二つ名もちの母②
「あなた、もう少し呑まれますか?」
「いや、もう充分だ」
まだグイグイいきてぇところだが、酔っ払っちまうわけにはいかねぇからな。ここらで控えとく。
「……ふひっ」
なんでかベリルが、五歳児(外見的には三歳児)には似つかわしくないスケベ中年みてぇなニヤけヅラを向けてきた。
「んだよ」
「いや、べっつにー。父ちゃんも好きだな〜って思っただけだし〜」
なに勘違いしてやがんだ?
「だってぇー、父ちゃんとママ、今晩はお楽しみだもんねー。でひひっ」
「もう。ベリルちゃんったら……♡」
おいおいヒスイ、勘弁してくれ。幼児に情事をからかわれて頬を赤らめてんじゃねぇよ。
「なんの話?」
「兄ちゃんてば、おっ子様ぁ〜。父ちゃんがお酒をガマンしたのは、夜の元気を残しとくためって話してっからー」
妙なボカし方が逆に生々しいな。
「ん? 元気? 夜は寝るだけだろ」
「ふひひぃ……。オトナの夜は違うし。エッチな運動していっぱい汗かく——あ痛ぁ〜っ」
コツンと小突いて黙らせる。
「おうベリル。ちったあ言葉選べ、なっ」
「むぅー! あーしめっちゃ選んだし」
「五歳児らしい会話にしろっつってんだ」
見ろボケが。イエーロが真っ赤になってんじゃねぇか。チビチビとハム突っついて、気まずくてしかたねぇって顔してんぞ。
「えへへっ。ごっめーん」
「わかりゃあいい」
叱った手前、あながち間違いでもないところが申し訳ねぇ気分でもあるんだけどよ。
酒を控えた理由だが、ヒスイを抱くためってのも否定しねぇ。けど、急ぎで手ぇつけちまわなきゃならん仕事があるってのも本当だ。
「メシ食ってるときに仕事の話して悪いが、魔導ギアの見積もりがヤバいことになってる。そいつをなんとかしてぇ」
「え? もう売っちゃったの?」
「見積もりっつったろ。これこれこういうのが欲しくって、だいたいこんくれぇの数ならナンボほどすんのか、それを返事しなきゃなんねぇんだ」
ここで、親の情事の片鱗を聞かされて気まずさいっぱいだったイエーロが、復調。
戦場を思い出しのか、興奮気味に口を挟んできた。
「スゲェんだぜ! 空飛んで、ブワッて敵やっつけて! 槍のブスッて刺さって血が——」
「イエーロくん、お食事中よ。あまり生々しいお話をしてはいけません」
「……ごめん」
「ママもイエーロくんの武勇を聞かせてほしいわ。だからあとで、ねっ」
「うん!」
気にするかは別にして、これは行儀の問題だ。
「俺もメシどきに悪かったな。まあ、魔導ギアに関しちゃあそういうこった」
「いや、ぜんぜんわかんないし」
イエーロが注意されたばっかりだ。気ぃつけて話さねぇとな。
「使い勝手についてはメシのあとに詳しく話すとして、問題は見積もりだ。一〇〇件くらい受けちまった。武器防具ぜんぶ受注したら、その総数は一〇〇〇を超えかねん」
「——はあ〜っ⁉︎ そんなの兄ちゃんたち倒れちゃうじゃーん」
コイツに手伝う気はねぇらしい。
イエーロのやつ、この世の終わりみてぇな顔になってんぞ。
「ベリルちゃんいけませんっ。メッよメッ。アセーロさんも。久しぶりに家族揃っての夕飯なのですから」
「はーい」
「すまん」
「はい。ではあなた、先程お話しにあった珍しい魔法の話を聞かせてくださいな」
魔法の話はしてもいいんだな。未だにヒスイの基準がわからん。
「オレもオレも! 遠くでドカンッてなってるとこしか見れなかったから聞きたい!」
「けどよ、もしかしたらヒスイにとっちゃあ取るに足らん魔法なのかもしれねぇぞ」
って前置きを入れたら、見てきたまんまを話してく。
バカデケェ石柱を作ってる最中に、なんでか吹雪みてぇな魔法で冷やしてって黒い柱ができた……。
