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手一杯、だというのに新商品④


 ——翌日、トルトゥーガ領の広場。


 集まった聴取を前に、ヒスイは静かに語りはじめた。

 その口調は次第に熱を帯びていき……。


「嗚呼、また逢いたい。無事に戻ってほしい……。そんな祈りを込めて、武具と同じ部位から切り出した素材を丁寧に加工して作った逸品。そう、これは離れていても愛する者同士を繋ぐ、縁結びのアクセサリーなのです」


 なにかしらの琴線に触れたらしく、女房方はキャーキャーはしゃいでやがる。いや、どっちかってぇと独身の若い女衆の方が盛り上がってんな。


 想像以上の好反応だ。聞いてて背筋がムズ痒い思いしてんのは俺だけか?


「実はオレ、大切に想ってる人に内緒でこっそり贈ったんだ。戦に行く前に。また会いたいなって。会って自慢できる武勲をあげたいって……。そしたら初陣だったのにそこそこ活躍できてさ、土産もたくさん買えて、大変な戦だったのに彼女のところへ帰ってこれたんだ」


 イエーロォォオッ、テメェもかぁあああーっ‼︎


「「「キャァァ〜ッ、クロームァ愛されてるぅぅ〜!」」」


 さらに盛り上がる女衆。


「しかもー、これって魔力をちびっと込めると——ほら光るし! めっちゃキレイっしょー?」


 さらにさらに盛り上がる女衆。


 この光景を微笑ましく見てんのはゴーブレみてぇな爺さんだけで、女房がいるヤツらなんかは『強請られる』『同じのを強要される』ってな具合に戦々恐々としてやがる。


 さて、俺らがいまなにをやってるかっていうと、意識調査なるもんをやってる。語るまでもなくベリルの発案で。


 手ぇ空いた順に片っ端から広場へ足運んでもらい、その面々に、ヒスイとイエーロが魔導ギアと同じ亀素材の装飾品の逸話を聞かせてってるんだ。ベリルのは予定にないでしゃばり。

 で、聴衆の反応を見て、伸るか反るかの判断材料にしようって寸法。


 このぶんだと、売れ残ってマズいって展開にはならなそうだ。都会の連中がどう感じるかは未知数だがよ。


 しかし問題はある。

 百歩譲って、俺がヒスイと揃いの装飾品をつけるってぇのは認めてやってもいい。しかしよ、それを逸話と合わせてどう広めてくつもりなんだ?

 いや、なんとなく想像つくんだがよぉ。それを俺は聞きたくねぇし、考えたくもねぇ……。


「ねー父ちゃん」

「ダメだ」

「まだなんも言ってないしー」

「ダメったらダメだ」

「ママのこと好きじゃないのー?」

「そういう話じゃねぇだろ、これは!」

「まーいーや。ママ、王都の友達に言いふらすってさー」


 そ、それならまぁ、俺がいねぇとこでなら構わねぇよ。


「だから父ちゃんは、ママといっしょに挨拶した人にラブラブ自慢しといてー」

「だからイヤだっつってんだろうが!」

「イヤイヤって! ワガママばっか言っちゃダメだし」

「…………」


 くっそぉぉ。あんときベリルを甘やかしておけばよかった。まさかこんな後悔のしかたするとは思ってもみなかったぞ。


「エピソード話すキッカケにさー、お客さんにアクセ一個あげたらいーし。奥さんのお土産にどーぞーって。これって商品サンプルってやつだしっ」


 魔導ギアと同素材の装飾品を贈る、か。


 悪くはねぇ。自分だけ高いモン買うのが気ぃ引けるってぇのは男の常だろう。

 そこで女房にチビっこいもんでも土産を渡せりゃあ、デカい取引の話を持ってきやすくもなる。

 しかも縁起モンの装飾品とくればなおさらだ。


 そのあたりは俺だってわかってんだ。

 だがよ、俺ぁケツの青い若造じゃねぇんだよ。小っ恥ずかしいったらありゃしねぇ。


 それとな……。


「あなた。大丈夫ですよ」

「後家さんたちは気にしねぇのか?」


 俺が気になってんのは、縁結びやら無事を祈るってぇ装飾品を作んのが、すでに亭主や息子を失った女たちだってことだ。


「失う辛さを知る彼女たちだからこそ、こういった物に縋りたくなる気持ちもわかるのでしょう。それが救いになるということも。この話を伝えたら『でしたら男衆が照れないような物も必要ですね』と、みなさん張り切っておられましたよ」


