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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第二章

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手一杯、だというのに新商品②


 いま俺は、倉庫に素材を放り込みがてら、イエーロたちに任せた試作品作りの進捗を確認してる。

 わかっちゃいたが、見る限り手一杯。こりゃどうしたもんかね、と今後のことに頭を捻ってたら——


 ペッタン、ペッタン、ペッタン。


 聞き慣れない足音が後ろから近づいてきた。

 振り返ると……誰もいねぇ。いや下か。


「じゃじゃーん。どーお? めちゃ可愛くなーい?」


 そこにいたのは、つま先を見せつけるように片足立ちするベリルだった。もちろんフラついてる。


「おい、転けんぞ」

「おっととー。父ちゃんありがとー。んで、どーよ?」


 しゃがんで手ぇ貸してやると、親父に向かって足の裏を向けてきやがる。


「そりゃなんのマネだ?」

「真似じゃねーしー。オマージュ、インスパイア、トリビュート、パロディ、すごく似たサンダルがあっても別物だし」

「なに言ってるかさっぱりだ」


 とにかくサンダルの話みてぇだな。


「そいつの履き心地はどうなんだ?」

「んんー。まーまー。山登りとかは厳しーかもだけど、そこらへん歩くぶんには問題なーし」

「そっか。作る手間は?」

「ぼちぼちー。革を足裏のカタチに切り出したらちょいちょい縫ってー、引っ掛けるとこと靴底つけるだけ。鎧作ったときみたいに鋲で止めてるから、けっこー丈夫っぽーい」


 なかなか立派な作りだ。とりたてて高値で売れそうでもねぇが、後家さん方の内職にはちょうど良さそうだな。


「そうかい。なら、他のガキ共のぶんも作って配ってやれよ。したら足の裏ぁ切って腫らすこともなくなんだろ」

「ひひっ。父ちゃん優しーじゃーん」

「うっせ。薬代が浮いたぶん得なんだよっ。その作りなら切れっ端でもできんだろ?」

「まーねー」

「ああ待て。せっかくだ、ちっとヒスイ呼んでこい」

「なんでー?」

「ワケはそんとき話す」

「ほーい」


 また、ベリルはペッタンペッタン間抜けな足音をたてて、倉庫兼工場から出ていった。


 ややあって、一連のやり取りを見てたイエーロが、珍しくマジメな顔で話しかけてきた。


「父ちゃん。オレら、これ以上はムリだよ」


 ほう。コイツの口から『オレら』ときたか。つまりは他の連中の進み具合や負担も把握してるってこったな。へへっ。やるじゃねぇか。


「こいつが上手くいきゃあ、むしろオメェらの手助けになるかもしれねぇぞ」

「どういうこと?」

「そのあたりもヒスイがきたら話してやる。いいからキリのいいとこまで進めちまえ」

「うん」



 しばらくしてやってきたヒスイも、ベリルのと作りが同じサンダルを履いていた。


「使い勝手はどうだ?」

「日常生活には充分ですよ。それに工夫次第では素敵にできます」

「ほらほらー見てみてー。あーしのハートいっぱーい。ママのは星いっぱーい」


 足の甲に当たる部分に、防御板の切れっ端で作った飾りが貼りつけてあったり、逆に切り抜いてあったりしてる。


 ……ほう。ひと手間加えただけで、だいぶ印象が変わるんだな。


「良さは俺にはわからん。だが、そいつぁお嬢さん方が欲しがりそうな代物だってのは、オメェらの反応みて理解した」

「私も、アセーロさんがなにをお考えなのかわかりましたよ。たぶん、大きな利益にはなりませんが、思惑どおりにいくのではないでしょうか」

「ねーねー、あーしにもわかるよーに話してくんなーい」

「オレも、なんの話かわかんないや」


 うちが傭兵稼業をやってる限り避けられねぇ問題だ。亭主に先立たれた女房子供がどうやって生きていくかってのは、けっこうな難問。

 作物が取れる他の領地なら、役目はいくらでもあるんだろうがよ。うちにはそれがねぇ。


 もちろん食うに困らねぇようにはしてる。だけど働き手を出してねぇ家ってのは、肩身が狭い思いをしちまう。

 当然だが、俺も他の連中だって事情はわかってるからヘンな目ぇ向けたりなんて絶対しねぇ。むしろ気の毒だなって思うのも控えてるくれぇだ。

 領主で、傭兵団の長もやってる俺が言うのもなんだけどよ。


 ここで重要なのは本人の気持ち、それだけだ。


 無論、新しい旦那といっしょになるって例もなくはねぇが、そんなに人口が多い土地でもねぇしな。人間関係を考えるとなかなか難しい。

 となると、キッチリ役に立ったうえでガキにメシ食わしてるって状況——つまり、後家さんでも育児の合間にできる仕事が必要になるわけだ。

 

