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問題幼児の、王都デビュー①


 ——翌朝。


「ええ〜っ。あーしもママのお友達に会いたーい。会いたいあいたーい!」

「ごめんねえ、ベリルちゃん」


 まーた駄々捏ねてんのは、言うまでもなくベリルだ。

 ヒスイがイエーロだけ連れて、古馴染みに会いに行くっつったら、これだよ。

 コイツの気持ちはわからんでもないが、ヒスイが『まだベリルを見せるのは早い』って判断してんならそうするべきだろう。


「アセーロさんだけでは可哀想でしょう」

「ヘーキヘーキ。父ちゃんなら一人でもヘーキだし」


 オメェが決めんな。いや、べつに置いてかれるのは構わねんだけどよ。


「つーか父ちゃんもいっしょに行けばいーじゃーん」

「俺ぁ、ちっと行きづれぇ事情があんだよ」

「あっ! あーしわかっちったし。ひししっ。父ちゃんってば〜、ママの友達に色目使ったんじゃねーのー?」

「逆だ、逆っ」

「父ちゃんがモテたってー? ぷっ、ぷひゃひゃひゃひゃ! ぜーったいないし、マジありえねーっ。ぶっひゃはははははっ、はひ、はひ、あ〜、お腹いったー」


 ……笑いすぎだろ、コイツ。


「イエーロ。オメェも覚悟しておけ」

「えっ、なにいきなり」

「俺は跡取り息子が嫁を連れ帰ってくるくれぇの覚悟で、オマエを送りだすんだ」

「えっと……ホントどういうこと?」

「これから私たちが向かうのは、王都で暮らす南方妖精種(ダークエルフ)のコミューンです」


 まだイエーロは腹落ちしてないようだ。


「オメェの母ちゃんは美人だろ」

「ま、まぁ。母ちゃんだからよくわかんないけど、美人なんじゃない」

「よっく覚えておけ。ヒスイに迫るくれぇの美人が、やたらめったらチヤホヤしてくんぞ。心を強く持ってねぇとダメだ」

「そんな大げさな」

「バッカオメェ。ヤツらぁな、ダークエルフきっての魔法の使い手であるヒスイの近くにいたくてしかたない連中なんだぞ。オメェの嫁になりゃあヒスイの義理の娘になれる。とくれば手ぐすね引いて、テメェを誘惑してやろうと待ち構えてるに決まってんだろ」


 俺は、次々と側室に立候補してくる美女たちを遠慮しつづけたときの苦悩、それと不愉快丸出しになったヒスイの機嫌取りした苦労を思い出して、本気で助言した。


 しかしここで、どうしてかベリルが小首を傾げた。なんでコイツが不思議そうにしてんだ?


「実はモテモテなのはママでー、父ちゃんがモテるって見栄張ったのはよーくわかったし。けどー、だったらなんで兄ちゃん連れてくの?」

「そ、そうだよ。なんか怖ぇよ」


 ビビる長男に、ヒスイは申し訳なさそうに眉尻を下げた。


 万が一んときに、国が一目置くほど粒揃いなダークエルフのコミューンにツテがあるってのは心強い。だから顔見せは必須だ。

 これまでは子供だからって遠慮してきたが、これ以上は引っ張れねぇ。


「イエーロくんはうちの長男でしょう。成人して初陣も済ませたのだから、みんなに紹介しておかないと……それに、」

「それに?」

「まだ未婚だからよ。もしあの娘たちの一人二人を娶ったとしても、大きな問題にはならないでしょう」

「まって待って。オレが、オレのことを好きでもない女の子を好きになるわけないじゃないかっ」

「てゆーか兄ちゃん。それってー、語るに落ちるってやつだし」

「どういう意味だっ」

「クロームァちゃんは兄ちゃんのこと好きじゃないじゃーん。なのに兄ちゃんは好きになってるしー」

「——グハッ!」


 おうおうベリル、そのへんにしとけ。あんま兄貴の心を抉ってやるな。


「ぐぬぬっ……、いいよっ。オレの本気みせてやる。ぜーったい美人にチヤホヤされても硬派にしてみせるから!」


 べつに俺としては、イエーロの嫁がダークエルフってのは大歓迎なんだがな。

 そのあたりは本人の問題だ。うち程度の貴族ならそれで構わない。


「はいはーい。兄ちゃんガンバってー。でー、あーしがついてっちゃいけない理由は?」

「……みんなね、すごくママと似ているのよ」

「ってゆーと?」

「ベリルちゃんの魔法の特別さを知ったら、きっとトルトゥーガ領まで押しかけてきてしまうわ。それは王国とダークエルフのコミューンとの取り決めで、とても困ることなのよ」

