問題幼児のブランディング案③
「どーお? あーしマジ天才じゃね?」
ベリルは褒めろって顔を向けてきた。
対して俺は、
「バッカじゃねぇの」
包み隠さぬ本音をブチ撒けてやった。
「むうーっ! バカって言う方がバカなんだかんねっ。父ちゃんのバーカバーカ」
「そんな理屈聞いたことねぇぞ。だいたい、どうやって話もってくつもりなんだ」
そもそも将軍閣下とも侯爵殿とも、大した親交はねぇ。こないだの戦でちぃとばかしメシ食ったくれぇだぞ。
どのツラ下げて、んな厚かましい頼み事しろってんだ。
「それ考えるの父ちゃんの仕事だし」
ま、そうか。そうだな。ベリルの言うとおりだ。いかんいかん。びっくらこいて焦っちまったぜ。
「まずよ、なんでベリルは献上したらいいって考えたのか。利点があるんだろ? そいつを先に聞かせてくれ」
「ブランディングってやつだし」
なんだそりゃ?
「めっちゃ有名な人が使うじゃーん。したらバズッて、みーんな欲しくなるし」
ちっとも理解できねぇが、ひどく不敬なことを考えてんのだけはわかった。
「あなた、ベリルちゃんはお姫様に会いたいそうですよ」
と、ヒスイが補足のつもりで話を挟んできたんだが……。
「ち、ちっと待て。余計にこんがらがってきやがった。そりゃあ直に会って、納めてもらうつもりってことであってるか?」
「あったり前じゃーん。あとお妃様にも会いたーい! お姫様ってーめっちゃ可愛いんだろーしー、お妃様もすっごい美人っぽいしー。えへへっ。めちゃ楽しみ〜」
マズい。この脳足りんにどこから説教かませばいいのか見当つかねぇ。
「ベリルぅ。それって、さすがにオレでもどうかと思うんだけど……」
よっしゃ、いけイエーロ! やっちまえ! そのアホんだらに常識ってぇもんを叩き込んでやれ!
「はあ? なに言ってんのさー。せっかくクロームァちゃんにプレゼントするアクセが、ブランド物になるってゆーのにー。ただキレイなだけじゃなくってー、都会の人が憧れるアクセになっちゃうから。したらそれ作った兄ちゃん、ヤバくね? プレゼントされたクロームァちゃん、メッロメロじゃね?」
「メ、メロメロ、なのか⁉︎」
「メロメロじゃないし。メッロメロ〜」
「メッロメロぉぉ……。ォオ、オ、オレやるぜ!」
「はいは〜い。追加のデザインいっぱい描いといたから、あとよろ〜」
「おう! 兄ちゃんに任せとけ!」
ヤバい。このバカ息子に、どうドヤしつけてやったらいいのかもわからなくなってたぞ。
「ママも、イエーロくんが作ったアクセサリーで綺麗になりたいわ」
「もっちろん! 母ちゃんにもキレイなのたくさん作ってやるぜい」
「うはっ。ママ、お妃様とおっそろーい」
「あら、どうしましょう。王妃様とお揃いだなんて照れてしまうわ」
いかん。ヒスイまで……。
「まてまて待て、オメェらいったん落ち着け。さっきの説明じゃ献上する利点がハッキリしねぇぞ。それとしれっと品数ふやすな! そもそもだ、装飾品も献上の品に含まれてんのはどういう了見だ。んなもん却下だ、却下! どっちも却下。まずは見積もりの返事する方が先だろっ」
ちょっくら大きな声を出しちまったが、まずはこのイカれた流れを断ち切らなきゃならん。
「だから言ったじゃーん。有名な人が持ってるとみんな欲しくなるってー」
「オメェのいうブランドってぇのは、武器作ってみたり装飾品作ってみたりデタラメしていいもんなのか? んなマネしたら、魔導ギアがどんなもんなのかブレブレだろうが」
「そ、そうかも……」
「それとな、いまの時点でこれ以上ないってくらい『売ってくれ』って声あがってんだが、そこんとこ考えに入ってんのか?」
「はー? そんなん入荷待ちの方がいーに決まってるしー。需要と供給のバランスってやつ」
バランス? つりあいって意味だったか。
「その需要が、こっちの手に余るほどに膨れ上がってて、現時点で供給は皆無なんだが」
「ちっちっちっ。あーしに考えがあるし」
だからさっきから、それを聞かせろっつってんだけどな。
いいや違うか。泡食っちまったけど、ベリルがなにを企んでるのか、おおよそんとこはわかってるんだ。どうせ値を釣り上げるつもりなんだろ。
だがよ、そのために陛下の徳を利用しようって魂胆が気に食わねぇ。あと、それがどれだけの危険を孕んでるかってこともわかってねぇ。
「ベリル、ちっと説教するから心して聞け」
「あーしのアイディア話すのが先じゃないのー?」
「いいから聞け」
親父の様子が変わったと、ヒスイもイエーロもさっきまでの浮かれた雰囲気を引っ込めた。もちろんベリルも。
「そもそもオメェは、国王陛下がどんな方かわかってんのか?」
「そんなん知ってるし。あーし、お姫様に旗振って手ぇ振ったことあるもーん。ニコニコ〜って手ぇ振り返してくれて、め〜っちゃ高貴って感じでちょー可愛いかったし〜」
俺が知らん話か……。
そこらへんは置いておこう。
「たしかに、今代のミネラリア王ディネイロ十八世は、とても寛大な方って有名だ」