 んだよ。結局はこの一件、ぜんぶヒスイの手のひらの上だったってぇことか。

 俺が渋んのも見越しやがってからに。


「だったらいいんだけどな。でも不幸があったばっかりの者にはやらせんなよ」

「ええ、もちろんです。心の整理がついた方にだけお願いするようにします。それに、サンダル作りのお仕事だってあるのですから」


 女の逞しさってのは女の方がわかるのかねぇ? ヒスイが大丈夫ってんなら大丈夫なんだろ。

 その方面で俺が気にしなきゃならんのは、借りてった旦那や息子を生きて帰してやることだけだったな。


「あとよ、逸話はほどほどにしとけ。戦にしろなんにしろ、生き死にってのは水モノな側面もあるからな。あんまし真に受けられると逆恨みされかねん」

「うふふっ。本当に気を配る方なのですね、アセーロさんは」

「茶化すな」

「ベリルちゃんは御守りと言っていましたけれど、どちらかというと『縁結び』や『まじない遊び』の一種として受け入れられていました。だからその心配は無用です」

「だったら、そこそこ手頃な値にしとくべきか。成人したての若ぇのでも背伸びすりゃあ買えるくれぇによ」

「ええ。それがよいかと」


 俺にだって、こりゃヤベェってギリギリんとこで『贈られた装飾品一つが支えになる』って感覚はわからなくはねぇんだ。ちと青臭いとは思うがな。


 もともとは捨てるはずの切れっ端を使ってんだから、かかってんのは手間賃だけ。多少安くしたって構いやしねぇ。

 かえってその方が、数も捌けるだろうし過大な期待もされんし、いいこと尽くめだろ。ひいては後家さんたちの懐も心うちも潤う。


 もし余っても素材見本がてら配ればいい。そこそこの値に抑えとけば、装飾品作りの手間賃は魔導ギアの売り上げから補填できる。

 そう考えりゃあ、流行らなくっても使い道はいくらでもあるな。


 まっ、たくさん売れるのが一番なんだけどよ。


 にしても女ってのは、ホントに装飾品が好きな生きモンだぜ。今回の意識調査でつくづく思い知らされたわ。


 ヒスイの話では、ガキが大っきくなった家の母ちゃん方も『装飾品作りしたい』って訴えてるらしい。

 そいつぁもう少し待ってもらうことになるが、いつか、サンダル作りから発展して靴とか革製の衣類なんかにも手ぇ広げてけばいいさ。


 ……つうか、俺が許可する前にすでに作ってやがるヤツがいるしよ。


 誰がかって? 語るまでもない。


「おいベリル。その服はなんだ?」

「スリーブレスのワンピースっ。いえーい!」


 袖のないチュニックみてぇな亀革の服だ。しかも朱色でやたらと派手。


「なぁオメェさんよぉ。ちっとは学習してくんねぇか」

「父ちゃん、こーゆーのたくさん作っていーい?」


 事後承諾一歩手前だぞ。ったく。


「却下だ。ダメに決まってんだろ」

「これ試作品だしー。てゆーか鎧は売らないんだしさー、サンダル作っても革めちゃ余るじゃーん」

「……そういやそうだな」


 盾にも使ったりするが、鎧なんかよりはずいぶん少なくて済む。そうなると余った革をどうするか……って、いやいやまてまて待てっ。


「いい加減手ぇ広げすぎだ。許可すんのは試作品までな。そこんとこ頭に叩き込んどけ」

「ほーい」


 わかってんのか聞き流してんのか微妙な返事をしたベリルは、キャイキャイ装飾品の意匠について話してる女衆んとこに交じっていった。


 後家さんたち、ちっと前まで幸薄ヅラしてたってぇのにな。いまはスンゲェ活き活きしてんだ。


 ちんまいベリルが交じってんのを見たガキ共も、大人相手に尻込みしねぇでおマセな意見をぶってよぉ。


 どれもこれも、ついこないだまでトルトゥーガ領(うち)にはなかった空気だ。


 できるもんなら売ってやりてぇ……。


 チッ。しゃあねぇなっ。女房との惚気話くれぇ我慢してやるよ。

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