「そーやって説明しても来ちゃうくらい、魔法大好きっコってことかー」


 コってなぁ……。オメェの十倍百倍は生きてる連中だぞ、アイツら。


「なんかよくわかんないけどー、ママ困るみたいだし、父ちゃん一人じゃ寂しーってゆーんなら、今回は諦めるし」

「ええ。ごめんなさいね。ベリルちゃんが大人になったら必ず紹介するから。もしくはイエーロくんのお嫁さんが見つかったら……」

「——だからオレはクロームァ一筋だってば!」

「ええ、ええ。そうよね。イエーロくんガンバって。ママは応援しているわよ」


 こうして、ようやく二人を送り出せた。



 ったく。ベリルがダダ捏ねたせいでエライ時間を食っちまったぞ。


「ねー父ちゃーん」

「お?」

「疲れてたりしちゃう感じー?」


 そりゃあ何日も御者やって不寝番もしてたんだからな。合間に仮眠くれぇはとったが、疲れてるっていやぁ疲れてんな。


「やっぱしいーや」

「なにがいいんだ?」

「べっつにー。あーし、今日は宿でまったり過ごすしー」


 おうおう。父ちゃんを休ませてやろうたぁ、ベリルにも殊勝なとこあるじゃねぇか。

 だがな、そういうのはオメェにゃ似合わん。


「そうかい。だったら、俺だけで王都観光と洒落込むとするかね」

「——ちょ‼︎ あーしせっかく気ぃ使ってあげたのにー! どーしてそーゆーイジワル言うのさーっ。このっこのっ、マジありえなーい!」

「わぁったわぁった悪かったって。こらテメッ、グーで殴んなっ」


 遠慮なしにド突きやがって。んな握りのあまいグーじゃあ手首痛めちまうだろうが。


「ちょっくら王都を散歩してあれこれ見て、んで美味いモンでも食ってくる。そんくれぇでいいなら連れてってやるよ」

「行くーっ! あーし、すぐ着替えるから父ちゃんは宿の前で待っててー」

「いっしょに出掛けたらいいじゃねぇか」

「違うのー。ちゃんと可愛くするから、父ちゃんは外で待ってなきゃダメなのーっ」


 なんだか意味のわからんこだわりを発揮しやがってからに。

 まぁいい。時間かけねぇってんなら、外で待つくれぇしてやるか。コイツにしちゃあ可愛げのあるワガママだ。


「早くこいよ。あと鍵かけてくんだぞ」

「ほーい」


 俺に背を向けたまま返事したベリルは、頭っから突っ込む勢いで、衣服を詰めてきた箱をひっくり返しはじめた。

 こりゃあ帰ったら最初に後片付けか。ったく、手間増やしがって。


 で、宿の前で待つことしばし。


 俺はさっそく後悔した。


「ほい。鍵っ」

「お、おう。……なぁおい。なんだその格好は」

「どーお? せっかくの都会だしー、オシャレしちった〜っ」


 ベリルはお気に入りの小悪魔仮装。

 装飾品をジャジャラさせて、角に尻尾に羽まで付けてやがる。短杖を持ってるかどうかなんて、この際どうでもいい。


「着替えてこい」

「やだっ」

「いいから着替えて——」

「やだっ」

「周りに迷惑だろう」

「はあ? こんくらいのオシャレ平気だってー。ちょっと個性的で可愛いコがいるな〜って思われちゃうくらいだし。都会ってそーゆーもんなのーっ」


 言われてみりゃあ、通りを行き交う連中は、あまり気にしてねぇように見える。たまにギョッとしてる者もいるけど……。許容範囲か。


「ったく。オメェはよぉ。初っ端から聞き分けねぇとは先が思いやられんな」

「んっ」


 半ば諦めた俺に、ベリルは両腕を伸ばしてきた。


「肩車でいいか?」

「あれ子供っぽいからヤーっ。片っぽに乗っかるやつがいい」

「落っこちんなよ。ほれっ」

「きゃはっ」


 ひょいっと持ち上げて、左肩に乗せる。


「どっちから行く?」

「えっとねー、あっちー」


 こうして、俺と問題幼児の王都観光がはじまった。

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