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手一杯、だというのに新商品③


「おうベリル。こらぁなんだ?」

「アクセーっ」


 んなもん見りゃわかる。

 俺が聞きてんのは、どうして我が家の食卓に所狭しと装飾品が並んでるんだって話だ。


「可愛いっしょ〜?」


 しかもコイツまったく悪びれてねぇ。


「怒鳴りつけたいところではあるが、その前にいちおう聞いてやる。なんのために、誰に作らせたんだ?」

「あーし怒られるよーなことしてないしー」

「だから、そのあたりを説明してみろっつってんだろうが」


 そもそも勝手に物事を進めてる時点で、叱る理由としては充分なんだが。俺も甘ぇな。


「よっこいしょ」


 なんて声をあげて箱馬で底上げしたイスから降りると、こっちにテコテコ歩いてくる。

 んで、ベリルは俺の膝の上に立つと「いーい父ちゃん」と言って聞かせるようにアクセとやらを作る利点を語りはじめた。


「つまりー、あーゆーシンプルな作りのサンダルって、たぶん高く売れないし。したらシングルママたちの生活あんまし変わんないじゃーん」

「だから少しでも単価の高い装飾品を作らせたって言いてぇのか?」

「そーそー、それ。小さいから場所とんないし、売れると高いし。イイこと尽くめっ」


 一理ある。が、大事なことを忘れてねぇか。


「てゆーか、そもそもあーしが作ってってお願いしたんじゃねーしっ。あーしのアクセ見て『可愛いね』ってゆーから作り方教えてあげただけだし。そしたらシングルママさんたちが『アクセ作りもやりたい』って言ってたんだもーん。あーし悪くなーい」

「そうか。無理やりコキ使ったみてぇな言い方はよくなかったな。悪ぃ。引っ込めさせてくれ」

「まったくもー父ちゃんはしかたないなー、まったくー」

「でだ」


 ベリルの腰を掴みあげてクルッとこっち向きにさせたら、ギッと叱る顔をしてやる。


「な、なーに……。あーし悪くないもーん」

「ホントにそう思ってんのか? なにか忘れてるこたぁないか? おい、目ぇ逸らすな」

「いちおー相談してからの方がよかったかもーって……。でもさー……」

「でもなんだ」

「あーし可愛いのほしーし。でも父ちゃんダメーって言うじゃーん。だから内緒でこっそり……。てへへっ」


 てへへっ、じゃねぇよ!

 よりにもよって確信犯じゃねぇかっ。隠してぇんならキッチリ隠せよな。ったく。


「俺ぁ、オメェやヒスイが自分用のを作るぶんには止めたことねぇだろ」

「みんなも欲しいって言ってたしー」


 それがデッカい間違いだ。


「ベリル、よっく考えろ。ホントに欲しいって言ってたのか? 本当に、後家さんたちは『自分を飾りたい』って思って言ったんか?」

「…………違うかも」

「おう。そこをゴマカさなかったのは評価してやる。後家さん方が装飾品を作りたがったのはオメェがはじめに言ってたとおり、ちっとでも高く売れるからだ。つまりベリルが一番やらかしちまったことがなにか、わかるか?」

