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馬車でおでかけ③


 王都まであと少し。

 今日も朝早くから、轍に沿って馬車を走らせてく。やはりベリルは馬車んなかは性に合わないらしくって、いまも御者してる俺の隣だ。


 昨晩も不寝番してたから、隣でべちゃくちゃ喋ってくれるヤツがいるのは助かる。じゃねぇと、うたた寝しちまいそうな呑気な道のりだ。


 だってのに、どうしてか普段は喧しいベリルがやたら大人しい。


「オメェが言ってたフラグとやらはハズレちまったな」

「なに言ってんのさー。あーし、動物に襲われそーになって、めちゃピンチだったじゃーん」

「おう、オメェに近寄った獣のな」

「いやいやいや。目ぇクワッてしてシャーッてしてきて、あーしもおしっこシャーって止まんないし。めっちゃ怖かったんだかんねっ」

「そうかい」

「父ちゃん、ちゃんと聞いてんのー」

「おう。キッチリ聞き流してんぞ」

「もーっ。まーいーや。じゃーついでに聞き流してほしーんだけどさー、あーし、ちょっとだけ悪いことしちゃったなーって思ってて……」

「ほう」


 やっぱりなんか思うとこでもあったのか。見当つかねぇけど。


「山から降りてきたムジナとか猪とか大事な畑荒らすマジ害獣だし。熊とかめちゃこえーし。だから悪さすんなら、あーし的には懲らしめちゃってオッケーって感じなんだけどー。でもさー、あの毛むくじゃらは人が住んでるとこに来てたのか微妙じゃーん?」


 なにかと思って聞いてみれば、んなこと気にしてたのか。


「どっちかてぇいやあ、あっちの縄張りだろうな。道から外れてたしよ」

「だよねー……」

「なら、オメェは次からどうする?」

「父ちゃん呼ぶ」

「おう。それでいい。もしくはピストルっつったか、イエーロを煽りまくってた魔法。それで足元でも狙ってやりゃあいいんじゃねぇか。そしたら尻尾巻くだろ。デカい音で俺も気づくしよ」

「うん。次からそーする」


 しょげてるベリルってのも気味が悪ぃ。だからなんとなく、脇を抱えて俺の股のあいだに座らせた。


「おーっ。これ、あーしが馬車の運転してるみたーい」

「手綱握ってみるか?」

「うん!」


 まぁ、ベリルに触らせるだけで、俺が手放すわけじゃねぇから問題なし——おいコラ、振りまわすなっ。馬がびっくらこくじゃねぇか!


「はいよーはいよー!」



「うはうはうっはぁああああーっ‼︎ スゲェ、王都スゲェええええええーッ! おい見ろよベリル!」


 イエーロの感想第一号が、これだ。


「ちょいちょい兄ちゃんはしゃぎすぎー。もー、落ち着きなってばーっ。お上りさんじゃねーんだし恥ずいって〜の〜っ。マジ子供っぽいっつーのー。もー、ほんとにまったくーお子さまなんだからーっ。って——うはっ! めっちゃファンタジーっ。マジでゲームんなかみたいっ。ブイアールよりすっご〜い!」


