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二つ名もちの母③


 なにもなかった。

 台所から戻ったヒスイが、白目剥いてビクンビクン痙攣してるベリルを抱いてたなんてことぁ……、なかったんだ。


 俺とイエーロは見なかったことにした。


「ん、んっ……。あれれー? あーし、めっちゃ口まーりベトベトー」

「うふふっ。ベリルちゃんったら。涎を垂らすなんて赤ちゃんみたいよ。さあ、ママが拭いてあげるわ」

「はーい。おねがーい。つーか、あーし赤ちゃんじゃねーし——むぐっ」


 ベリルは、ヒスイの布巾で口許をムグムグ拭われてった。

 よほど怖い思いをしたんだな。生存本能がなかったことにしたらしい。うむ。それで正解だ。

 

 ヒスイはベリルを座らせると、何事もなかったかのように自分も席につく。


「魔法の解説の途中でしたね。ええと、どこまで話しましたか?」


 俺ら三人にピリッと緊張が走る。

 息子と娘は『なんとかして』ってぇ目を向けてきた。

 おっしゃ。父ちゃんに任せとけ。


「た、たぶん炎弾(フレイムバレット)で砕けた原理を聞いたあたりまでだ。なっ、ベリル、イエーロ」

「うんうんうん、うん!」

「そ、そーそー。そこらへーん」

「ええ。そうでしたね」


 柏手を打って納得するヒスイに、俺らはこっそり胸を撫でおろした。

 お気に入りの皿を割ったベリルのオイタについては、完全に水に流されたみてぇだ。


「ベリルちゃんの言っていた『冷えると縮んで温めると膨らむ』というのは、私も初耳でした。けれど、冷やした物に高い熱を加えると割れる、という現象は寒い地域では経験則としてよく知られていることです」


 こりゃあ長くなりそうだな。無論、そんな心中はおくびにも出さねぇが。


「あとは燃える石ですね。余談ですけれど、私が一時期暮らしていた土地では石炭(いしすみ)とも呼ばれていました。その粉を混ぜることで爆ぜる勢いを増し、急激に燃えさかる炎を広げたのでしょう」


 ここで、ベリルが口を挟む。


「それって魔法ってゆーより、物理現象みたーい」

「あら『物の(ことわり)が現れる』という意味かしら? ベリルちゃんは本質を捉えるのが本当に上手ね」

「えへへ〜っ。まーこんなんジェーケーなら余裕だし」

「ふふっ。宮廷魔道士様たちが使われた魔法で重要な点は、そこなのよ」


 ヒスイは話をいったん区切ると、俺とイエーロを見やって理解の度合いを確認してきた。


 わぁってるって、そんくれぇ。


 イエーロがなんとなく頷き返すと、ヒスイの魔法講義はまだつづいた。


「ここでイエーロくんに問題です。魔法に対抗するには、どのような方法がありますか?」

「避ける耐える……、あと喰らわない⁇」


 あんまりな回答に、ため息吐いちまいそうだ。しかしヒスイは違った。ちゃんとイエーロの出来の悪さを受け入れたうえで、根気強く理解させるつもりらしい。

 さすがアホ揃いのうちの連中に、一つとはいえ魔道書にない魔法を仕込んだだけはある。


「接近戦に限るなら、ほぼ正解と言っていいでしょう。けれど広範囲の魔法を受けた場合、今回のような密集した集団戦ではまず回避は間に合わないでしょう。とすると、耐えるということになりますよね。どう耐えますか?」

「き、気合い……とか⁇」

「ぷぷ〜っ。兄ちゃんマジ脳きーん」

「そう言うベリルはわかるのかよ!」

「そんなんバリヤー張ればいーしー」


 バリヤー? なんだそれ?


「ベリルちゃんだけの魔法ですよ」


 俺の表情を見たヒスイがこっそり補足してくれた。


「ちなみに、私の魔法も完全に防がれてしまいました」


 きっと俺は顔に三つ丸を作ってる、と思う。そんくれぇ驚いた。発動したヒスイの魔法を防ぐなんてマネ、宮廷魔道士筆頭のボロウン殿でもできねぇぞ。


「ベリルちゃんだけの話なら正解よ。けれど他の人にもできる方法はないかしら?」

「んー、気合い⁇」

「やっぱりオレと同じじゃないか」

「ふふっ。ママは『気合い』が間違いとは言ってませんよ」


 二人揃ってコテコテッと小首を傾げやがった。自分から当てずっぽうでテキトーこいたってバラしてどうすんだよ。ったく。


「魔法に対処する方法は大きく分けて四つあります。まず使わせない。そして避ける」


 ここまでは大丈夫かと確かめる間をとって、さっきまでよりゆったりした口調で説明をつづけた。


「先ほどイエーロくんが答えた『耐える』という方法もあります。魔力的な抵抗を身体に巡らせて被害を軽減するのです。これは本能的におこなうものと、能動的におこなうものがあります」

