馬車でおでかけ③
王都まであと少し。
今日も朝早くから、轍に沿って馬車を走らせてく。やはりベリルは馬車んなかは性に合わないらしくって、いまも御者してる俺の隣だ。
昨晩も不寝番してたから、隣でべちゃくちゃ喋ってくれるヤツがいるのは助かる。じゃねぇと、うたた寝しちまいそうな呑気な道のりだ。
だってのに、どうしてか普段は喧しいベリルがやたら大人しい。
「オメェが言ってたフラグとやらはハズレちまったな」
「なに言ってんのさー。あーし、動物に襲われそーになって、めちゃピンチだったじゃーん」
「おう、オメェに近寄った獣のな」
「いやいやいや。目ぇクワッてしてシャーッてしてきて、あーしもおしっこシャーって止まんないし。めっちゃ怖かったんだかんねっ」
「そうかい」
「父ちゃん、ちゃんと聞いてんのー」
「おう。キッチリ聞き流してんぞ」
「もーっ。まーいーや。じゃーついでに聞き流してほしーんだけどさー、あーし、ちょっとだけ悪いことしちゃったなーって思ってて……」
「ほう」
やっぱりなんか思うとこでもあったのか。見当つかねぇけど。
「山から降りてきたムジナとか猪とか大事な畑荒らすマジ害獣だし。熊とかめちゃこえーし。だから悪さすんなら、あーし的には懲らしめちゃってオッケーって感じなんだけどー。でもさー、あの毛むくじゃらは人が住んでるとこに来てたのか微妙じゃーん?」
なにかと思って聞いてみれば、んなこと気にしてたのか。
「どっちかてぇいやあ、あっちの縄張りだろうな。道から外れてたしよ」
「だよねー……」
「なら、オメェは次からどうする?」
「父ちゃん呼ぶ」
「おう。それでいい。もしくはピストルっつったか、イエーロを煽りまくってた魔法。それで足元でも狙ってやりゃあいいんじゃねぇか。そしたら尻尾巻くだろ。デカい音で俺も気づくしよ」
「うん。次からそーする」
しょげてるベリルってのも気味が悪ぃ。だからなんとなく、脇を抱えて俺の股のあいだに座らせた。
「おーっ。これ、あーしが馬車の運転してるみたーい」
「手綱握ってみるか?」
「うん!」
まぁ、ベリルに触らせるだけで、俺が手放すわけじゃねぇから問題なし——おいコラ、振りまわすなっ。馬がびっくらこくじゃねぇか!
「はいよーはいよー!」
◇
「うはうはうっはぁああああーっ‼︎ スゲェ、王都スゲェええええええーッ! おい見ろよベリル!」
イエーロの感想第一号が、これだ。
「ちょいちょい兄ちゃんはしゃぎすぎー。もー、落ち着きなってばーっ。お上りさんじゃねーんだし恥ずいって〜の〜っ。マジ子供っぽいっつーのー。もー、ほんとにまったくーお子さまなんだからーっ。って——うはっ! めっちゃファンタジーっ。マジでゲームんなかみたいっ。ブイアールよりすっご〜い!」
ベリルも似たようなもんだ。
多少の遅れはあったが、馬車での旅程を終えて、俺らは無事に王都へ辿りついた。
いまは宿に向かってるんだが、狭い御者台で俺の膝の上にベリル、隣にイエーロってぇ窮屈な思いをしいられてる真っ最中。
「父ちゃん父ちゃん、あのデッカい建物なーに?」
「デケェのは山ほどある、どれだ?」
「あれあれっ。てっぺんに星みたいなマークついてる青い屋根の白い建物っ」
「ありゃあ教会だな」
「ほほーう。父ちゃんが縁ないとこだ」
どういう意味だ、コラ。
「じゃーさじゃーさ、あれがお城?」
「ああ。見たまんまだ。一番立派なのが王宮だ」
「おおーう。んじゃあっち進んでー」
「バカ言うな」
「父ちゃん父ちゃん!」
「こんどはイエーロかよ。で、なんだ?」
「あっちの屋台に行こう!」
「あとにしとけ。宿に馬車預けねぇとあんな人混み行けねぇだろうが」
「うん! 早くねっ」
「テメェは兄ちゃんだろ。ベリルみてぇなこと言うなっ」
「ちょっと父ちゃん、それどーゆー意味ぃ」
「まんまだ、まんま」
喧しくて敵わんな。っとによ。
「おうおう。あれだ」
「お城っ?」
「屋台っ?」
「宿だ」
見えてきたのは、そこそこ高級な宿。うちにしちゃあ奮発した類の。
「スゲェ。オレら、あんなキレイなとこに泊まれるの?」
「ちっちっちっ。兄ちゃんわかってないなー。都会では宿代ケチると危ねーし。あーしみたいな可愛いコを守るための、セキュリティにお金払うって思うべきだから」
「へえー。そうなの? 父ちゃん」
「おう。ある程度値が張る宿は、そのあたりもしっかりしてるってぇ話だ。だがベリルよ、俺が心配したのはオメェじゃねぇぞ。積荷の方だ」