 ベリルも似たようなもんだ。


 多少の遅れはあったが、馬車での旅程を終えて、俺らは無事に王都へ辿りついた。

 いまは宿に向かってるんだが、狭い御者台で俺の膝の上にベリル、隣にイエーロってぇ窮屈な思いをしいられてる真っ最中。


「父ちゃん父ちゃん、あのデッカい建物なーに?」

「デケェのは山ほどある、どれだ?」

「あれあれっ。てっぺんに星みたいなマークついてる青い屋根の白い建物っ」

「ありゃあ教会だな」

「ほほーう。父ちゃんが縁ないとこだ」


 どういう意味だ、コラ。


「じゃーさじゃーさ、あれがお城?」

「ああ。見たまんまだ。一番立派なのが王宮だ」

「おおーう。んじゃあっち進んでー」

「バカ言うな」

「父ちゃん父ちゃん!」

「こんどはイエーロかよ。で、なんだ?」

「あっちの屋台に行こう!」

「あとにしとけ。宿に馬車預けねぇとあんな人混み行けねぇだろうが」

「うん! 早くねっ」

「テメェは兄ちゃんだろ。ベリルみてぇなこと言うなっ」

「ちょっと父ちゃん、それどーゆー意味ぃ」

「まんまだ、まんま」


 喧しくて敵わんな。っとによ。


「おうおう。あれだ」

「お城っ?」

「屋台っ?」

「宿だ」


 見えてきたのは、そこそこ高級な宿。うちにしちゃあ奮発した類の。


「スゲェ。オレら、あんなキレイなとこに泊まれるの?」

「ちっちっちっ。兄ちゃんわかってないなー。都会では宿代ケチると危ねーし。あーしみたいな可愛いコを守るための、セキュリティにお金払うって思うべきだから」

「へえー。そうなの? 父ちゃん」

「おう。ある程度値が張る宿は、そのあたりもしっかりしてるってぇ話だ。だがベリルよ、俺が心配したのはオメェじゃねぇぞ。積荷の方だ」

「またまた〜。父ちゃんのツンデレとか需要ないってばー」


 いや、本当だぞ。

 べつに家族くれぇ目の届くとこにいりゃあ守ってやれる。だが、置きっぱなしの荷物まではどうにもなんねぇからな。


「まぁ、なんでもいい。ついたぞ」


 宿の裏側で馬車を停めた。


「ようこそ、トルトゥーガ様。お待ちしておりました」

「遅れちまって申し訳ない」

「いえいえ。長い旅程、しかも幼いお子様までいらっしゃるようですので。ささっ、部屋の用意はできております。馬車はこちらでお預かりします」

「悪いが荷物がかなりあるんだ。こっち側から運び込ませてもらってもいいかい?」

「ええ。構いません。では人手を——」

「ああいや、気持ちだけ。馬車に乗りっぱなしで体力持て余してんのがいるんで」

「さようですか。では、ご案内します」

「よろー」


 最後まで黙ってればいいのに。ベリルのやつ、偉っそうにでしゃばりやがってからに。


 俺らは部屋の場所を確認して、すぐに魔導ギアなんかを詰めた木箱をホイホイ運び込んでく。

 イエーロが部屋の近くまで持ってきて、俺は部屋んなかで整理して並べてくって分担して。


 もちろんヒスイも、身の回りのもんを整理したり忙しくしてる。


 でだ。こっちはアクセク働いてるっつうのに……。


「ねーねーボーイさーん。あーしお茶ほしー」

「ボーイ? 私のことですか?」

「そー」

「こら、ベリルちゃん。宿の方を困らせてはいけません」

「そーなの? なーんだー。高級な宿ならお茶とか出してくれんのかと思ったのにー」

「——ご、ご用意できますよ。いえ、します!」

「ごめんなさい。では……お願いします」

「かしこまりました」


 ベリルはお嬢様ごっこか。ったく。

 アイツを放っとくとエレェ高くつきそうだ。


「父ちゃん、これで全部」

「おうイエーロ。ご苦労さん」

「馬車は宿の人が預かってくれた」

「そうか。んじゃ王都最初の贅沢といくか」

「——なんか食べるの!」

「オメェはそればっかだな。ベリルが早速かましやがったんだ。宿のモン捕まえて茶ぁ持ってこいとさ。偉っそうに。だが対応してくれるたぁ、さっすが高ぇだけのことはあんな」

「アセーロさん。この宿では、普段からそのような歓待はしておりませんよ」

「なら本当にムチャ言っちまったんか」

「ええ、たぶんですけれど……」

「ちひひっ。あーしってば、なんかやっちゃいました系? マジごっめーん」


 ちったぁ悪びれてくんねぇかな、コイツ。


「ったくテメェは。まぁ、用意してくれるってんならありがたくいただこうぜ。んでヒスイ、どんくらい包めばいい?」

「そうですねえ、王都の茶店より若干多めに支払うくらいでよいかと」

「——いえ、お代は結構ですよ」


 さっきの宿の兄ちゃんが茶を運んできてた。

 スゲェ足運びだな。敷物の上を歩いたとはいえ、ギリギリまで気づかなかったくれぇだ。


「さすがにそういうわけには……」

「そちらのお嬢様からは、当宿をご利用されるお客様に『まずは旅の疲れを癒す一服を差しあげる』という、とても素晴らしい持て成しを学ばせていただきましたので」

「うはっ、めっちゃいい香りするしー。ボーイさん、ありがとー」

「とんでもありません。また、なにかありましたら遠慮なく仰ってください」

「ほーい。ねーねー、せっかくお茶だしてくれたんだしさー、美味しいうちに飲もーよー」

「本当にうちの娘が申し訳ありませんでした。では、このお茶はお言葉に甘えて、いただきます」

「はい。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」


 宿屋の兄ちゃんは、キッチリと礼をして去っていった。


「あーし、何気にいーことしちった?」

「こおらベリルちゃん」

「てひひっ、ママごめーん」


 清々しいくれぇ反省の色がねぇな、コイツ。


「ま、ああ言ってくれてるしな。実際に到着そうそうに茶ぁ出してくれる宿屋があったら、そこは繁盛すんだろうさ。またここに来ようってな」

「へっへーん」

「だからってベリル、あんま勝手してくれんなよ。希望があるんなら、まずは俺かヒスイに言え。いいなっ」

「はーい」


 口にした茶はいっつも飲んでる大麦を炒った茶と違って、とんでもなく上品な香りがした。実はめちゃくちゃ奮発させちまったんじゃないか?

 これが商売人の心意気ってやつなのかねぇ。こっちもいい勉強になったぜ。


 こうなったら、ここを常宿にできるくれぇ稼がねぇとな。

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