問題幼児のブランディング案②
いつつ……頭痛ぇぇ……。
俺としたことが、まさかの二日酔いかよ。
「あなた。大丈夫ですか?」
「ああ。寝てりゃあ治る」
「そうですか。では、お食事がとれるようでしたら、台所に用意してありますので」
ヒスイのやつ出掛けんのか?
「イエーロくんとベリルちゃんが、実験をしたいというので、私はその付き添いに」
「おう、わぁった。ヒスイが見ててくれんなら安心して寝てられるぜ」
「ふふっ。では『いってきます』」
「おお『いってらぁ』」
目を瞑ると、楽しい時間だった昨晩の宴の記憶が蘇る。つってもほとんど覚えてねぇから微かになんだけどよ。
ただ、頭んなかでは常にベリルの妙ちくりんな歌が繰り返される。
たしか『電波ソング』とか言ってたな。精神汚染の一種なんじゃねぇのか? 耳鳴りみてぇに頭にこびり付いて離れねぇんだが……。まあいい、寝るか。
◇
宴会の翌々日——
「では、あーしの研究結果を発表しまーす」
拍手しろ、そう訴える態度でベリルは踏ん反り返った。いつもどおり俺の膝をお立ち台にして。
テーブルに乗っからねぇところはエライがよ、箱馬でも積めばいいもんを。ったく。
ヒスイは「ベリルちゃんは天才ね」なーんて囃したてて、イエーロもなんとなく倣う。
「もーっ。父ちゃんノリ悪ーい」
「オメェが落っこちねぇように支えてっから手ぇ空いてねぇんだよ。わかれっ」
「えへへっ、そっか。ごめんごめん」
それからベリルは「お手元の資料をご覧くださーい」と話しはじめた。
さっきも言ったが、俺の手は埋まってて資料とやらを見られんぞ。
「父ちゃんは、あーしが持ってるの覗き込んどいてー」
「そうかい」
なになに……。つうかヘッタクソな字だな。魔法は上手にこなすってのに。まぁ、こういうとこは歳相応ってことか。
「ええーと結論から言っちゃうとー、父ちゃんの予想どーりでしたー」
端折りすぎだろ。
「どんな実験したかってゆーとー、ママの話でピーンときたの試してみたー」
「おうベリル。ピーンとなにを閃いたんか、どんな実験なのかを頼む」
「それをいまから発表するんじゃーん。もーっ。父ちゃんはチャチャ入れないでーっ。まったくーもーっ」
ぜんぜん話が進まんから促しただけなのに。なんでか怒られちまった。
「あーし天才だから、まず『比較したらいーんじゃね』って思いついたし。んで、普通の革鎧と魔導アーマーで比べてみたら、魔導ギアを着てた方が運動能力が高かったってゆー結果ぁ」
さっそく賢そうな喋り方はやめたんだな。
「次にぃ、魔導ギア同士で比べてみたってわけー。自分用のと予備の新品を着させて兄ちゃんたちで試したところー、ひひっ、どーなったか気になる?」
いちいち勿体つけねぇでくれ。あと『兄ちゃんたちで試した』ってなぁ、もっと言い方を考えてやれよ。
イエーロのやつ泣きそうな顔してんじゃねぇか。
いや、ありゃあ違うな。言い草なんかじゃなく実験内容を思い出してんのかもしれん。
ヒスイが見てたんだから、滅多なことはさせてないと思いたいが……。いったいどれほど過酷な実験をさせたんだか。
「父ちゃん! あーしの話ちゃんと聞いてんのっ?」
「聞いてるって。いいからさっさと話せ」
「しゃーないなー。えっとねー……。あれ、どこまで話したっけ?」
「使い込んだ魔導ギアと新品の性能比較だ」
「あ、そーそー。なんだー、ちゃーんと聞いてんじゃーん」
「んで、結果は?」
「それそれっ。なんと! 使い古しを着た方が動きがめっちゃよかったしっ」
使い古しって言うな。ボロみてぇじゃねぇか。毎日キッチリ手入れしてピカピカなんだぞ。
しかし、そうか……。
「つまり、使い込むと身体に馴染むみてぇなことが起こるってわけか」
「まだ可能性だけどねー。だからぁ〜」
言葉を区切ったベリルは、俺の膝の上で足踏みする。クルッと一回転して向き合うカタチに。
「ん、んだよ」
「継続的に調べないといけないって、あーしは思ったわけー」
「つ、つまり、なにが言いてぇ」
「訓練中に魔導ギアを装備すんのは当たり前としてー、他にもちょいちょい体力テストしよっかなーって」
「——ひっ!」
体力テストって響きに、イエーロが悲鳴をあげた。ったく、いったいどんなヒデェ目に遭わせたんだよ。おっかねぇな。
「魔導ギアを着たときと、そうじゃねぇときで比べるってこったな。まぁほどほどにしてくれりゃあ構わねぇよ」
「父ちゃん話わっかるー」
いつ俺が頭の固ぇことを言った。
「んでね、とりあえずなんだけど、見積もり頼まれたのはぜんぶ作ってみよーと思ってー」
「——ちょ、ベリル待ってまって! さすがにぜんぶはムリだ」
「サイズ違いは省くからヘーキヘーキー」
平気かどうか決めんのはオメェじゃなく兄ちゃんたちなんだがな。
「まぁ、それならなんとか……」
あーあ。本人が頷いちまった。なら俺が口を挟む必要ねぇか。
「でー、出来がいいのをあげよーかなって」
「誰にやんだ?」
「えっとー、なんつったっけ? 父ちゃんがお世話になった偉い人でー……」
「まさかタイタニオ侯爵殿か? それともポルタシオ将軍閣下のことか?」
「それそれ、どっちもー」
侯爵と将軍つかまえて『それ』とか言うな!
「侯爵さんと将軍さまにプレゼント〜っ」
「欲しがってたから断られることはないと思うがよ、なにが狙いなんだ? ただ贈るだけだと相手を困らせちまうぞ」
「そんなんわかってるってー」
貴族に対する贈答ってのは、近所に野菜のお裾分けってのとはワケが違うんだぞ。ホントにわかってんのか?
この懸念はすぐに払拭された。
しかし、ベリルが曰う狙いを聞いて、俺は目ん玉ひん剥いて驚くハメになる。
その狙いとは——
「王様にプレゼントするために決まってんじゃーん」
つまり、魔導ギアをお偉方二人への贈り物にする目的は、国王陛下に魔導ギアを献上する口利きを依頼するため……ってことらしい。