「だから気合いかー」

「そのとおりよベリルちゃん。守る、耐える、そういう気の持ちよう次第で魔法防御は強固にできるのです」

「じゃあ最後の方法は? たぶん母ちゃんが一番オススメなやり方なんでしょ?」


 いつの間にか、イエーロも前のめりになって聞いてやがる。


「ええ。とても簡単で魔力の効率もいい方法よ」

「教えておしえてー」

「オレもオレもー!」

「魔法に込められた魔力を上回る魔力をぶつけて掻き消してしまえばいいの」

「……え、そんだけ?」


 おうイエーロ、オメェの気持ちはよっくわかんぞ。俺もそう思った。

 だがな、魔力をぶつけるってのが魔法を得意とする連中の常套手段らしいんだ。

 証拠に、ほれ見てみろ。


「あ、できたできたー。めっちゃ簡単っ」


 ベリルはいとも容易く、左手で指先に灯した火を反対の手をかざして消してみせた。

 つうか、いつ火を起こしたんだよっ。発動の気配すら感じなかったぞ。


「さすがはベリルちゃんね。一度で必要量ぴったり注げるだなんて」

「えっへんっ」

「オ、オレよくわかんないや。魔力を飛ばせばいいの? そんなのやったことないし……」

「あら、イエーロくんができるようにならなくてもいいのよ。ただ知っていれば、魔法を無効化しようとする魔道士を守るために動けるでしょう?」

「あっ、そっか。そうだね」

「父ちゃんと兄ちゃんは、あーしの肉盾ってことかー」

「こらベリルちゃん、メッよ。そんな言い方をしてはいけません」

「はーい」


 しれっと俺もできないことにされてんだが。まぁできないんだけどよ。


「では、魔法に対する知識が深まったところで、本題に入ります」


「「本題?」」


「ええ。宮廷魔道士様たちが用いた魔法は、いま教えた対抗方法では防げません」

「じゃーダメじゃーん」

「そうね。でも防げないのはどうしてなのかしら?」

「あっ。そーゆーことかー」

「ベリルわかったのか⁉︎」

「ひひっ。兄ちゃんまだわかんないのー」

「わかんねぇよ! 父ちゃんっ。父ちゃんはわかった?」


 こっちに振らねぇでくれ。頼むから。


「冒頭に言ってたろ。物理、だったか。それを組み合わせたスンゲェ魔法ってこったろ」

「嗚呼……アセーロさんの、一見すると粗野なのに聡明なところ……素敵っ♡」


 へへっ、そうかい。

 なんとか亭主としての沽券は守れたみてぇだな。ホッとしたぜ。


 ヒスイは一頻りデレデレしてみせたあと「おほん」と咳払いを一つ挟んで、話を再開した。


「ではベリルちゃん、まとめをどうぞ」

「よーするにー、落っこちたデッカい石そのものは魔法で作ったものじゃなくってー、落ちる勢いも爆発したのも燃えたのも、ぜーんぶ物理現象ってことでしょー。あーし最初っからわかってたもーん」


 いまさら知ったかぶりかよ。こういうとこは、賢くてもガキだな。


「大正解よっ。重さのチカラ、落ちるチカラ、散るチカラ、燃えるチカラ、すべて自然に存在するものなの。つまり、その摂理に則った魔法は、魔力ではどうにもできないとてつもない威力を発揮するのです!」

「うおおー、なんかすっごーい」


 パチパチ拍手を贈るベリルと、キラッキラした目でテメェの母ちゃんを見るイエーロ。

 ヒスイも魔法の話ができて満足そうだし、よかったよかった。


 ——で、終わればよかっんだがっ‼︎


「さっすが母ちゃん! 偉い人たちに『大魔導』ってビビられるだけあるねっ」


 イエーロが軽口を叩いちまったんだ。


 ヒスイからピキッて、なにか割れるよう音が聞こえた気がした。


「…………ア、アセーロさん」

「お、おお俺じゃねぇよ! なっ、イエーロ、俺が教えたわけじゃねぇよなっ、なっ」

「うん! 偉そうな人たちみんな、母ちゃんを『大魔導殿大魔導殿』って一目置いてるっぽかったもん」

「うぉおおお〜う! めっちゃ厨二っぽーいっ。二つ名ってやつじゃーん。うはうほっヤバヤバッ、めちゃテンション上がっちゃ〜う。ママ、ママ、名乗りとかないのー」

「なっ! スッゲェカッケェよなっ。ねぇねぇ母ちゃん母ちゃん、大魔導の話して!」


 子供二人の混じりっ気のない尊敬の眼差しに、ヒスイはどういう顔していいのかわからないみてぇで「う、うふふっ、ふふっ……」って、引き攣った笑みを浮かべるだけ。


 やりどころのないモヤモヤした気分は、たぶん俺の方へ向けられるに違いない……。っとに、イエーロのやつめ。


 今日はもう見積もりの話するって雰囲気じゃねぇな。

 そんなことよりも俺は、寝床でヒスイの機嫌どうとるかを案じといた方がよさそうだ。

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