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二つ名もちの母①


「あーし、お風呂ためてくんねー」


 うちの風呂のあとは共用風呂の方も溜めると言って、ベリルは出かけてった。

 アイツなら、例の『家電魔法』でデカい風呂でも簡単に湯を満たせる。


「便利なヤツだな」

「あなた。そういう言い方はよくありませんよ」


 んで俺は、風呂場でヒスイに背中を流してもらってるとこだ。


 ちなみに、あんだけ泣きじゃくってたイエーロだが、さっと汗を流して身綺麗にしたらクロームァんとこに土産を届けに出かけてった。

 留守にしてたんだから、ちったぁ母ちゃんに甘えてやればいいもんをよ。ったく。代わりに俺があれこれ世話焼かれてんじゃねぇか。


「二人とも気を使ってくれたのですよ」

「んなもん、さっさと寝ついてくれたら充分だ」

「もう、アセーロさんのエッチぃ♡」

「なんだそれ? またベリルからヘンな言い回し教わったんか」

「ええ。いかがでしたか?」

「ま、まあなんだ……ちぃとばかし股間にクんな」

「うふふっ。そうですか」


 夜まではお預けくらうんだから、煽るようなマネしねぇでくれよな。


「では、私は夕飯の支度をしていますので、ゆっくり寛いでくださいね」

「おう」


 風呂場から出ていくヒスイを見送って、たっぷりの湯のなかに身体を沈めた。戦場で溜まった垢を落としたからか、湯が肌にジンジン沁みやがる。

 こういうとき自然と、止めてた息を一気に吐き出すみてぇな声をあげちまうから不思議だ。



 風呂からあがると、食卓には手の込んだ料理がズラリ並んでた。


「おいおいヒスイ、祝勝会は明日だぞ。いまからこんな手間暇かけてて大丈夫なのか?」

「ええ、もちろんです」


 ヒスイのやつ、口には出さねぇがイエーロの無事を祝いてぇんだな。だったら好きにすりゃあいい。


「ベリルちゃん、例のお肉を薄切りにしてちょうだい」

「はーい」


 うおっ、ベリル帰ってきてたのか。ちんまいから気づかなかったぞ。

 つうかコイツも風呂の用意やらメシの支度やら、家の手伝いするようになったんだな。ちっと感慨深いもんがあんな。


 見ると、妙にカタチが整った肉の塊を薄く切ってる。生……じゃねぇか。しっかし食欲を唆る色合いだ。


 野菜と合わせて皿に盛りつけられたそれが、テーブルに運ばれてきた。

 さて、どんなもんかと手を伸ばしたら——ペシ。叩いて咎められちまった。


「んだよ」

「摘み食いとかありえねーし。ちゃーんと『いただきます』してからにしてー。ねーっ、ママ」

「ふふっ。アセーロさんはあまりに美味しそうだから、ついつい手が伸びてしまったのよ」

「ひひっ。めっちゃ期待していーし」

「そこまでなんか?」

「そこまでだっつーのー」

「なら、待っとくべきか」

「べきだし」


 ベリルは、ガニ股でよちよち台所へ戻っていった。もう五歳になるってぇのに、ハイハイ終えたばっかの赤ん坊みてぇな歩き方だな。


 よし。ベリルが見てねぇ隙に一枚だけ。


「——っ⁉︎ 美味っ、めちゃくちゃ美味ぇぞ!」

「ああーっ! 父ちゃん摘み食いしてるしー。あーしダメって言ったのにー」

「悪ぃわりぃ。つうかそんなことよりよ、こいつはどういう料理なんだ」

「つーん。摘み食いするお行儀悪い人には教えなーい」


 そっぽ向く擬音を自分で言うな。あざといヤツめ。


「そう固ぇこと言うなって。オメェと俺の仲じゃねぇか、なっ」

「おー。なんか悪党のセリフっぽーい。で、どーゆー仲なのさー」

「んなもん親子に決まってんだろうが。なぁ、もういいだろ。あとで戦場で見た珍しい魔法の話してやっから、いい加減教えてくれよ」

「あら、興味深いお話ですね。私にも聞かせてくださいな」

「……だとよ。オメェが料理について教えてくんねぇと、母ちゃんも魔法の話聞けなくなっちまうぞ」

「まったくーもー。ひきょーだなー父ちゃんは」

「おう。俺ぁ悪党だからな」


 ベリルは、わざわざ俺の膝によじよじ登ってお立ち台にすると「おっほん」と偉ぶる。

 つづく説明によると、この肉料理は塩漬け肉を整形してから燻したモノらしい。名前はハムっていうそうだ。


「ずいぶんと手間がかかってんだな、これ。だから反対側が透けそうなくれぇ薄くしてるってわけか」

「んーんー、そーじゃなーい」


 ケチってるんじゃなきゃどうしてだ? 塩気も利いてて、口んなかで広がってく旨みと香りもいい塩梅。チマチマ食うよりガブッといきてぇよ。


「わかる、わかるよ父ちゃん。誰しもが一回は通る道だし」


 そのセリフ、見た目三歳の五歳児に言われてもな。


「これ食べてみー」


 手渡されたのはハムの端っこだった。一口に少し余るくらいで、一気に頬張ったら口はパンパンになった。


「どーお?」


 味はさっきと変わらねぇが、なんか違う。


「これはこれで美味いが、やっぱり薄く切ってある方が美味ぇな」

「でしょー」


 なるほどな。薄く切る手間も料理の一部ってわけか。


「あとねー、野菜とか包んで食べると、もっと美味しーし」

「おっ、そうかい。じゃあ——」

「ちょ! 父ちゃん摘み食いしちゃダメっ」

「おおっと、そうだったな」



 それからイエーロの帰宅を待って、俺ら家族だけの祝勝会が開かれた。


 いつもより贅沢で手間暇かけた料理を食い、チビっと酒を呑む。くぅううううう! 美味すぎて胃がびっくりしてらぁ。


「イエーロくん、こっちもどうぞ」

「うん!」

「イエーロくん、おかわりは?」

「食う!」

「イエーロくん、美味しいかしら?」

「美味い!」


 やたらとイエーロの世話を焼きたがるヒスイが気になったが、甘やかせんのもあと少しのあいだだけだ。好きにさせといてやろう。


 ちなみにハムの塊を食いたがるのは、やはりベリルの言ってたとおり『誰しもが通る道』らしい。もれなくイエーロも食いたがった。


「オレ、こっちの方がいい!」


 試させた結果、コイツは舌までバカだと証明しちまった。

 肉ならなんでもいいんだな、うちの息子は。

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