「でっしょー。ホントに偉い人なら人間できてるってー」
「そこは否定しねぇどく。だがよ、その臣下のぜんぶがぜんぶ人がいいとは思っちゃいねぇよな?」
「それって、お付きの人とか大臣とかに『無礼者っ』みたいに怒られるってこと?」
「アホ。それだけで済むか。ヘタなマネして不興でもかってみろ。周りはぜんぶ敵になるぞ。ひいてはうちに攻め込む口実にされかねん」
ついこないだまでは、そんな心配は微塵もなかったけどな。
いまは魔導ギアがあるんだ。隙みせてみろ『買えないのなら力尽くで』って考えるバカが現れかねんぞ。
「そんなん返り討ちでよくなーい。父ちゃんいるし。ヤバかったら大魔導ママの出番じゃーん」
ヒスイの頬がピクッてした。
イジってるんじゃなく本気で言ってるから叱るに叱れねぇんだろうけどよ、だからって俺にムクれた顔を向けねぇでくれ。おっかねぇな。っとに。
「つい最近、俺らのやり口は晒したばっかだぞ。オークじゃねぇんだから、バカ正直に真っ向から攻めてくるかってんだ」
「ああー。そーゆーことかー。兵糧攻めとか焼き討ちとかされたら、うち詰んじゃうかもねー。あと暗殺とかー」
おうおう、さらっと恐ろしい想像してくれんじゃねぇか。だが、そのとおりだ。んなマネされたら数の暴力より手のつけようがねぇ。
「わぁったか」
「わかったー。父ちゃんは『偉い人にナメたマネすんな』って言ってんでしょー?」
「そのとおりだ」
まぁ、あながち悪い閃きではなかったがな。ただ、今回ばっかしは不敬がすぎる。
「んんー……じゃーあー、プレゼントできるかだけでも聞いてみてよー」
「くどいな」
「そー言わないでさー。あーし、お姫様に会うのは諦めるし。でもー、みんな欲しがるスッゴイ武器なら、最初に王様にプレゼントするべきじゃーん」
献上、かぁ……。
やったことねぇんだよな。そのうち物納に含めようって考えたんだが、それじゃあダメか?
ダメだよなぁ。値段が付く前に贈るのが肝なんだろうしよ。
でも気が進まねぇ。
「もう充分高く売れると思うが?」
「ちゃうちゃう。ぜーんぜん違うし。あーしの話聞かないで説教はじめっからそーなんのーっ」
「なら言ってみろ」
「父ちゃんってば、まったくーもー。えっとね、ぜんぶ注文どーりに作るんじゃなくって、既製品とオーダーメイドの一点物で分けたらいーじゃんって、あーしは言いたいわけ」
きせいひん? 数打ちのことか。んでオーダーメイドは特注品だったよな。
「……つづけろ」
「既製品は分担作業すんのっ。材料切り出す人、剣の部分作る人、研ぐ人、ってゆー感じに効率化してたくさん作ったらどーお? みたいな。んでオーダーメイドは上手な人が一個ずつ作ってー、まんま『これは世界に一本だけの剣ですー』ってふーなのを売りにして、高くしてみたり!」
言いてぇことはわかった。悪くない。むしろ面白ぇ考え方だとも思った。これなら余さず、見積もりを商売に繋げられるかもしれん。
なにより負担が少なくって、うちが一番助かる手立てだ。
「覚える作業が減りゃあ早く職人を増やせて、しかも作業を分けてっから経験もたくさん積める、てぇとこか」
「そーそー。そんな感じー」
相変わらず軽い返事しやがって。ったくよ。スゲェ閃きがガキの戯言に聞こえちまうだろうが。
「なるほどな。どうして手間のかかるマネしてまで初めの品を高く売りつけようとしてんのか、わかったぞ」
「ひひっ。言ってみー」
「利益大きくして、デカい工場を作る資金稼ぎってとこだろ」
「ピンポンピンポーン! 大正解っ」
「おお、スゲェスゲェ! うちにデッカい工場ができるってスッゲェー!」
おいイエーロ。はしゃいでる場合じゃねぇぞ。オメェ、そこの労働力として見込まれてんのが誰か、これっぽっちもわかってねぇだろ。
まだ俺は了承してねぇってのに、話がまとまったみてぇな雰囲気になっちまった。
コイツらにゃあ困ったもんだな。
いまさら引っこめさせるつもりもねぇがよ。
「わぁった。ダメ元で聞くだけ聞く。それで納得しろ」
「ほーい」
「よかったわね、ベリルちゃん。では、いま手掛けている魔導ギアの試作品ができあがったら、みんなで王都へ行きましょう。ええ、それがいいわ」
——は?
「うぉおおお〜! 母ちゃん母ちゃん、オレも連れてってくれるのっ?」
「もちろんよ」
「あーしあーし、なに着てこー。うひひっ、ヤバッ、めちゃあがっちゃ〜う!」
「ベリルちゃん。いいっぱいおめかししましょうねえ」
「するする〜、めっちゃするし〜」
——え゛?
「いやいや待て、たしかにタイタニオ殿や将軍閣下は王都に住んでるがよ……、まさかオメェら、ついてくる気か?」
「あー、それは父ちゃんやっといてー。あーし買い物とかで忙しーからー」
まぁ……、ついてくるだけならいいか。
うちは、少しばかし空けっぱなしにしたくれぇで困るような領地じゃねぇしな。
てな具合に、俺らの王都行きが決定した。