「……えっと……注文きてないのに、たくさん売れるって期待させちゃった、とか……かも」


 わかりゃあいい。


「——父ちゃんどーしよっ‼︎ みんな一生懸命作ってたし、いまさらごめんなさいしたら……ガッカリ、させちゃうよね……?」

「だな」

「でも、めっちゃ楽しそーだったんだもーん」


 そりゃあ俺でも目に浮かぶ。

 つうかヒスイも止めろよ……って、アイツも同じ気分だったんかもな。


「みんなね、あれが可愛いこれが可愛いって感じでー。じっさい可愛いし……。だから、あーしも楽しくなっちゃって……んでぇ……うぐっ……ゔ……ずびっ」


 あーあ、泣く子と女房にゃあ叶わないってか。


「とりあえず泣くな」

「な、泣いでないじぃぃ……んっぐ……」


 ほう。クソ意地張る元気は残ってんだな。

 ならいいや。やっぱり甘やかさねぇ。ちぃとばかし酷だが、頭下げて終わりなんて認めてやんねぇぞ。


「おいベリル。簡単にケツ捲るな」

「でぼぉ、こんだでぃ、だぐざん作ぐっぢゃっだじぃぃ……うびっ、ずびびっ」

「オメェは売れねぇもんを作ったのか?」

「ぢがゔ、っ……」

「なら問題は売り方だ。どうやって『スゲェいい品があるかって知らしめるか』じゃねぇか? 武具だってそうしただろ」


 おいおい、んな目鼻をゴシゴシこすんな。腫れちまうだろうが——っておい! このヤロッ、俺の服で拭いやがった。


「ふづづっ……っ。宣伝の方法、考えるし!」


 おし。鼻ぁ啜って気合い入ったみてぇだな。水差したくねぇから、俺の服を汚した件は忘れといてやろう。


「武具は俺が身体張って宣伝しただろ。あれみてぇなイイ手がありゃあいいんだが」

「んんーと、父ちゃんが身体で売ったみたいなやつかー……」


 こらテメェ『身体を張った』だ。間違えんな。なんだか聞こえが悪ぃじゃねぇか。


 へへっ。だがよ、いつものベリルに戻ったみてぇだな。その証拠に、いつもの「ひひっ」てぇ幼児に似つかわしくねぇ笑みを浮かべてやがる。


「ねー父ちゃん。アクセさー、御守りにしちゃえばよくなーい」

「御守り?」

「そーそー。魔導ギアって、いろんなところのパパが買うんでしょ?」


 なんか引っかかる言い方だが、話のコシを折りたくねぇから頷くだけにして聞き流す。


「帰ってくんの待ってるママとか子供とかカノジョとか、めっちゃ心配してんじゃーん。てゆーかパパもカレシもだからー、どっちもだしー」


 きっと閃きを、頭んなかでまとめながら話してるんだろう。

 ポツポツ辿々しかったり、急に早口になって滑舌が怪しくなる。


「つまりさっ、家族ぶん売れるってことじゃんっ。うわ、マジあーし天才じゃーん! めちゃ商才あるしっ。うひひっ。こーゆーのってー、恋人同士とかもほしがりそーじゃね? あーしだってカレシとお揃いとかしたらあがるだろーし〜っ。うんうん。ありありのあり〜っ! ねっねっ、父ちゃん、どーお?」


 どーお? って聞かれてもな……。

 いまのじゃ、いまいちわかんねぇぞ。


「御守りで……、家族ぶんとか恋人同士っつってたか……。要するに、この装飾品を縁起モンとして広めるつもりなのか?」

「そー言ってんじゃーん。もー父ちゃんはニブちんだなー、まったくーもー」


 肝心なとこが抜けてんぞ。


「眉唾モンでも縁起モンでもいいがよ。てぇこたぁ、それなりの逸話が必要になるよな。そこんとこは考えてあんのか」

「はぁ〜あ。マジこれだから父ちゃんは……」


 ヤレヤレみてぇな態度とりやがってからに。

 しっかしなんかあったか? まったく身に覚えがねぇぞ。だがイヤな予感はしてきてんだな、これが。


「今回の戦争で父ちゃんたちめっちゃ活躍したんでしょ。ならさー、父ちゃん兄ちゃんを心配するママとあーしが付けててー、留守のあいだママとあーしが無事でいてほしいって父ちゃん兄ちゃんも付けてて〜……。んでっ、アクセのご利益ぅみたいな!」

「つまりは、俺とヒスイが互いの無事を祈って揃いの装飾品をつけてた。んで結果は、立派な戦果をあげて無事帰還。そういうことにしたいってこったな」

「そー! 実際にママはつけてたし。嘘じゃないしっ」

「————んなもん却下だ、却下‼︎ なんで俺が、そんな優男みてぇな青臭いマネしなきゃなんねんだ。小っ恥ずかしくて表ぇ歩けなくなるわっ。冗談じゃねぇ!」


 くっそ。ヒスイの耳に入る前に、この話だけは確実に潰しちまわねぇと——


「嗚呼、素敵よ。す、て、き……っ♡ ベリルちゃんはなんて素敵なことを考えるのかしら。天才すぎるわ!」

「ひひっ。でっしょー」

「…………」


 ……あーあ、遅かった。


 声のする方を向いたら、うっとり顔のヒスイがドアの縁にしなだれかかった。

 チッ。見る限り、どっから聞いてたのかを確かめるまでもねぇな。手遅れっつうことだ。


「てーことでぇー、父ちゃんどれにするっ?」

「ねえアセーロさんアセーロさん。このブレスレットなんていかがですか? これなら、あなたと私、お揃いの意匠にできるのではなくて」


 こんどはこっちが泣きてぇ気分だ。こんちくしょう!


 それによ、マジメな話、ちっとも笑えねぇ理由があって反対してるってのもあるんだが。

 コイツらわかってんのか、そのへんを。

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