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問題幼児の、王都デビュー③


 思ってたとおり、教会んなかは静かだった。俺らの他には二、三組ってとこか。


 場の空気に当てられたのか、喧しくしそうなベリルでさえヒソヒソ話しかけてくるくれぇだ。


「父ちゃん父ちゃん、今日って混んでるの?」

「わからん。俺もはじめて来るんだ。うちには供えられるモンなんてなかったからよ」

「魔導ギアお供えしたらいーんじゃね?」

「おう。そのつもりで一揃い持ってきてるぞ」

「おおーう。あーしもお供えしてみたーい」

「悪ぃが今日じゃねぇ。見たら手ぶらだってわかんだろ」

「そっかー。んじゃ、さっそく神官さん捕まえよーう! 神官さんゲットだぜ!」


 だから言葉選べっての。


「おやおや、元気なお孫さんですな」


 俺らに気づいた年老いた神官殿が、気さくにも話しかけてきてくれた。


「んーんー。父ちゃん」

「そうですかそうですか。それは失礼を申しました」

「ぜーんぜん。父ちゃん顔老けてるしー。あと顔怖ぇしー」

「ほっほっほっ」


 なんで俺の悪口になってんだか。


「ほれベリル。硬貨の話を聞かせてもらうんだろ。神官殿。もし時間の都合つくようでしたら、うちの娘に神様について語ってやっちゃあもらえませんか」

「ええ。もちろんですとも。では、あちらのテーブルで」


 教会内は吹き抜け天井の一間になってて、高くて広い。

 そのだだっ広い空間の最奥には祭壇があって、あとは隅に四人がけのテーブルとイスが仕切り板を挟んでいくつもある。

 俺らはその一つへ招かれた。


 神官殿のイスを引いてから、ベリルを膝の上に乗せて俺も座る。


「父ちゃんってそーゆー気遣いもできんだねー」

「黙っとけ。いちいち余計なこと言わんでいい」

「ほっほっほっ。仲のよろしいことで」

「みっともないところを見せちまって」

「いえいえ、けっこうなことではありませんか。して、神と貨幣について、でしたか」

「そーそー。神様にお供え物してお金くれるってゆーのがよくわかんなくってー。あとあと女神様めっちゃ美人だし、そのあたりも丸っと教えてくださーい」


 なんつう頼み方をすんだ、コイツは。


 しつこくペコペコ頭を下げられても困るだろうから、神官殿には『アホな娘で申し訳ない』と目を伏せて詫びる。

 しかし和かな表情を返されるだけ。できた御仁だ。


「もしわからない言葉などがあれば、遠慮なく聞いてください」

「はーい」


 いまさらだが、見た目三歳児に話してくれなんて、ひでぇムチャぶりしちまったのかもしれん。


 もし五歳児だとしても、話して聞かせるのはなかなかに骨が折れる。ベリルなら問題ないと思うが、それは俺がコイツの頭の出来を知ってるからだ。

 ベリルの年齢も考慮してくれて、話の途中で止めて聞いてもいいってんだから、立派なもんだと感心しちまう。

 俺みてぇな短気にはまずムリな振る舞いだ。


「まず、お嬢さんは他の神様を知っているのですかな?」

「えっと……、そーゆーの、ここで答えちゃって大丈夫なん? 『この異端がー』とか怒んない?」


 んなことより先に格好の心配をしろよな。オメェのナリの方がよっぽど冒涜的だろうが。


「ほっほっほっ。これは恐れ入りました。なんと聡明な子なのでしょうか。ご安心ください。ここに(おわ)すのは寛大な神ですよ」

「だったらいっか。あーし神様いっぱい知ってるー。会ったこととかないし、ちゃんとした呼び方とかもわかんないけど、たくさん知ってるし」

「ほうほう」

「——え? 他にもいんの?」


 つい口を突いちまった。


「ええ。遠い大地には我々とは違う神を崇める国もあります。このミネラリアにも、かつては数多の神々がおられました。正しくはいまも神の一部、精霊となって身近におられますよ。その権能の多くは失われてしまいましたが、いまも田畑の実りを見守り、人の子の育みを慈しみ、常に私たちに寄り添っておられるのです」

