省してやがんぞ。

 いやあ、やっぱり徳の高い御仁は違うぜ。


 よし、んじゃそろそろ引き上げるか。こんな喧しいガキんちょが居座っちゃあ、神様も鬱陶しくて叶わんだろ。


 ベリルがぴょんっと膝からおりた。

 俺も立ち上がって「今日は大変勉強になりました」と礼を告げると、


「神官さん。めっちゃ勉強になったしー。ありがとうございましたー」


 お利口さんにベリルもつづく。

 で、終わればよかったんだが——


「でさー、あーしも女神様にお供え物したーい。していーい?」


 まーた、いらんことを。


「ほっほっほっ。女神様も、お嬢さんのお気持ちは喜ばれるでしょう。けれど買ってもらった物ではいけませんよ。それはお父上が、神様にではなくお嬢さんへ贈った物なのですから」

「んーんー。これ、あーしが作ったやつー」


 おお、俺が留守にしてるあいだにヒスイと作ったってぇ指輪か。たしかレア素材を使ったとかなんとか言ってたやつだよな。


「ほお〜。これはこれは……」

「ひひっ。めちゃ可愛いっしょー。ママといっしょに作ったし。あっ、やっぱしぜんぶ一人でやんなきゃダメぇ?」

「いいえ。すべてを一人でなどできるものではありません。先ほどの料理をとっても、作物を育てる方がいて、運ぶ方がいて、商う方がいる。そうやって調理場に食材が揃うわけですから」


 ハッキリ否とは言わないが、明らかに止めたそうにしてるように見える。

 出来がヒデェんなら神様の怒りをかいかねんとか理由は思いつくが、俺が見る限りよく出来てるしな。どうしてだ?


「ほっほっ。なんと申せばいいのやら。その指輪は、お嬢さんとお母さんにとって大切な物ではないのですか?」

「んんー、どーだろ。めちゃ自信作っ」


 また困った顔だ。

 あっ、そうかそうか。なるほどな。たしかに神官殿が神様の前で口に出すのは憚るわ。


「ベリル。供物にすんのはいいがよ、捧げたモンは返ってこねんだぞ。いいのか?」

「あー、そーゆーことかー。ぜーんぜんいーし。てか女神様が使ってくれたらめっちゃ嬉しーもん。ママにも『女神様にプレゼントしちったー』って自慢しちゃーう。それにこれ、あーしの指にはちっと大っきいから」

「ポケットの肥やしにしとくのは勿体ねぇと、そういうことか」

「ちょっと父ちゃん。言い方ひどくなーい! あーしの、さ・く・ひ・ん、なんだかんねっ」

「そうかい」


 おうおう。一端の職人気取りかよ。


「ってことで神官殿。あとでダダ捏ねるようなこたぁないんで、供えさせてやってもらえませんかね?」

「ええ。そういうことでしたら構いませんよ。小さな装飾品職人の力作を、きっと女神さまもお喜びになることでしょう」


 おおかた気前よく大事な宝モンを供えて、あとで泣くガキが多いんだろう。そういう理由で、人のよさそうな神官殿も困った顔したわけだな。


「では、こちらへ」


 順番待ちもしてなかったから、すぐに祭壇の前へ通してもらえた。


「神官さーん。神様の前でする作法みたいなのあったら教えてー」

「とくべつ形式ばったものはありませんよ。大切なのは、気持ちです」

「はーい。んじゃ……」


 と、勢いよくポケットから指輪を取り出して、ベリルは固まった。いまさら惜しくなったわけでもあるまいし。どうした?


「女神様って三姉妹だったよね。したら一個じゃダメじゃーん。ちっと待ってて」


 むむむっとベリルは唸りだす。

 チラリあたりを見回しても、あとがつかえてる様子もなさそうだ。あとは、付き添ってもらってる神官殿か。


「時間とらせちまって申し訳ない」

「とんでもありません。お嬢さんは、神へ供える品を選ばれているのでしょう。もし邪魔などすれば、私がお叱りを受けてしまいます」


 そう答えると、神官殿は「ほっほっほっ」と好々爺らしい笑い声をあげた。


 んで、待つことしばし……。


「よーし。決めたし!」


 ようやく選び終わったみてぇだ。

 どれどれ。最初に取り出した指輪と、もう一個似たようなので、あとは自分が親指につけてたやつにしたのか。


「小っこくねぇか」


 ポツリと言うと、噛みついてきそうな顔でベリルがシャーッと威嚇してきた。んだよ。べつにヘンなこと言ってねぇだろうが。


「ピンキーリングなの!」


 よくわからんが、俺が知らなくても問題なさそうな言葉だから流しとくか。


 それからベリルは汚れがないかを光に照らして確認すると、一個一個を恭しく祭壇へ供えてく。


 そして三つの指輪が揃うと——消えた。


「ひひっ。喜んでくれるといーな〜」


 だといいな。

 まぁ、小遣いくらいはくれるんじゃねぇか。


 なーんて余裕ぶっこいてたら————ッッ⁉︎


 ききき、き、金貨が……ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう……ううう嘘だろ、まだまだあるじゃねぇか。冗談キツいぞ、神様っ。


「父ちゃん父ちゃん、キンキラ金の小っちこいのがいっぱーい。でひひっ。すごくなーい」


 ああ……。カネの価値がわかってないって、スゲェな。

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