んで、天高く飛んだそれが降ってきたところに炎弾らしき炎の塊がぶつかって、煌々と燃える石塊が爆散四散……。
その後の被害状況は省いたが、推測がかなり混じってると断りを挟みつつ「たぶん燃える石の粉末を混ぜてた」ってところまで語ってやった。
「スッゲェェ……」
思考停止した長男の感嘆のあと、ヒスイに目を向けると「おおよその見当はつきました」だとよ。
さすがは『大魔導』の二つ名で一目置かれるだけはあんな。
「ベリルちゃん。どういう原理なのかわかるかしら?」
「めっちゃ簡単だし!」
「ホントかよ」
「ああ〜っ。ママ、ママっ。父ちゃん疑ってんだけどー。ひどくなーい」
「それくらい難しいことなのよ。ふふっ。ベリルちゃん、アセーロさんとイエーロくんに教えてあげなさい」
その場で話せばいいものを、ベリルは箱馬で底上げされたイスから飛び降りると俺の膝によじ登ってきた。
まぁた俺がお立ち台かよ。
立ち上がりたいみてぇだから、とりあえず落っこちねぇよう腰を支えとく。
「ちょ、父ちゃんくすぐったっ——ひはっ、いひひっ、んひ、ちょ! マジ、やめっ、くひっ」
「いや、くすぐってねぇぞ」
こんな具合にさんざん勿体つけてから、ベリルは「おっほん」って咳払いすると、踏ん反りかえり「結論から言っちゃうとー」なーんて偉ぶって語りはじめた。
「物は冷たいと縮んで、あったかいと膨らむの。つまり、いきなし冷たいのをあっためると、パーンッてなるし」
「イエーロ、わぁったか?」
「ぜんぜん」
「だろうな」
「ええーっ。じゃあ実験っ」
と、ベリルは空いた皿を手繰り寄せた。手を使わずに。
もうこんくれぇじゃ驚かねぇよ。
「まず、このお皿を冷たくしまーす。むむむっ、冷凍庫、急速冷凍……お魚お肉カッチカチ……めちゃ新鮮……んむむっ」
妙な言葉を呟きながら、ペタペタペタって小っこい手で触れていく。それだけで皿には霜が降りたみてぇになった。
凍りついた証拠に冷えた煙まであがってる。
それ見て、ヒスイが焦った声をあげた。
「——ま、待ってベリルちゃん!」
っつう制止を聞き流して、
「よーく見といてねー。〝ポチィ〟」
ベリルの『家電魔法』発動のセリフ。
直後、ブワッと湯気がたつ熱湯が皿に湧く。と同時に——パキペキッ!
「「「…………」」」
あーあ。我が家では珍しい焼き物の皿がヒビ割れちまった。
「ねー。こんな感じー。冷たくして急にあっためると割れちゃーう。つーか、実は焼き物だと中の空気の膨張でって理由もあるんだけどー。あっ、これマメね。でまー、イメージ的にはこーゆーことっ」
機嫌よく利口ぶりやがってからに。どうなっても俺ぁ知らねぇぞ。
「どーお?」
「おう。なんとなくはわかった。だがよ、ベリル」
「ん?」
「別の皿にしとけばよかったな」
「え?」
「そいつぁオメェの母ちゃんのお気に入りだ」
そう言い終わるや否や、目がちっとも笑ってねぇヒスイがベリルの首根っこ摘んだ。
「ねえ、ベリルちゃん。メッよ、メッ……」
「マ、マママ、ママ、マジごめーん! ち、違うし、これ違うからっ。父ちゃんが父ちゃんが、あーし、違っ——いやぁあああああ〜っ!」
ベリルは台所に連れてかれた。そのあと、ギャハギャハっつう悲鳴が延々とつづく。
「こ、怖かった……」
「ああ。イエーロ、オメェは絶対にヒスイを怒らせんなよ。アイツのキレどころは俺でもわかんねぇんだ」
「うん。オレ、これからはなるべく母ちゃんに甘えることにする」
「おう。そうしとけ」
くすぐられてるだけだとは思うが、併せてアホほど『メッ』て圧かけられてるはずだ。
ベリルのやつ、たぶんチビッてるな。
「食おうぜ」
「……うん」