「ほーほー」

「歩いて辿り着けるところですと、東方では古の神々を祀る社もあるとも聞き及んでおります」

「おおーう。神社あるんだー」

「ほっほっほっ。神の社で神社、ですな」


 さっきはいねぇみたいに言っちまったが、いるんだな。こりゃあベリルに一本取られたか。


「ですが現在、我々の最も身近なところに座すのは、三柱の女神様です」

「あっ。もしかしてお金で信仰みんな集めちゃった的な展開?」

「ほっほっ。お嬢さんの仰るとおり。かつては一柱の秤を司る神でしたが、物の価値を測る際に貨幣をお創りになられました。最初は紙に認めたものを」

「おおーう。有価証券ってやつだ。登場はっやー」

「その後に流通の利便をお考えくださった結果、金貨と銀貨銅貨の大小、合わせて五種の硬貨をお創りになられたのです」

「へえー。大っきーのと小っちゃいのがあるのかー。父ちゃん、さっきの銀貨は?」

「大銀貨だ」

「ほほーう。んでんで神官さん、つづきつづきー」


 好き勝手に話のコシをへし折っておいて、つづきを催促する。そんなベリルの奔放ぶりにもイヤな顔一つしない。

 しかも話の息継ぎと語り口が、これまた絶妙。いやはや大したもんだ。


「しかし、便利な貨幣を創ることは、いいことばかりではありませんでした。あまりに多くの信仰を集めてしまった秤の神は、意図せず他の神々を弱らせてしまったのです」

「そーなるよね、うんうん。で」

「そこで秤の神は、己を三つに割りました」

「おお! 美人三姉妹女神様の誕生だー!」

「ほっほっほっ。そのとおり。三柱の女神様は、さっそく他の神々への信仰を分けるよう、それまでは無地だった硬貨の表面に世の営みを描いたのです」


 ほう。顔が描いてある方が裏っ側だったとは知らんかった。あとでイエーロに聞かせてやろっ。


「そして、それぞれの裏面に美容・美味・美辞を司る美の女神としてのお姿も刻まれました。それこそが現在の皆の生活を豊かにしている金銀銅の硬貨なのです」

「つーことはー、女神様たちは美味しもんとか、綺麗なものとか、上手な文章とか喜ぶのかな?」

「ええ。装飾品や料理、他には詩を納める方もおりますし、なかには歌を納める方もおられますよ」

「歌ぁ‼︎ すっごーい。どうやってお供えすんのー?」

「楽譜を捧げ、祭壇の前で演奏されるのです」

「へえー。あーしもなんか作曲とかしたら聴いてもらおーっと」


 あの電波ソングってぇのだけはやめといてくれよ。神罰が降りかねん。


「ん? てかさー、だったらお店で売らないで、ぜんぶお供えしちゃったらよくなーい。みんな困っちゃうだろーけど」

「お嬢さんは毎食、同じものばかりだと飽きませんか?」

「飽きるー。あっ、そーゆーことか」

「ご想像のとおりかと。それに三柱の女神様は、我々が物を作りあげた創意工夫を好まれます。ですので同じ物はあまり喜ばれません。カタチある物以外にも価値を見出していただける反面、二度目以降はなかなかに辛い評価をされる厳しい神でもあるのですよ」


 へえー。なかなか人間っぽいとこもあるんだな。こんなん言ったら不敬かもしんねぇけどよ。


「もっと聞いていーいー?」

「ええ。どうぞどうぞ」

「お金って使われてる量ってゆーの、そーゆーの物価とかに影響するってゆーじゃん。あと豊作とか凶作とかさー。そこんとこ、どーなってのかなって、めちゃ気になる」

「これはこれは、たまげましたな。実はいまよりもずっと昔に、お嬢さんが心配された事態が起こったそうですよ。ですが、そのとき硬貨同士の価値の差は不変とし『パン一つ銅貨一枚』を目安にと定められたのです。以降は、物の価値が台所と大きくかけ離れることはなくなりました」


 ヤベ。なんの話かついてけなくなってきた。

 尋ねたベリル本人ですら、よくわかってないんじゃねぇか。


「それってパンのデッカさで変わりそー」

「ええ。だからこそのお供え物です。神様は我々の豊かさも測っておられるのでしょう。実りの多い少ない、病が流行るときや戦が起こるとき、さまざまな時節に合わせて硬貨の流通量を整えてくださっているのだそうです」

「どーやってー?」

「教会には、みなさまから貨幣を預かり、いったん神にお返しするという役割もありますので」

「なーる。銀行的なやつだー。てゆーか、女神様たちもトライアンドエラー的なピーディーなんちゃらして経済を回してんだねー。めっちゃ尊敬しちゃーう」


 コイツから敬意が微塵も感じられねぇのは俺だけか?


「でもさー、溶かしたり偽物つくるワルとかいるんじゃねって思うんだけどー。やっぱし天罰的な?」

「不可能ですな。硬貨は神気で象られておりますので、人のチカラではどうにもなりません。減りも欠けもせず、常に初めのカタチを保つのですよ。よって真贋は明らか、偽の硬貨を作るなど叶いません」

「おおーう。だから父ちゃんの銀貨もピカピカだったのかー」


 ベリルはふむふむ頷く。

 なんかイヤな予感すんぞ……。


「神官さん、めっちゃ面白かったでーす。ありがとーございました!」

「いえいえ。こんなお話でよければいつでも」


 あ、マズい。ベリルが口のカタチを『ひ』にしてやがる。コイツがバカ言い出す前に、止めなきゃならん!


「おいベリ——」

「あーしもお供え物してるとこ見たーい」


 …………思ってたほどじゃなかった。


「ん、なに父ちゃん」

「いいやなんでもねぇ。して、神官殿。見学などは許されるんでしょうか?」

「もちろんです。神への祭壇はいつでも開かれていますよ」


 まぁ、祭壇はこっからも丸見えだしな。

 つうことで、俺らは誰かが供え物するまで待つことにした。

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