「またまた〜。父ちゃんのツンデレとか需要ないってばー」
いや、本当だぞ。
べつに家族くれぇ目の届くとこにいりゃあ守ってやれる。だが、置きっぱなしの荷物まではどうにもなんねぇからな。
「まぁ、なんでもいい。ついたぞ」
宿の裏側で馬車を停めた。
「ようこそ、トルトゥーガ様。お待ちしておりました」
「遅れちまって申し訳ない」
「いえいえ。長い旅程、しかも幼いお子様までいらっしゃるようですので。ささっ、部屋の用意はできております。馬車はこちらでお預かりします」
「悪いが荷物がかなりあるんだ。こっち側から運び込ませてもらってもいいかい?」
「ええ。構いません。では人手を——」
「ああいや、気持ちだけ。馬車に乗りっぱなしで体力持て余してんのがいるんで」
「さようですか。では、ご案内します」
「よろー」
最後まで黙ってればいいのに。ベリルのやつ、偉っそうにでしゃばりやがってからに。
俺らは部屋の場所を確認して、すぐに魔導ギアなんかを詰めた木箱をホイホイ運び込んでく。
イエーロが部屋の近くまで持ってきて、俺は部屋んなかで整理して並べてくって分担して。
もちろんヒスイも、身の回りのもんを整理したり忙しくしてる。
でだ。こっちはアクセク働いてるっつうのに……。
「ねーねーボーイさーん。あーしお茶ほしー」
「ボーイ? 私のことですか?」
「そー」
「こら、ベリルちゃん。宿の方を困らせてはいけません」
「そーなの? なーんだー。高級な宿ならお茶とか出してくれんのかと思ったのにー」
「——ご、ご用意できますよ。いえ、します!」
「ごめんなさい。では……お願いします」
「かしこまりました」
ベリルはお嬢様ごっこか。ったく。
アイツを放っとくとエレェ高くつきそうだ。
「父ちゃん、これで全部」
「おうイエーロ。ご苦労さん」
「馬車は宿の人が預かってくれた」
「そうか。んじゃ王都最初の贅沢といくか」
「——なんか食べるの!」
「オメェはそればっかだな。ベリルが早速かましやがったんだ。宿のモン捕まえて茶ぁ持ってこいとさ。偉っそうに。だが対応してくれるたぁ、さっすが高ぇだけのことはあんな」
「アセーロさん。この宿では、普段からそのような歓待はしておりませんよ」
「なら本当にムチャ言っちまったんか」
「ええ、たぶんですけれど……」
「ちひひっ。あーしってば、なんかやっちゃいました系? マジごっめーん」
ちったぁ悪びれてくんねぇかな、コイツ。
「ったくテメェは。まぁ、用意してくれるってんならありがたくいただこうぜ。んでヒスイ、どんくらい包めばいい?」
「そうですねえ、王都の茶店より若干多めに支払うくらいでよいかと」
「——いえ、お代は結構ですよ」
さっきの宿の兄ちゃんが茶を運んできてた。
スゲェ足運びだな。敷物の上を歩いたとはいえ、ギリギリまで気づかなかったくれぇだ。
「さすがにそういうわけには……」
「そちらのお嬢様からは、当宿をご利用されるお客様に『まずは旅の疲れを癒す一服を差しあげる』という、とても素晴らしい持て成しを学ばせていただきましたので」
「うはっ、めっちゃいい香りするしー。ボーイさん、ありがとー」
「とんでもありません。また、なにかありましたら遠慮なく仰ってください」
「ほーい。ねーねー、せっかくお茶だしてくれたんだしさー、美味しいうちに飲もーよー」
「本当にうちの娘が申し訳ありませんでした。では、このお茶はお言葉に甘えて、いただきます」
「はい。どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
宿屋の兄ちゃんは、キッチリと礼をして去っていった。
「あーし、何気にいーことしちった?」
「こおらベリルちゃん」
「てひひっ、ママごめーん」
清々しいくれぇ反省の色がねぇな、コイツ。
「ま、ああ言ってくれてるしな。実際に到着そうそうに茶ぁ出してくれる宿屋があったら、そこは繁盛すんだろうさ。またここに来ようってな」
「へっへーん」
「だからってベリル、あんま勝手してくれんなよ。希望があるんなら、まずは俺かヒスイに言え。いいなっ」
「はーい」
口にした茶はいっつも飲んでる大麦を炒った茶と違って、とんでもなく上品な香りがした。実はめちゃくちゃ奮発させちまったんじゃないか?
これが商売人の心意気ってやつなのかねぇ。こっちもいい勉強になったぜ。
こうなったら、ここを常宿にできるくれぇ稼がねぇとな。




