馬車でおでかけ①
どこまでもつづいてく轍に沿い、王都に向けて馬車を走らせてる。
「ねー父ちゃん。やっぱしスッポンの方が早かったんじゃなーい。てか、うちにお馬さんいたとかびっくりだし」
「王都に魔物を連れ込めるわけねぇだろ。ちったぁ考えてものを言え。あと馬くらいいるわ」
いちおう貧乏なりに貴族なんだ。歩きでってわけにはいかない場面もあるからな。
つっても騎乗するような立派な馬じゃくて、荷物引っ張ってるのが似合う駄馬だけどよ。
年季の入った馬車を御してんのは俺で、隣にはベリルが座ってる。ヒスイとイエーロは荷物といっしょに馬車んなかだ。
「どうでもいいが、落っこちんなよ」
「ヘーキヘーキ。てか、あーし飛べるし」
「居眠りしてコテッといったら間に合わねぇだろうが。いいから馬車んなか入っとけ」
「こーんな揺れてんのに横向きで座ってたらオエェェッてなっちゃうし」
「そうかよ」
「あと、あーし外はじめてだし〜。景色とか見てたーい」
「そうかい」
トロコロ進む年季の入った馬車は、とっくの昔に見飽きた光景をいつまでも追っかけてく。
代わり映えしねぇ風景だってのに、ベリルはご機嫌で眺めてた。
「父ちゃん父ちゃん、あの木なんてゆーの?」
「知らん」
「手綱代わってー」
「ダメだ」
「おしっこー」
「またかよ」
こんな具合に、欠伸には事欠かない呑気な道中だ。
今回の王都行きの目的は、魔導ギアの一振りをミネラリア王に献上する口添えを有力者に頼むため。
つっても俺のツテなんて知れてる。事前に将軍閣下とタイタニオ侯爵殿には手紙を送って、会う約束を取りつけてある。以上だ。
口添えの他にも、目利きが信用できそうな商会と繋いでもらって値段についての相談しなきゃならん。もしくは教会で相談するか。
在庫の管理やら売掛金のことを考えると、うちが直接卸すのはキツい。資金もねぇしな。だから利益を減らしてでも、なるだけ問屋に任せたいところだ。
そうすりゃあ抱き合わせでサンダルも装飾品も買ってくれんだろうって算段なんだが、上手くいくもんかね? いや、やらねぇとな。
木陰で待つことしばし。
「なぁベリル。まだか?」
「もー。途中で話しかけないでー。おしっこ引っこんじゃったじゃーん」
ようやく戻ってきたベリルは、手の周りだけ丸く流水で包むってぇ器用なマネをしてた。
そいつをバシャッと地面に捨てると「お待たせー」と脚に体当たりしてくる。
「おい。俺の服で手ぇ拭くな」
「洗ったから汚くないしー」
「なら自分の服で拭け」
「そんなんしたら濡れちゃうじゃーん」
俺も濡らされるのがイヤだから言ってんだが。
「まぁいい。チンタラ進んでると野宿だぞ。早く乗れ」
「ほーい」
てってく御者台に歩いてって、直前でピタリ。
「父ちゃーん」
「オメェは飛べるんじゃなかったんのか」
「あーしってば甘えたいお年頃なのー」
「ったく」
ひょいっと脇を抱えて乗せてやる。俺も飛び乗ったら、再び王都へ向けて馬車を進ませた。
◇
「父ちゃん、覗いちゃメッだかんねっ」
「あぁあぁ喧しい。いっつも誰が風呂に入れてやってると思ってんだ」
ベリルが興味と尿意のままに馬車を止めさせるもんだから、結局、野宿するハメになっちまった。
んで、いまはヒスイとベリルが天幕んなかで風呂に入ってる。自分でもおかしいこと言ってるって自覚はあるが、そのまんまなんだ。
天幕を広げて、そのなかに板っ切を並べたスノコみてぇなのを用意したら、あとは立ったまま肩から足の先まで湯の玉に浸かるって寸法らしい。
一日二日の風呂くれぇガマンしろって言いてぇとこだが、ヒスイも乗り気ならしかたねぇ。
ちなみに俺は外で見張りをさせられてて、イエーロは馬車に積んである荷の確認中。
……暇だ。
聞き耳立ててるつもりはなくても、聞こえてくる会話に耳を向けちまう。
「ベリルちゃん。とても素敵な魔法ね」
「でっしょー」
「もし頭まで洗いたいと言ったら贅沢かしら?」
「ぜーんぜん。シャワーもあるし」
「では、そのシャワーというのもお願いするわ」
「ほーい。ポチィ」
「——キャ!」
突然、会話をぶった斬った悲鳴に、俺は反射的に天幕のなかへ飛び込んじまった。
そこでは、ヒスイが支柱から雨粒みてぇなもんをかけられてる。が、とくに問題なさそうだな。
「父ちゃんのエッチぃ」
「アセーロさんのエッチぃ♡」
って、水をぶっ掛けられた。
「——ブフッ。なにしやがる!」
「お約束だし」
「だそうですよ」
どこのお約束だ。んなもん聞いたことねぇぞ。まぁいい。それよりだ。
「そいつぁなかなか具合がよさそうだな」
「ええ。不思議な感じですけれど、サッパリして心地よいですよ」
「ほぉう。なら俺にもあとで頼むわ」
「りょーかーい」
出しなに天幕で顔をゴシゴシ拭いたら、もう見張りはいらねぇだろうとイエーロの様子を見にいく。
「おう。問題ねぇだろ」
「うん。でもすごく揺れてたから心配で」
「あのよぉ、揺れたくらいでどうこうなる品は運んでねぇだろうが」
「そっか。そうだよね」
似たようなやり取り、実はもう何回もしてる。イエーロのやつ休憩のたんびにソワソワと。
「オメェがそんなに心配性だったとは、意外だな」
「だって、領地のみんなの生活がかかってるんだよ。オレもできることはしたいって思うよ」
「そいつぁいい心掛けだが、あんま面に出すな。そういうのは周りを不安がらせちまうぞ」
「わかった」
「あとな、俺が野盗ならテメェみたいな振る舞いしてるヤツを真っ先に狙う。身の丈に合わねぇ品を持ってビビってるヤツなんて狙い目だろ」
「そ、そんなヤツらオレがやっつけてやる!」
「バーカ。そういう連中に目ぇつけられた時点で面倒事が連鎖してくんだよ。だから堂々としてろ。それが一番だ」
イエーロがコクンと頷いた。ちゃんと理解してから返事するのは、コイツのいいとこだろう。
どっかの誰かさんみてぇに、考えなしで返事しちまう問題幼児なんかより遥かに利口だ。
なーんて心中で毒づいてたら、張本人に服の裾をグイグイ引っぱられた。
「ねーねー父ちゃん。いまのフラグだし」
「フラグ?」
「んとぉ……、縁起悪いって意味。噂をすればーみたいなー」
「ここいらにトルトゥーガの紋章つけてる馬車を狙うような間抜けはいねぇって。うちは貧乏丸出しだからな。しかも大鬼種の混血だらけだ。割に合わねぇだろ」
「あーあー、またデッカいフラグ立ててるしー」
オメェのセリフが一番不吉だ。
「どうせ不寝番には立つ。来たらきたで暇つぶしに蹴散らしてやるさ」
「父ちゃんのフラグ立てが止まんなーい」
「んなこたぁどうでもいいからよ、俺とイエーロの風呂を頼む」
「ほーい」