 ここまで話してやったら、ベリルはわかったみてぇだ。それとイエーロもおぼろげに。


「えっと……つまり父ちゃんは、残された奥さん方にサンダル作りをしてもらおうって考えてるの?」

「おうよ。まだあんぞ」

「はいはいはーい!」

「ベリル、言ってみろ」

「働けなくて困ってるの、シングルママさんだけじゃないしー。戦争とかで大っきな怪我した人もそーでしょ?」

「ああ。そのとおりだ」

「その人たちにサンダル作りしてもらってー、慣れたら向いてそーな人に魔導ギアを作るの手伝ってもらおーってー、そーゆー悪巧みっ」


 おう。悪巧み以外は正解だ。


「オメェよぉ、俺ぁそういう連中もちゃんと食わしてんだぞ。ムリ言ってコキ使おうとしてるみてぇな言い方しねぇでくれよな。ったく」

「えへへっ。ごっめーん。冗談だってばー」


 冗談でもやめてくれって言ってんだが。


「私もサンダル作りをやってみましたが、革の縫い合わせの際に多少のチカラとコツは必要ですけれど、そこまで難しくもありませんでした。よいお考えかと思いますよ」

「亀素材で針作ればよくなーい。したら、めっちゃ尖んがるし」

「そうね。ベリルちゃんの言うとおりです。細く作らなくてもいいので、問題なく用意できるのではないですか。小さい物ですし、魔力が少ない方でも充分に扱えるかと」


 このヒスイのダメ押しで、イエーロは観念したようだ。


「ハァ〜……わかったよ。針はオレが作っとくから。ゆくゆくはオレらの作業も減るんだし、やるよ」

「では、この件は私とベリルちゃんで進めておきますね」

「あーし、めっちゃリクルートしちゃーう」


 てな具合に、サンダル作りが決まった。



 ——翌日。


「ではみなさん、まずはご自分用、またはお子さんやご家族のサンダルから作ってみましょう。ゆっくりで構いませんからね」


 集まった後家さんや戦働きできなくなった者を相手に、ヒスイの指導がはじまった。


 こういった作業には向き不向きがある。だから、どうしても合わなそうな者は『自らこさえたサンダルを土産にしてもらって終わり』でも構わねぇ。できることをやりゃあいいさ。


 ただ見る限り、だいたいの後家さん方はムリなくやり遂げられるんじゃねぇだろうか。


「この革は思っていたよりもずっと固いのですね。刃を入れるのに少しドキドキしてしまいます」


 っつう後家さんの感想に、


「一発でキレイに切り抜く必要ないしー。大まかに切って削ってもいーし。そー考えると、布よりかんたーん」


 なーんてチャチャを……なんつったらいかんか。ベリルなりの助言を挟みつつ、サンダル作り体験は進んでいく。


「あの……。なぜベリル様のサンダルは心臓を模したモノがついているのでしょうか?」

「ハートマーク? これめちゃ可愛くなーい?」

「あ、あはは……。か、可愛い、ですね」

「でっしょー」


 などという一幕もあったが、参加者は次第にそれぞれの作業に没頭していき、終了の時間には実用に耐えるサンダルを作れるようになってた。

 つっても品物一歩手前の出来だがよ。


「モノを作るってのぁ、なかなかに楽しいもんだな」

「ああ。まったくだ。職人にでもなった気分だぜ」


 てなふうに、満足げに語る男衆の感想を聞きつければ、ベリルは「ひひっ」と近寄り「ねーねーリクルートしなーい?」などと意味不明な誘いをかけて回ってく。


「実は、武具などの大物の制作もしてましてね。そちらはもう少し腕力が必要になるので、あなたたちが望むのなら、そちらの仕事もお願いしたいと思いまして」


 つう具合に、ヒスイが追っかけて通訳するハメになってるんだけどな。


 任せたからには口は出さねぇ。俺ぁ見てるだけだ。

 

 そうやってここで目にしたのは、


『身体張って食わすことしかできなかった領地が、変わりはじめてる』


 そう実感させられる光景だった。

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